第3話

「駄目だよ。そんなの、危ない……」


 俺は言った。


「ハルちゃん、どうかした?」

「あ、いや、何でも無いんだ。悪い……」


 俺は慌てて発言を取り出す。


 パイプに火薬を入れて飛ばす、というヨシツネの話を聞いて、俺の頭の中に、一瞬、「ミサイル」という人殺しの機械が浮かんだ。


 しかし、そんなはずない。

 

 たかが、パイプにちょっと火薬を詰めただけだ。

 

 多分、オババの言葉が引っかかっていたんだと思う。


 ヨシツネが不審そうに、リコが不思議そうに俺の事を見ていた。


「ロケット、面白そうじゃん。やろうよ」


 俺は、気まずくなった空気をかき消すように言った。


 それから、俺たちは金属でできたパイプを乾かした。


 先端は石で叩いて、潰す。パイプの中で火薬が燃焼すれば、その炎は片側だけから噴き出すはずだ。


「そういえば、ヨシツネ。コイン、何枚か持ってただろ?」

「ああ。あるけど……」


 昔、町はずれの廃墟でかくれんぼをしていた時、ヨシツネはそのコインを見つけた。

 それは茶色く、ペットボトルの蓋くらいの大きさだった。表面にはうっすらと


「10」


 という数字が書かれていた。


「あれ、多分、銅でできてる」

「何で分かんだよ?」

「本で読んだ。昔、「十円」っていうお金が使われてたらしい。それが、銅でできてたって」

「だったら何だよ?」

「銅を粉にして火薬に混ぜると、炎の色が緑色に変わる。炎色反応っていうらしい」

「カッコイイ!」


 そう叫んで、目を輝かせたのはリコだった。


「待て待て待て。ふざけんな。今、粉にするって言ったか?」

「ああ」

「俺様のコインを粉にするって言ったか?」

「ああ」


 やすりで削ってこなにするつもりだ。


「ざけんな。お宝だぞ!? 過去の遺産だぞ!? ひょっとしたら、世紀の大発見かもしれないんだぞ!? それを、削って粉にする? 馬鹿か!」

「いや。十円の価値は大した事無かったらしい」

「お宝だよ! 時代が時代なら、これでアイスクリームだろうが何だって買えたはずだ」

「だいたい、十円が十個で、アイスクリーム一本だったらしい」


 本によれば。


「は!? ……十円が一個で、アイスクリームが十本だけ?」

「違う。十円が十個で、アイスクリームが一本」

「嘘だろ……」


 リコが口元を隠しながら、ニヤニヤしていた。


「世紀の大発見」

「うるせえ! もう、粉にでも何にでもしやがれ!」 


 そうして、ヨシツネの十円は粉になった。火薬と混ぜてパイプに詰め込み、粘土で塞ぐ。塞ぐ前に、油を染み込ませた紐を差し込むことも忘れない。導火線だ。


 こうして、ロケットはできあがった。



 夜、夕食を済ませて、町はずれの海岸に集まる。


 蒸し暑い夜だった。もう日は沈んだのに、セミが鳴いていた。潮の香りを運んでくる海風も生温い。


「よし。お前ら。準備は良いな?」


 ヨシツネが、俺とリコの顔を交互に見る。


「うん」


 とリコが答える。


 俺も頷いた。


「じゃあ、行くか」


 薄暗い中、星の灯りを頼りに、俺たちは海岸を進む。間もなく、町はずれの廃墟に辿り着いた。


 昔はコンクリイトという石でできた、きちんとしたビルだったのだろう。しかし今は、コンクリイトは崩れてしまった。金属の枠組みだけが残っている。


 俺たちは、その骨だけになったビルを登る。小さい頃からの遊び場だ。勝手は知っている。暗い中、半ば手探りで登る。


 その時、ヨシツネが言った。


「なあ。廃墟にある銅じゃダメだったのかよ?」


 しかし、それが実際に銅なのかは分からない。野ざらしの銅は、空気や潮風と反応して、緑青になってしまう。


「良いじゃん。もう、十円は無いんだよ?」

