麻布の素敵な女性たち



一体何十年前のことになるか。

高校を中退して家を追い出され、都内にアパートを借りて自活していた頃、麻布のスーパーマーケットでアルバイトをしたことがある。


麻布という土地柄、スーパーの客層も極めて高級(こういう表現が適切か分からないが)で、とりわけ芸能人のお客様が多いのは楽しかった。


失礼に当たるといけないので名前は出さないが、歌手の方からそれこそ大女優さんまで、色んなお客様が来られた。


私は対面販売の肉売場にいたが、こちらは仕事だから浮き足立つわけにいかない。

極めて冷静を装って、どのお客様も分け隔てなく応対した。


しかしいくら女優さんとはいえいつまで経ってもお客様はお客様である。

だから、実は私にとって本当に素敵なのはスーパーの従業員の女性たちだった。


私はその頃多情な男で、薬品売場の2人の素敵な女性社員にも憧れていたし、私と同い年くらいの、可愛らしい1人の女性従業員も気に入っていた。


また、昼休みなどによく行く近くの喫茶店の、女優志望のアルバイトの女の子とも仲が良かった。


毎日毎日、素敵な女性とばかり会って、私の高校退学後の孤独な生活にも、一条の光が射し始めていた。

多分、今思うと、場所柄、スーパーの女性従業員も、それなりに素敵な人が選ばれて採用されていたのだと思う。


そんな職場で働くようになって、2、3ヶ月が経った頃、全てがぶっ飛ぶ出来事が起こった。


ある日、私はアルバイトの帰り、ちょっと用があって、麻布でも最高級のスーパーに買い物に寄った。

目当ての物を探して陳列棚の間を歩き、ふと、ワイン売り場に来たときだった。

な、な、なんと、私も大ファンだった榊原るみさんにでくわした。一緒にいらっしゃるのはお母さまだろうか。


突然のことに、この時ばかりは私はぶっ飛んだ。まあ、何と可愛らしい、まるでお人形さまのような容姿である。


じろじろ見ては失礼なので(それくらいの理性は残っていたようだ)、私もワインを見るふりをしながら、目の前の榊原るみさんを見ていた。不覚にも、私は18歳で、ワインは飲めないのだが、そんな事は関係ない。


しかし、いつまでもそこにいるのもおかしいので、その場を離れ難い思いに鞭打ちながら、スーパーを出たのだった。


今はもうさすがに榊原るみさんといっても、ご存じない方が多いだろうが、あれは麻布の懐かしい思い出の、頂点を飾る出来事だった。


麻布。もう何十年も行っていない。

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