第3話 すれ違う時間

 駅前広場の雑踏の中でマサシは誰かを待っていた。誰を待っているのか、自分でもわかっていない。しかし、今日、ここに誰か来る。それだけを予感していた。

「マサシィ!!」

 一人の男がなれなれしくマサシの名前を呼んだ。その男に見覚えはなかった。ただ、あまりにもなれなれしすぎて、マサシは怒る気になれなかった。

「行こうぜ」

 促されてすぐ近くの喫茶店の中に入る。どうということはない。少し話してみれば事情も分かるだろう。マサシはそう思い、謎の男と同席した。

 謎の男は二十歳前後であろうか。髪の毛は毛先まで金色に染めている。白い顔には満面の笑みが。しかし、その頬はこけて痛々しく見える。こざっぱりした安物の背広を着て、テーブルの下で足を組んだ。

「買わないか?」

 男が手提げかばんの中から取り出したのは小さな壺。手のひらの上に載せられるほどの、ちょうど女性のハンドバッグの中に入っている小さな香水の瓶のようだ。

「これを買えと?」

 どうやらこの謎の男はマサシを相手にセールスを仕掛けているようだ。マサシは不可解な思いであった。ただのキャッチなら、どうして自分の名前を知っていたのか。

「ところで久しぶりだな」

 マサシは相手を思い出すべく、話題を振ってみた。男の顔に一瞬けいれんが走るが、結局男は笑顔を崩さないことに成功した。

「ああ、本当に久しぶりだよな」

 男は言った。

「最後に会ったのはいつだったかな?」

 マサシは相手に対する情報を得ようと、再び問うてみる。

「たぶん、中学校の卒業式だな」

 中学校の卒業式。マサシは記憶をたどった。そして一人の男に行きついた。男はマサシの中学生の頃のクラスメイトだった。なんのことはない。ただのクラスメイトだった。運命でもなんでもなく、ただ同じ教室に入れられただけの存在だった。しかしそれでも、マサシはほんの少し懐かしく思った。

「それで? この壺をオレに売るわけか」

「ああ。お前なら引っかかってくれると思ったんだ。お前はあのころからみんなのエサだったからな。今でもむしれるんじゃないかと思って声をかけてみた」

「そういうことか」

 あまりにもあけすけな答えに、マサシは怒る気にもなれなかった。そうだった。あのころからオレはみんなの養分だった。この社会にはみんなの養分になるしかない存在もある。オレも確かにその一人だった。だが。

「買わない」

 マサシは言った。そういう人間関係に疲れていた。

「そうだよな」

 男は笑った。そしてコーヒーをおごってくれた。

 二人は喫茶店の前で別れた。そして二度と会うことはなかった。

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