「うるせーぞ、リコ」

「緑のロケット、絶対カッコイイよ!」


 やがて、ビルの頂上に辿り着く。


 町が一望できた。光がポツポツと灯っている。遠くに見える小さな灯りは、隣町だろうか。それは小指の爪ほどで、頼りなく、小さい。


 それに比べて、夜の中に横たわる海が、なんと大きいだろうか。


 黒々とした夜の海が、どこまでも広がっている。


 何故、海岸からではなく、わざわざこんな所まで登ってきたのか。


 それはヨシツネが、


「高いところから飛ばそうぜ。そっちの方が、高くまで飛ぶ」


 と言いだしたからだ。


 廃墟の周りは人も住んでいないから、多少、変な方向にロケットが飛んでも安全だと思ったから、俺も賛成した。


「風が気持ち良いね!」


 リコが言った。


 ビル登りで汗ばんだ額を、風が撫でてくれる。多少、生温いが、悪くない。


 その時、ふいに強い風が吹いた。


 リコの制服のスカートがめくれ上がり、


「きゃっ」


 慌てて裾を抑える。


「……見た?」

「見てない」

「本当は?」

「見てないって」


 見た。


 本当は。


 ただ、暗くてよく分からなかった。


 布と肌の境界すら曖昧だった。


 その時、ヨシツネが言った。


「お前の汚いパンツなんか、誰が喜ぶかよ」

「はあ!? 汚くないし!」


 二人がじゃれ合っているうちに、俺はロケットの準備を終わらせる。と言っても、竹で作った発射台に、ロケットを載せるだけだ。


「そろそろ、決着ついたか?」


 と俺が訊く。


「ボクが勝った」

「俺が勝った」


 という矛盾した答えが返っていた。別にどっちでも良いけど。


「ヨシツネ。これ」


 俺は電子式の発火装置を渡す。親父から借りたものだ。バーベキューするって嘘ついて。


「火、点けろよ」

「良いのか?」

「ロケット、言い出したのはお前だろ?」

「しょ、しょうがねえな。そこまで言うなら、点けてやっても良いぜ?」


 そう言いながら、ヨシツネは明らかに嬉しそうだった。腕を組みながら、にやにやしている。


「えー、じゃあ、ボクが点けるよ」

「うるせえ! 俺が点けるんだよ!」


 ヨシツネが導火線に飛びついた。


「よっしゃ! 行け!」


 ヨシツネが叫んだ。


 発火装置から飛び出した火花が、導火線に付くと、ジュウと音を立てながら煙が上がる。それから導火線は、ジワジワと短くなっていく。やがて、ロケットの中へと消えた。


 しかし、


「飛ばないね……」


 リコが言った。


 確かに、ロケットは黙り込んでいる。


「おいおい、ハルツグ。あの火薬の作り方、間違ってたんじゃないのか?」


 ヨシツネがすたすたと発射台に近づき、ロケットを軽く蹴る。


 瞬間、ロケットが炎を吐き出した。


 鮮やかな緑色の閃光!


「うおおおっ!」


 驚いたヨシツネが、鉄骨の上にしりもちをつく。


「ハルちゃん!」


 リコが叫んだ。


「ああ!」


 俺も良く分からないままに、とりあえず叫んでおく。


 ロケットはそんな俺たちの事など気にも留めず、ゆっくりと重力を引きちぎる。


 日頃、俺たちをこの地面に縛り付けてやまない、強烈な重力。それを、確実に引き裂く。


 浮き上がった。


 そう思った時には、ロケットは夜空めがけてすっ飛んで行った。


「「「すっげええええええ!」」」


 三人、揃って叫んでいた。


 ロケットが閃光を撒き散らしながら、夜空を裂く。


 夜空に引かれた緑色の線。


 星々も、背景と成り下がっていた。


 俺たちは、その点へと向かう機械を、ただ、ただ、見上げていた。

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