幸福量保存の法則について、幾許かの考察

第1話

 俺たち三人は、町の集会所に引っ立てられていた。取り囲む大人たちの視線が痛い。怒っているのだ。


 当然だろう。手作りロケットを打ち上げて、墜落させるという騒動を起こしたのだから。


 しばらくして、ヒョロリとした男が集会場にやってきた。寝ていたところを起こされたらしく、髪は寝癖だらけで、目も半分開いていない。


「あ、先生!」


 リコが言った。


「あー、お前ら。最近、学校来てないじゃないか。どうしたんだ?」

「……いや、だって、夏休みだから」


 そう言えばこの先生、終業式も忘れていた。


「あー、そうだったっけ?」


 先生はそう言いながら頭を掻く。


 オババは大学校で専門教育を受けた最後の世代だ。そして、先生はそのオババの息子だった。オババから個人的に学問を学んでいるから、一応、知識人という括りに入っている。


 普段は俺たちの勉強をみたり、オババの手伝いをしている。


「それで、何があったんだっけ?」


 先生がぼんやりと訊くと、近くの大人が耳打ちした。


「ロケット!?……どうだった? 飛んだのか!?」


 先生が目をキラキラと輝かせる。


「……一応、飛んだよ」


 俺が答える。


「おお! 燃料は!?」


 先生が興奮気味に訊く。そんな彼のことを、周囲の大人は白い目で見ていた。


「何て危ない事をしたんだ! 駄目じゃないか!」


 先生が取って付けたように俺たちを叱る。


「わざとらしー」


 リコは小声で呟いていた。


「それで、先生。どうしましょうかね?」


 近くの大人が訊いた。


「どうって?」

「悪ガキたちの始末ですよ」

「あー、どうしましょうね。ところで、バアちゃんは?」

「オババなら、もう寝てますよ」

「歳だしなあ……。うーん、どうしますかねえ」


 先生は、俺たちを裁く、という大役を任せられて、あからさまに困っていた。


 その時だ。


「こんのクソガキどもが!!」


 集会場に、体格の良い男が飛び込んで来た。腕まわりの太さが、既にリコの腰くらいある。そんな大男が、拳骨を俺とヨシツネの頭に落とす。


「うちのリコに何か有ったらどうするつもりだ馬鹿野郎!?」


そう。


この筋骨隆々の男性はリコの父だ。


「リコ! 無事だったか!?怪我は無いか!?」

「う、うん……」


 くるり、とリコ父は先生に向き直った。


「おう、先生! うちのリコはこのクソガキ二人に無理矢理連れ回されてただけだから、無罪だよな!?そうだろ!?」


 リコ父が先生に詰め寄る。


「……あ、あー。どうでしょう」


 悩んではいたが、押し切られるのも時間の問題だろう。


「罰を受けるなら、この二人だけだよなあ!」


 俺とヨシツネ《この二人》を指差して言った。


「そうでしょう!? 皆さん!」


 むしろうちのリコは被害者だ、という趣旨の演説を繰り広げるリコ父。大人たちは白い目で見ていた。


 リコ父の親バカぶりは既に周知の事実だった。


 子供が生まれにくいこのご時世、そんな親も少なくないらしい。


 娘さんが絡まなければ良い人なのに、というのがリコ父の専らの評判だ。


「お父さん。止めてよ」


 その時、毅然と言ったのはリコだった。


「ボクだって悪い事したんだから、罰は三人で受けるよ」


「おい、待て。三人って何だ?俺は受けねーぞ」


 ヨシツネが言った。どういう理論でそうなるのかは一切不明だが、面倒だったので口を塞いで黙らせる。


「ふごお! ふごおふお!」


 抗議は無視した。


「リコ。お前……」

「ボクだって、自分で自分の責任は取るんだから」


 リコがちょこんと胸を張る。ちょっと偉そうだ。


 「リコ。お前、こいつらに脅されてるのか?」

「「なんでそうなるんだよ!」」


俺たちは叫んだ。




 1週間の労働。もちろん、無償で。それが俺たちに下された罰だった。

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