妻への怒り

 つい、妻を怒鳴ってしまった。

 理由は些細なことだったが、私はついカッとなり、激高した。

 妻をこんな風に怒鳴るのは20年振りくらいの気がする。私は人を怒鳴ることはまずないのだが、今回はなぜか頭に血が昇った。

 妻は怒鳴り返すわけでもなく、無言でむっつりするわけでもなく、ただしゅんと黙っていた。「わたしはもう生活に疲れた」そういう顔をしていた。

 妻は外国人で、あたたかく、皆仲の良い家庭で穏やかに育てられたので、日本の冷たい家族関係が理解できない。しかし日本に来てもう28年である。ここの文化は自分の育った家庭とは違うのだと、いい加減割り切っても良さそうなものなのだが、そのことでぐじぐじ言うので、私は我慢がきかなくなってしまった。

 それから私は少し寝て、目が覚めたら心の中に後悔の念が湧き立っているのを覚えた。なぜ自分はあんなに妻を怒鳴ったのだろう。そう思うと、妻がかわいそうで申し訳なくてたまらなくなった。

 私の妻はもともとの運が悪いのだろうか。

 日本という異文化の中で、稼ぎのない私と結婚し、様々な苦労をしてきた。いや、運が悪いのではない。私が悪いのだ。自分はそう思った。しかしそれでも日本が本当に好きだという妻に、私は本当に申し訳ないことをした。

 翌日、私は妻に「ごめんね」と謝った。なんだかんだ3回くらい言ったと思う。それでもこんな文章を書かなければならないほど、私の心は痛んでいる。

 それから昼近くになって、妻は気晴らしに友人とコストコに買い物に出かけた。子供は大学に行ったので、私は今、ひとりでこれを書いている。

 今回のことを忘れまい。若くて美しかった妻が、今は生活に疲れた顔をして、若い時のように笑うこともまずなくなった。

 考えてみれば、私が悪いのだ。

 金もあげられない。

 素敵なディナーもさせてあげられない。

 妻は節約のため、美容院にも行かない。

 いつか妻がそういうことを思う存分できる生活を夢見て、特に中年の頃は頑張ったが、結局、妻に贅沢のひとつもさせてやれなかった。

 たぶん、これからもそんなところだろう。

 私が妻にあげられるのは優しさだけではないのか?

 心を新たにしようと思う。

 暗い話は避け、妻を思いやろうと思う。

 今度こそ。

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