小旅行の秘かな楽しみ



妻に、夜勤だからと嘘をついて、実は有給休暇を取って小旅行に行ったことがある。


誰と?


愛人と?


いや、実は1人で行った。


どこへ?


遠くへ?


いや、自分の住んでいる町のビジネスホテルに一泊した。


笑っちゃいけない。

私は何年かに一度、とても1人になりたくなり、こうしてビジネスホテルに一泊することがある。


大抵は妻も承知しているのだが、その時は妻に言わずに行った。その方が秘密の匂いがして、なんとなく面白い。


夕方ホテルに入り、まず風呂に入る。

さっぱりしたところで、街に行く。


どこに行くかというと、居酒屋である。

その日はなるべく非日常の気分を味わおうと、入ったことのない、見知らぬ居酒屋に入ってみた。


店内は空いていて、ホールには女の子が1人。

私は何を考えるでもなく、何をするでもなく、ただぼんやり1人で酒を飲む。

こういう普段の生活から切り離されたような時間が、とてつもなく重要なのだ。


ふと壁を見ると、アルバイト募集の広告があった。


高卒以上。週2日より。詳細面談。

大体そんな事が書かれていたと思う。

ということは、ホールで働いている女の子も、当然高校を卒業しているのだろう。


その頃、私の1人息子は高等専門学校を退学し、スーパーでアルバイトしていた。

こうして見てみると、息子は居酒屋でバイトする資格もないことになる。


彼はどうするつもりなのだろうと、私は少しだけ心配になる。


そんなことをぼんやり思いながら酒を飲み、ほどほどのところで切り上げて街を歩く。


ラーメン屋があったので入ってみた。

博多トンコツの店だった。

なかなかうまかったが、もう、若い時のようには食べられず、少し残してしまった。


ホテルの部屋に戻ると、ベッドに横になり、酔いが全身を包むのを楽しんでいた。


テレビはあったがつけない。


子供の頃から小説家になるのが夢だった。

しかしとうとう果たせなかったな、などと横になりながら考える。

私が本当に作家を諦めたのは、この時だったような気がする。


そうして息子に想いをはせる。

仰向けになりながら、私の息子だから、やっぱり遺伝なのかな、などとぼんやり考える。

私も、高校を退学した経験があった。


いつの間にか意識が遠のいていく。


やがて朝を迎える。


1人を楽しむ夢のような時間を終えて、私はバスで日常へ戻っていく。


何年かに一度の、私の秘かなストレス解消法である。

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