応援コメント

 私の家族」への応援コメント

  • 私も子供の頃、祖父母が両親の悪口を言っているのを聞いて深く傷つきました。
    家族なのにどうして仲良くできないのか?
    子供心に不思議でした。
    良いのか悪いのか分からないけれど、時間がたつと人間の心って変わりますよね。レネさんの奥様も拓哉くんも、心に思うことはいろいろとあるのでしょうが、過去に執着せずにいるのは偉いです。
    レネさんが書いたとおり、つらいことの少ない人生を歩みたいですね。

    作者からの返信

    家族って、そういうものなのかなと。
    つまり仲良くできないのが家族というものなのかなと。
    もう、妻も拓哉も私の母や姉に会うことはありません。2人共、私の母が亡くなっても葬式にも来ないでしょう。
    妻の善良さ、心の純朴さに比べて、私の親や親戚はあまりにも異質なのです。
    私も2年近く母の介護をしましたが、疲れ切ってひと月ほど前に、老人ホームに預けたところです。
    仕事一本に戻って大分健康も回復しました。
    長生きされた時の入居費用の問題など不安は残りますが、まあこれが1番平和なのかな。
    今はそう思っています。
    きょうもたくさん読んでくださって、コメントもありがとうございました。

    編集済
  • レネさん
    いいお話でした。
    息子さんも、就職が決まって本当に良かったですね。

    作者からの返信

    ありがとうございます。
    ここにある通り,もう辛いことの少ない人生を3人で歩みたいと思っています。
    コメントありがとうございます。

  • 奥様の器の大きさに感じ入りました。人間として必要なこと。この考え方は大陸的なものでしょうか。大きいです。
    息子さんが真っすぐに成長されたのはご両親のおかげだと思います。
    それにしても家族や親戚って選べないから難しいですね。

    作者からの返信

    ありがとうございます。
    そういう点では、妻は心が広いかもしれません。

    ところで、柊さんは、家族とのこと、小説とかに書かれたことありますか?

    書いて昇華すると、結構楽になる時がありますよ。
    嫌でなければ是非お試しを。

  • 奥さんのこと大事にしてください。
    じゃないと、死んだ後、地獄の責め苦に喘ぐことになるからヾ(・ε・`*)オイオイ
    終わりよければすべて良しです。死ぬ瞬間、「幸せだった」と思えるよう、これからお幸せに♥

    作者からの返信

    終わり良ければ全てよしと本当になるならどんな努力も惜しまないんですが。
    本当にそうなるよう、幸せだったと言ってもらえるよう頑張ります。
    コメントありがとうございました。

  • 我が家は主人が父親と折り合いが悪く、子どもが生まれて1年位で家を出ました。姑は良い人だったのですが、姑も手術後に1時期我が家で一緒に過ごしました。まるで借りて来た猫のようで、今までの姑ではなくお互いに気を使い過ぎて早々に自宅に帰って行きました。帰ってからは元の姑に戻っていた経験からもう一緒に住むのは難しいのかなと思っています。ご主人のお墓参りに行って奥さまも一区切りつけたかったですかね。1度嫁として尽くして傷つけられた気持ちとても悲しい事です。勿論孫としても。わかりあう事はないかもしれませんが穏やかに暮らせる日々が一番幸せだと思います。

    作者からの返信

    akasarasaさまも色々あったんですね。
    今思うと、書き損ねましたが、実家にいる3年間の間に、随分妻もいびられて傷ついていたようです。
    妻は未だに実家に寄りつこうとしません。
    でも、これからは親子3人で平穏な日々を過ごしたいとおもいます。
    コメントありがとうございました。

  • 結婚してすぐ、私は自分の意思で実家を出ました。母の嫁いびりが始まったからです。当時私は実家の仕事をしていましたが、それも辞めました。妻を守るためには、そうするしかありませんでした。
    もう実家とは縁を切るつもりでしたが、五、六年したら母が私の家に来るようになりました。
    時間が解決することも、あるのかもしれませんね。

    レネさんのご家族に幸あれ!(^^)

    作者からの返信

    佐野さまも複雑な状況にあったようですね。
    随分大変な思いをされた事でしょう。
    私も妻を守ろうといつも頑張ったつもりでしたが、ちから及ばなかったようです。
    佐野さまも、そうした体験を書かれてみてはいかがでしょう。
    気持ちも楽になったりして。
    読んでいただき、コメントもいただいて本当にありがとうございました。