第4話 暗闇の猫
薄暗い部屋の片隅に灯りがともった。一人の男がその灯りの下で銃の手入れを始める。その銃は男のお
しかし、現代。世界は空想的世界観から脱しようと試みている。そしてそのために、世界は新しい神を欲した。
銃の手入れを続けながら、男は深い瞑想に沈んでいく。新しい神は世界のすべての情報の把握するだろうか。コンピュータという電脳の世界の中で。量子コンピュータによる演算能力の爆発的増加。人間を、否、この世界のすべてをひとつらなりの情報として処理する力を得るだろうか。それは神格にふさわしいだろうか。男は理系分野に疎い。科学という巨大なクッキーの端っこの方を前歯で軽く削って食べた。ただそれだけの知識で、彼はこの世界を見なければならなかった。原始的。未開。男にはその自覚があった。
男は銃の手入れを終えた。前より手になじむ相棒を懐へと入れる。部屋の灯りが消された。
夜の闇を何に例えようか。そこには何かがある。もしかしたら何もかもあるのかもしれない。しかし、光が届かない。ただ闇だけが広がっている。在るのか、それとも無いのか。光が不足して見ることができないのだ。
男は歩いていた。闇の中を。何度もつまずきながら。暗闇に慣れた目ですら当てにならないほどの深い闇。男は歩き続けていた。
ふと、鳴き声が聞こえた。
「にゃ~お」
ネコの鳴き声のようにも聞こえる。男は声のする方へ歩いた。自らの目的地を忘れたかのように。
「にゃ~お」
また鳴き声が。男は見当をつけ、さらに先を急ぐ。
男は分からなかった。自分が一体何を見つけようとしているのか。この鳴き声の正体がネコだったとして、それが分かったとして、何になるのか。それでも男は引き寄せられるかのように、その鳴き声の正体を探ろうとした。
むっとした感触が肌に触れた。動物の体温がすぐ近くにある。この暗闇。この深い闇。ほんの一メートルもない先に、鳴き声の正体がある。男はそれを感じた。銃が使えるのはたった一度だけ。引き金を……引くか? それが問題だった。
男は懐から銃を取り出した。心を決めていた。この何もない世界で、たった一つのことでも、本当のことを、真実を知ることができたなら。もうそれでよかった。男は引き金を引いた。あたりが照らされる。男の銃は、銃ではなかった。銃の形をしたライターだった。そしてそのライターの灯りに照らされて闇から浮かび上がったもの。それはネコの鳴き真似が得意な江戸屋猫八であった。男は鬼平犯科帳のファンであり、その真実にうれしくなった。やがてライターの灯りは消え、あたりは再び闇に包まれた。
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