動けない母の財産
また母がお金を失くした。
自分で稼いだ金とはいえ、何十万単位で失くしてしまう。
ねえ、30万おろしてきて。やっぱり買いたいものを買いたい時に買えないと、何のために働いてきたのか分からないもの。
だめだよ、お母さん。やめた方がいいよ。必ずどっかにやっちゃうんだから、僕が管理しといてあげるから。欲しいものがあったら、そのたびにその額をあげるから。
しかし、そう言っても結局はおろしてこなければならない。
痴呆になりかけの母は、私を泥棒呼ばわりすることさえあって、最終的にはそのお金を渡さなければおさまりがつかないのだ。
しかし渡したが最後、ろくに動けない、僅かな家の中のテリトリーの、どこかに隠すのだろう、もう翌日にはあら不思議、どこにやったのかしら、へんねえ、などと平然と言って、もう金は手元にはない。
本当に母の行動範囲、つまりやっとの思いで動けるのは、数メートル四方である。
また、面倒な仕事がひとつ増える。
平然としている母を尻目に、小さな札束を探し回らなければならない。
もうウンザリである。
どれだけこの仕事に労力と時間を費やしてきたかしれない。
と、先程探している時、一冊の、ボロボロのノートが出てきた。
表紙には、まだもの心もつかないくらいの私が書いたらしい鉄腕アトムが踊っている。
そっと開いてみた。
あなたと共にゆきましょう
恋の甘さと切なさを
初めて教えてくれた人
それが私の運命なら
あなたと共にゆきましょう
あなたと共に泣きましょう
(以下略)
まだまだ続く、随分長い詩が書いてある。
鉛筆だから、今にも消えそうだ。
最後の方を見ると、
昭和29年10月20日とある。
どこかで聞いたような詩ではあるが、書かれたのは母が結婚するずっと前のことだ。
本人に見せたら何というだろう。
自分が書いたことを思い出すだろうか。
明日、見せてみようかな。
金? またそのうち探すしかないね。
とりあえず、こっちの方が、おもしろそうだもん。
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