第4話

 ロケットが夜空を駆け上がっていく。


 俺たちは、ただ、その軌跡を見上げていた。


 ロケットが上昇する。


 俺たちが顔を上げる。


 ロケットが、さらに上昇する。


 俺たちは、さらに顔を上げる。


 ロケットが上昇する。


 だが、俺たちの顔は、これ以上、上には向けられない。関節の都合上だ。


 ロケットは、まだまだ上昇する。


 上昇して、上昇して、ついに天頂を超えた。というか緩やかなループを描いて、一転、俺たちの方へ向かっていた。


「「「マジか!!」」」


 俺たちは叫んだ。


 ロケットは噴き出す炎と、重力に引っ張られてさらに加速。


 俺たちの立つ、廃ビル目掛けて一直線に向かってくる。


「ハルツグ! どうすんだよ!?」

「どうって!?」


 どうすれば良いんだ?


 その答えが出る前に、ロケットは、廃ビルのむき出しの鉄骨に突き刺さった。


 轟音。


 と同時にロケット内部に残っていた火薬が飛び散った。


 火花が、俺たちの周囲に乱れ咲く。


 時間がやけにゆっくりと過ぎていた。


 リコとハルツグが見えた。


 彼らは何か叫んでいた。


 多分、自分も。


 だけど、音は聞こえなかった。


 周囲では、火花が生まれては、消えていく。


 そんな時間がずっと続くように思えた。


 しかし、気が付いたら終わっていた。


 いつもと変わらない夜。


 遠くで波の音が聞こえる。


 むわっ、と熱い夏の夜の空気。


 突然、現実に投げ出されたような気がした。


 しばらく、ぼー、っと立ち尽くしていた。


「……みんな、怪我は?」


 俺が訊いた。


「……ボクは、大丈夫みたい」

「俺も。お前は?」

「ああ。大丈夫みたい」


 俺たちは交互に互いの顔を見合わせた。


「なんだか、宇宙に放り出されたみたいだったなあ……」


 夢見心地に、リコが呟いた。


 周囲に無数の火花が乱れ散っていた。頭上、輝く天の川に身を投げたら、確かにそんな感じなのかもしれない。リコは詩人だ。


 妙に、お腹の底の方がくすぐったい。


 ああ。


 これは安堵だ。


 ふと、こみ上げてきたのは笑いだった。


 押さえつけるように、くくく、と笑う。


 釣られてリコが、ヨシツネが笑いだす。


 そんな二人がおかしくて、俺は声を出して笑う。


 すると、リコが噴出した。


 ヨシツネが口を開けて笑う。


 俺たちは盛大に笑い合った。


 笑って、笑って、息が苦しくなるまで笑った。


「「「面白かった!!」」」


 三人で同時に叫んでいた。


 ヨシツネとリコの目はキラキラと光っていた。


 俺も、二人と同じように感動していた。ただ、俺の感動には、一滴、不純な感情が混じっていた。


 それは不安。

 

 このロケットは、誰かを傷つけることだってできた。


 実際、昔の人間はそのようにしたらしい。


 ただ、俺たちが、知恵を絞って美しいものを造り上げた事には違いない。


 きっと、こうしてはしゃいでいるリコとヨシツネの感情は本物だ。


 人類とは、いったい?


 その答えは、このゆっくりと滅びゆく街なのだろうか?


「変に騒がしいな」


 その時、ヨシツネが言った。


「あ、あれ!」


 リコが下を指さして叫ぶ。ビルの下に、灯りを持った集団がうろついていた。どうやら、今の騒ぎを聞きつけた町の大人たちが、様子を見に来たらしい。


「くそ! ずらかるぞ!」


 ヨシツネが勢いよく宣言した。


「わ、分かった!」


 とリコも続く。


 しかし、


「無駄だ」


 俺たちはオババの所でイオウを買ったのだ。たとえ、この場で逃げ切ったとしても、後でバレる。だったら、潔く謝った方がマシだ。


「……怒られるかなあ?」


 リコが不安そうに訊いた。


「たりめーだろ」


 ヨシツネが言う。


「だけど、綺麗だった!」

「……そりゃ、まあ、そうだけどな」

「プラマイゼロ。むしろ、プラスだね。怒られたとしても!」

「お前は気楽で良いよなあ」


 ヨシツネはそう言いつつも、ニヤけていた。まあ、確かにロケットは綺麗だった。俺は一歩下がったところで、二人を眺めていた。




 騒動を起こした俺たちは、罰を受けることになる。 だけど、それはまた別のお話だ。

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