輸入雑貨店店主
若かりし頃、輸入雑貨店を経営していたことがある。
バブル末期だったが、まだまだ皆好景気が続くと信じていたころである。
輸入雑貨と言っても、主力商品は海外の工場から直接輸入する手織りの絨毯で、小さいもので玄関に置く1万円くらいのものから、六畳くらいの大きさで値段も15万円程度のものまで、様々な大きさの、様々なデザインを施した絨毯を扱っていた。
いわゆる昔の言葉で言う脱サラで始めたのだが、あっという間に収入はサラリーマン時代を上回った。
商売って、やってみるとホント、楽しかった。
そんなある日、私は当時の愛車のバンの後ろに絨毯を積んで、とある地方に営業にでかけた。
ターゲットは、旅館や民宿だった。
旅館や民宿の入り口にこうした絨毯を敷けば、かなりサマになり、見栄えもいいから、きっと売れると信じたのだ。
私は1泊2日の予定で出発した。
目的の観光地に着くと、手当たり次第に民宿や旅館に売り込んだ。
私はそれまで営業というものをやったことがない。
が、きっとうまくいくと無謀に信じていた。
ところがどうだろう。私はすぐにめげてしまった。
売れないからとか、門前払いを食わされるからとかではなかった。
その土地の旅館や民宿の人たちは余りにもいい人たちで、私の話を聞いてくれ、しかしやはり断りたいのだが、断るのにどう言ったらいいか困っているという様子で、私はすぐに、こんなにいい人たちに商品を売りつけて儲けようという気が失せてしまったのだ。
1時間後、私はある旅館の立ち寄り湯に入っていた。
私はすっかりやる気を失っていた。
湯に浸かりながら、風呂から出て一服したら、1泊せずに、今日帰ろうと考えていた。
それにしても、皆何と素朴でいい人たちなのだろう。
向こうが本当に欲しいなら売るが、強引に説得する気など、全くなくなってしまった。
風呂を出て、隣の旅館に、ここを最後にしようと決めて飛び込み、絨毯を置く気はないか、と言ったところ、そこの主人はちょっと様子が違っていた。
私が差し出した名刺をポンとカウンターに放り投げ、どれ、どんなの持ってきた、きょうは休館日だからちょっと見せてみな、と私に言った。
私が車から数枚のサンプルを持ってくると、ーこれはいくらすんだい?
ーはあ、一応29,000円ですが。
ーふん、じゃあ2万なら買ってやる。どれ、もっとデカいのも見せてみな。
とても横柄な態度だった。私はその値切り方が不愉快だったが、いわれるままに、何枚も絨毯を運んで、見せてみた。
主人は実際に客室の入り口に敷いてみたりして、これはいいな、よし、これもいい、などと言いながら、5、6枚を買うと言った。
ー全部でいくらだ?
計算すると、約45万だった。
ーじゃあ、30万だな。
ーそんな、それじゃあ足代もでないですよ。
ー30万だ。それ以上じゃ買わねえぞ。
ーええっ?分かりましたよ。売りますよ、売ります。ったく!
私は現金で30万を受け取り、領収書を置いてその旅館を後にした。
私はその晩、民宿に泊まって酒を飲んでいた。
絨毯は、こういうこともあろうかと、私は原価の3倍の値段をふっかけていた。
計算すると、宿主は相当値切ったつもりだろうが、実際には諸経費込みの原価の、2倍で売れたことになる。
してやったり。オレもなかなか商売人だな。
その晩の酒がうまかったのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます