第6話 対話
空へと。空へと上っていく星を見た。流れ星の逆バージョン。記憶の中を探して、こんな光景を見たのは初めてだと気づいた。全ては思い出されるはずのものであるのに。
僕 いや、変じゃありませんか、先生。全ては想起されるはずのものであると僕に言いましたよね?
ソクラテス おや、そうだったかな? だったらぼくも思い出してみよう。何か君に対して弁明にあたるような言説を想起することができるかもしれない。
僕 おっと、それならどうぞお早めに。僕は今にも、あの星を追いかけて空へと羽ばたいてしまいそうなので。
ソクラテス それは急がないといけないね。ではどうか。空へと上る星というのは君の視覚が捉えて、それを君の理性に告げたものではないかね。
僕 そのとおりです。
ソクラテス そして君の理性は、空へと吸い込まれていく光を認識したのだ。
僕 はい。
ソクラテス ではその光について調べて見なくちゃいけない。君が認識したその光というのは外在的な存在でもあれば、君の認識し記憶するところとなった内在的な光でもあるわけだね?
僕 ええ、その通りでしょう。
ソクラテス であれば、君は外面に存在する光を認識することで、内面においても光を保持することになったのだ。
僕 保持、が記憶という意味であるなら、その通りかと思います。
ソクラテス ではどうか。記憶され保持されるところとなったその光は君のものだろうか。
僕 君のもの、というと?
ソクラテス その光は君自身のものであり、君の想起するところのものではないのかということなのだ。
僕 確かに外在的な光を見て、そのことから内面の光を得たのかもしれませんが、それは外在的な光に対して、内面の記憶が新しく現れたということを意味するのではないでしょうか。
ソクラテス ではおかしいではないか。もし外在する光を見て、君はそれを光であると認識し、記憶した。それはなぜかね? どうしてそれが光であると君は『知っていた』のかね?
僕 ううむ、言われてみれば。
ソクラテス そう、そうなのだよ。君は『想起した』のだよ。その外在する光を以て、君は光を得たのではない。外在する光を認識し、内面に『あらかじめ存在した』光というものの記憶を『この世界に対応する知識』として再把握し、以て『想起した』のだ。すなわち、極めて昔に、君の魂が生まれ落ちたときに、その創造の場に立ち会った光。君はそれを『想起した』のだ。
僕 そうか……そういうことだったのか……。
ソクラテス そう。そういうことだったのだよ。
僕 では、どうでしょう? あの空へと上っていく光は?
ソクラテス あれこそは再帰の光だ。想起説の根源を根拠づける神、ムネーモシュネー様の造られたる光なのだよ。
それだけ言い終えると、ソクラテス先生は歩き出した。夜空の果てに向かって。そこにあるはずの光を探して。僕はどうしたのかって? 僕はこの世界にとどまったよ。まだまだ、思い出したいことがたくさんできたからね。死、すなわちこの世界での存在形式とは別の存在形式となる――そう信じられている――瞬間に、僕は慌てふためくことのないようにしたい。僕らの魂に配慮してくださる神々がそれを望んでいらっしゃるのだから。
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