つつましく長い日々



私は今喫茶店に入ってコーヒーを飲んでいる。

コロナのせいで、店内は空いている。

28年くらい前、妻と知り合ったのもこんな喫茶店だった。


その頃、私は仕事が終わると、とあるカフェでコーヒーを飲みながら一服し、疲れを癒すのを日課にしていた。


ある日、いつもと違う、ちょっと高級感のある、お洒落な喫茶店に入った。雰囲気もよく、紫煙をくゆらせながらコーヒーを飲んでいると、1人のホールのウエイトレスが目についた。


当時人気絶頂だった宮沢りえさんの名前を借りて、「りえちゃん」と呼ばれていた。


日本語はうまかったが、外国人なのはすぐ分かった。


水か何か運んできた時、

「お国はどちら?」

と私が訪ねたのが始まりだ。


2回目か3回目にそこへ行った時、私はもう一緒にお茶を飲む約束を取り付けていた。

つまり、私はナンパしたのである。


それも、ウソをついたのだ。

「明日、会社の仲間と数人で○○の店でお茶を飲むことになっているから、あなたも来られませんか?」

と。


未だに妻は言う。

「私は騙されたのよ。行ってみたらあなた1人なんだもの」


つまり、私は嘘をついて、彼女と2人で話す時間を持つことに成功したのだ。


複数の人との付き合いが苦手だった私は、逆に2人だけなら、相手を自分のペースに引きずり込むのは巧みだった。その点では自信があった。

彼女は蜘蛛の巣に引っかかるように、私の仕掛けた罠にかかった。


あとは、彼女と親しくなっていくのはさほど難しいことではなかった。

というのも、彼女は外国から1人で留学し、寂しかっただろうし、何より深窓に育ったから、全く世間知らずで、それが私に幸いした。


私は休みの日には、箱根だ、鎌倉だと彼女を連れ回し、知らず知らず、自分も彼女に夢中になっていた。

この時のように、「この人」と思って恋愛したのは、あとにも先にもこの1度きりだ。



長く、つつましく、質素だが波乱万丈だった生活を、彼女もよく我慢してくれたと思う。

うまくいけば、子供は来春大学を卒業し、我が家は一段落する。


コロナでどうなるか分からないが、この夏は親子3人でどこかへ泊まりに行こうと話している。


もう、近場にしようと妻も言っている。

私も、なんとか実現させたい。

それくらいしか、妻にお礼出来ないから。

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