孤独のクスリ

5歳か6歳の時に知らない家にもらわれてきたとしたらどうだろう。

それまで風呂に入ったこともなく、親身になって世話をしてくれる人もなく、もちろん両親とは生まれてすぐ引き離されて。

たとえもらってくれた人がどんなに愛情を注いで世話をしてくれても、心の中の寂しさ、孤独感、そうしたものが完全に消える日が来るのか分からないし、消えるにしても、相当な日々を要することだろう。


うちで飼っている柴犬キリの話である。

5歳、6歳と言っても,その期間は犬にしてみれば5ヶ月でしかない。

しかし、犬にとってその5ヶ月がどれほど大きなものであったか。


妻の、キリに対する愛情のかけ方は並々ならぬものがあるし、うちに来て1年以上そうして可愛がられてきたが、未だに滅多なことでは妻に抱っこされることを許さない。拒むのである。

そして私が可哀想に思うのは、昼夜を問わず、1人でウッドデッキに座り、じっとモノ思いに耽る姿である。

初めはなんだろう、変わった犬だ、と思ったのだが、夜になって、真っ暗なウッドデッキで座っている姿は、犬といえども、1人の時間に慣れ親しみ、今もそういう時間が必要なのだろうと思う。


わんぱくで、どれだけ私たちに手を焼かせてきたか知れないキリだが、それでも最近は、最初の頃に比べると、息子の愛情ある教育のせいもあって、随分と分別がつくようになってきた。

妻に、随分と愛おしさを示すようになってきた。

もちろん私も、気持ちが通うと感じる瞬間が随分増えてきた。


このままもう1年、2年と過ぎれば,孤独な5ヶ月の記憶は消えていく日が来るのだろうか。もっと小さい頃から可愛がられた犬のように、甘えたり,抱っこされて喜ぶ時が来るのだろうか。


思えば可哀想な話である。

幼心に色々な思いがあっただろう。

犬だからといって、あれだけ賢い犬が、何も感じなかったはずがない。


私はそこまで愛情をかけてるとは言えないが、妻は心底大切にしてやっている。

現にその思いはじわじわとキリに通じてきている。


皆で可愛がってやろう。

愛情だけがキリにとって唯一大切なクスリなのだから。

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