薄暗い街角の、細い路地たち

第1話 執筆はスポーツだ

 執筆はスポーツだ。この暑い部屋の中で飛び散る汗は本物だ。キーボードの打鍵音が続く。心地よい響き。このままどんどん行こう。そう思ったのもつかの間。オレはどうすればいい、この頭の熱暴走を?

 オレは忘れてしまっている、これがバトルものなのかそれともラブコメなのか。誰かオレに思い出させてくれ。打鍵音はまだまだ続く。オレはもしかして走り出してしまったのか、自分がどこへ向かおうとしているのかを知りもせずに。

 キャラのセリフがつづられる。彼らの行動がつづられる。原稿が進んでいく爽快感。決めるんだ、いま決めるんだ! 整合性なんかどうでもいい! 汗がしたたり、飛び散る。原稿がさらに進み、オレは酔いしれる。そしてまた方向性を見失った。

 執筆がスポーツなら審判がいるはずだ。だが審判はいない。いや、いる。オレだ。この執筆というスポーツではオレが審判なんだ。全てを決める権利があるからこそ、すべての責任を負う義務が生じる。こんな小学校の社会科の授業で習うようなことを、オレはこのうだるような暑さを囲う部屋の中で汗をしたたらせながら考えているんだ。こんなことでいいのか。オレはやっと小学校の社会科の知識を自分のものに出来たというのか。オレの成長は止まらない。だが時々、その遅さに自分自身でへきえきとしている。

 執筆はスポーツだ。だから、とどまることは許されない。汗を流しながら前に進んでいく。キャラたちの行動は、それぞれのキャラにふさわしいものか? そんなことはもう分からない。それでもキャラたちは健気に前を向く。たとえ作者に明日が見えていなかろうと、彼らは前を向いて進んでいく。そのことにこの上ない頼りがいを感じて、作者として誇りに思わざるを得ない。

 ふと、己自身の中にアディショナルタイムを告げる電光板がかざされるのに気付いた。あと少しだ。わりとまとまった時間がある。なんとかなる。オレはそう信じる! そろそろこのゲームを閉じなければならないとき、では何をしなければならないか。そこでオレは思い出した。キャラたちを信じようと決めた気持ちを。たとえ作者には何も見えていなくとも、彼らには何かが見えているのではないか? そう、彼らには見えているはずだ。なぜなら彼らは自分の人生を生きたのだから。そして自分たちの明日を信じているからだ。だからオレもそんな彼らを信じよう、誇りを持って。自分で生み出し、手塩にかけて育て、そしてついに一人ひとりの人間になったキャラたちを。さあ、誇りをもって送り出そう。彼らの人生はまだ始まったばかりなのだから。彼らは読者の心の中で生き続けるに違いないのだから。

「アディオス、アミーゴ! 友よ! さあ出発だ!!」

 こうしてオレは終了のホイッスルを聞いた。やはり執筆はスポーツだ。めちゃくちゃ高いキーボードを買って、カタカタ言わせるのが楽しすぎて、熱暴走した頭を冷やすこともままならずに走り続けて。そうしてオレは駆け抜けた。この素晴らしい時間を。そしてオレの手元には残された。「オレたちの戦いはこれからだエンド」を迎えた物語が。

 シャワーを浴び、冷蔵庫から麦茶を出して飲んだ。うまい。やっぱり執筆はスポーツだ。そう思った休日の午後であった。

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