第2話 キーボード中毒
走れ、走れ、走れ。まだ何も終わっちゃいないぞ。この世界に何を作ろうとしているのか。オレにはまだ分からないんだ。それでも一度は書き始めたんだから、書き続けるしかないだろう。それにしてもこのキーボードのヤバいことだけはわかる。打ち心地のよいことだ。これじゃあ世界観もまだ固まっていないのに、どんどん書いていくしかない。そうなってしまっている。キャラも風景も背景もこの世界の背後にある歴史も、きちんと決めていくというのはとても大切なことじゃないのか? それすらも忘れてオレはひたすらに打鍵感に身を任せている。
打鍵感が世界を決める。
オレは中毒になっていた。そんなことがあるわけはないと思うだろう。それでも頭に思い描くいろいろのものをこの高級キーボードに喰わせてしまうんだ。すべてはコイツの打鍵感を味わいたいためだけなんだ。そのノリだけで物語を物語ろうとしてしまうんだ。誰のためにもならない、何の脈絡もない、狂想の話を連ねてしまう。
ここまでだいたい四百字強。ローマ字入力だからもう八百回以上もキーボードを打ちこんだことになる。それでも指先は踊るように震え、次の突起物をぺこりと押し込みたいとワクワクしてやがるのだ。そうして最後まで踊り続けたいとばかり、踊り続けるのだ。これはもう物語を物語ろうとしているのではない。指踊りだ。指踊りの中毒になってしまっている。これは本当に重大なことなのか。考えの導かれるままに、しかしその先で指の体操をし、打鍵感に思想をそしてモティーフを喰わせてしまっている。物語が崩れ去ろうというときに、指だけが踊り続けている。
だが、オレは打ち続けた。打鍵感に酔い続けた。その先にあるものなんて、もうどうでもよくなっていた。そうだ、指先に打鍵感を喰わせることができるなら、そして脳内に気持ちのいい物質が分泌されるなら、この状況こそはオレの望んだものなのかもしれない。
「そうだったのか。でも、だとしたらお前の創作はどこへ行く?」
突然、登場人物がしゃべった。どうだっていい、そんなものはどうだっていいじゃないか。さあ、書いてやる。登場人物は「そうだったのか」云々といった。そしてどこか遠くへ歩いていった。遠くへ、遠くへ、歩いていった。ようし、これでヤツはいなくなった。いいじゃないか。これはオレのつくる話なんだ。どんなに浅いものであろうと、文字がこれだけ連なっていれば、何らかの内容を含むものとごまかせようというものじゃないか。そうだろうが。オレはそうなると、そうなると信じようと思った。
ああ、もう千字を越えた。この意味のない文章は誰の目にも触れることなく、この小説投稿サイトのサーバーの片隅を塞ぐんだろう。書き終えたとき、自分のキーボード中毒から解放されることで、オレは少しだけ気分が晴れるだろう。キャラもいない、世界もない、草一本はえてない、そんなどうでもいい話でも、書いてよかったって空っぽになった自分に言ってあげることになるんだろう。オレはそんなことを思ったんだ。
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