旅の終わりに



結婚して間もなくの頃、妻と伊豆を旅行して、3泊4日ほどの旅の最後に湯ヶ島温泉に泊まった。


湯ヶ島とは、丁度伊豆半島の中程にある山あいの温泉地で、作家井上靖の故郷でもある。


そのほかにも、川端康成や尾崎士郎、梶井基次郎など多くの文人に愛された。


こう書くとちょっと派手な印象を受けるかもしれないが、清流を挟んで両岸に旅館の立ち並ぶ温泉地は実に静かで、いつ行っても俗化することのない、心安まるる美しい温泉だった。


以前伊豆の湯ヶ野温泉について書いたが、その湯ヶ野とも違う、「湯ヶ島」である。

 

私はそれまでに2、3度訪れたことはあったが、妻は初めてであった。


風呂に入り、夕食にイノシシ鍋をいただいて、あたたまった。


私は若い時は旅行が好きで、度々地方に行ったが、やはり何と言っても伊豆は1番のお気に入りだった。


特にこの湯ヶ島などは、その素朴な味わい、静謐な佇まいなど、実に気に入っていて、妻も、その風情には納得した様子だった。


この湯ヶ島の人々の生活は、井上靖の自伝的小説「しろばんば」に詳しく描かれているが、しかし時を経て、文学も様変わりした。

人々の心も様変わりした。


大抵の若い人は、こんな鄙びた温泉より、同じ金を出すならたとえばディズニー・ランドのぼうがいいに決まっている。


そういうわけで、今はこの湯ヶ島も、人気がなく、すっかり寂れたそうだ。

さらにコロナがとどめを刺すかもしれない。


時代は変わる。

私も変わらなければならないだろう。

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