第3話
「――これは、砂糖の結晶だ!」
それを聞いて、ヨシツネは眼の色を変えた。口の中に放り込むと、叫ぶ。
「甘ぇ!」
砂糖は貴重だった。
砂糖の原料になるの主にサトウキビとサトウダイコン。前者は熱帯の、後者は亜寒帯の作物だ。どちらも日本では育ちにくい。
運んで来ようにもこのご時世。生きるために不可欠な重曹を運んでくるのも苦労するくらい。まして、砂糖を運ぶ余力は、そう多くはない。
かつては安価な人工甘味料も出回っていた。文明の衰退した現代、それすらも高価だ。実際、みなみ屋のアイスクリームも他のメニューに比べて割高。一夏に一回、二回、食べるくらい。例えば、ウナギと同じ頻度だ。
その割に、甘さも謙虚なくらいに控えめ。純度一○○パーセントの砂糖の塊とは、比べるまでもない。しかし、それでも、その値段設定は妥当なのだ。
「リコ。こんな高価なもの、どうしたの?」
「うん。お詫び。ボクだけ、楽な仕事だったから」
「じゃなくて、どこで手に入れたの?」
「あ、お父さんに貰った。お土産だって」
「親バカだな……」
ランクマが呟く。
彼女の父は隊商の一員だ。
今や、整備された路などほとんどない。都市から都市を移動するだけでも一苦労。そんな道なき道を行き、必要な物資を買い集めるのが隊商だ。この大量の重曹も、化学工業が強い、遥かチバの方からリコ父たちが買い付けてきた。
「すれ違った他の隊商の人が砂糖を運んでて、安く分けて貰ったんだって」
「なるほど」
「みんなで食べよう」
「いや、でも……」
そうは言っても高級品だ。幾らか安くなったところで、まだ高価な事には変わらないだろう。しかし、その甘さには抗い難く。
「美味ぇ! 美味ぇよお!」
まして、隣で何も考えずに貪っている奴を見つけると。
一粒、手を伸ばす。後はもう、止まらなかった。
気付けば、砂糖の小袋は空になっていた。多幸感、と言えば良いのか。そんな心地に浸る。
「砂糖、もう無えのか?」
「もう無いよ……」
「もっと食いてえなあ……」
「うん……」
「俺ぁ、砂糖で腹一杯になりたい……」
「あ、それ良いねぇ……」
二人の喋り方もやけにゆっくりとしている。
「流石に身体壊すと思うけど……」
しかし、「甘い」という知覚がここまで強烈だとは。
「甘いって、なんでこんなに幸せなの?」
リコが言う。
「……人間が、そういう風にできてるから、かな」
「「どういうこと?」」
二人が首を傾げる。
甘いモノを食べると幸福を感じる。だから、人間は幸福を求めて甘いものを探す。自然界に存在する甘味。例えば、果物や、はちみつ等。
原始時代で有れば、この習性が有利に働いたはずだ。
何故なら、甘いものはカロリーが多いのだ。カロリーが多いものを食べれば、それだけ生き延びる可能性が増える。
だから、人間は甘いモノを食べると幸福を感じるように進化した。
いや。甘いものを食べると幸福を感じる個体が生き残った、と言うべきか。
「んー、ちょっとムズカシイかも……」
「リコ。ウソ吐くなよ」
ヨシツネが言う。
「え?」
「ちょっと、じゃねえだろ」
「そう言うヨシツネはどうなのさー?」
「分からん!」
「分かんないんじゃん!」
「知らねーけど、とにかく、甘いものは美味い!」
「単純だなー」
「だけど、真理かもな……」
こうして、三人で甘いものを食べている時間は幸福なのだ。理由は何であれ。
先ほどから、脳が今味わった「甘い」という体験を再生し続けている。自然とよだれが滲む。透明な氷砂糖が、脳裏に焼き付いて離れない。
「なあ、ハルツグ。どうにかならねえの?」
「ああ。俺も、どうにかしたいと思ってた」
甘いものを、嫌になるほど、たくさん。
そんな欲望が止まらない。
「「どうにかなるの!?」」
リコとヨシツネは叫んだ。
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