第2話


「ハルちゃん、ハルちゃん。次は、どうすれば良いの?」

「イオウと、木炭が要るみたいだ」

「木炭なら、俺の家に有るぞ」

「ボクも」


 石油や天然ガスといった化石燃料は、手に入りにくくなって久しい。家庭でも作れる木炭は、その代替品として活躍していた。


「イオウはどこに有るんだよ?」


 ヨシツネが訊いた。


「多分、オババの所にあると思うよ」


 オババはこの町では最も長く生きている。何でも、専門教育を受けた最後の世代らしい。町の相談役だが、普段は薬屋のような事もしている。


「そうなの?」

「多分、だけど」




 三人連れ立って、町はずれのオババの小屋に向かう。


「イオウ? 有るけど、何に使うつもり?」


 俺たちが要件を告げると、オババは怪訝そうな顔をしながら


「花火を作るんだよ」


 ヨシツネが答えた。


「……花火? ……ああ。黒色火薬だね。作り方は、どこで?」

「図書館の本で」

「硝石は?」

「六本木島で採ったよ。コウモリの巣になってたから」


 リコが答えた。


 オババはフン、と鼻から息を吐く。


「大したもんだね」

「だろ? 分かってんじゃん!」

「ヨシツネ、何もしてないじゃん。だいたい、ハルちゃんのおかげじゃん」

「うるせーよ。俺だってボート漕いだり、ドラム缶運んだりしたわ」

「ボクだって手伝ったし」


 ヨシツネとリコが言い争いを始める。

 

 そんな騒がしい二人をよそに、オババが呟いた。


「因果だね……」

「どういう意味でしょうか?」

「人間はまだ、好奇心を捨てきれていないから」

「好奇心は良いもの、では?」

「だけど、猫を殺す」

「え?」

「黒色火薬は昔、戦争に使われた。たくさんの人が死んだ」

「でも、自分たちは花火を作るだけですから」

「火薬を初めて作った人間だって、人がたくさん死ぬとは思っていなかっただろうね」


 俺は何も言えないでいた。


 ふらり、とオババは小屋の奥に消えた。


 しばらくして、こげ茶色のビンを持って戻ってきた。


「まあ、今の人間には関係の無い話だったね。百年も経てば、誰も居なくなってる」


 オババはニヤッと笑った。俺にグイとビンを押し付ける。


「あ、ありがとうございます」




「相変わらず、陰気くせえ所だったな」


 小屋を後にするなり、ヨシツネが言った。


「ヨシツネ、さいてー」


 リコが投げやりな感じで非難する。ヨシツネはどこ吹く風だ。


「それより、オババと何を話してたんだよ?」


 人間は知らず知らずのうちに、他人を傷つけるものを作り出す。そんな話だった。


「……いや。別に。それより、早く花火を作ろうぜ」

「当たり前だろ」

「さんせー」


 俺たちは町はずれの海岸に移動した。


 この辺りは砂浜になっていた。近くに建物もないし、漁船や、釣りをしている人も居ない。ここならば、多少、火を使っても問題ない。


 材料がそろえば、黒色火薬は完成間近だった。


 すり鉢で硝石とイオウ、木炭を粉末にし、本に書いてあった通りの比率で混ぜ合わせる。これで、黒色火薬の完成だ。


「「「おおー!」」」


 三人で出来上がった火薬を見下ろしながら、歓声を上げる。はたから見れば、ただの黒い粉なのだけれど。


「リコ。鼻の頭、黒くなってる」


 恐らく、黒色火薬で汚れた手で鼻の汗を拭ったらしい。


 ニヤリ、とリコは笑った。


 そのまま、火薬で黒く染まった指先で、頬に線を引く。三本。右の頬にも、同じように、三本。


「……何、してるの?」

「猫です。にゃあ」


 両手を頭の上に載せながら、リコは言った。


「かわいい?」

「化け猫だな」


 横からヨシツネが言った。


「良い度胸だな!」

「うるせえ、ブス!」

「ぶすって言ったあ! ぶすって言ったあ!」


 リコが足元の砂を掴むと、ヨシツネにぶつけた。


「ぶえっ! 口に入った!」


 ヨシツネがリコを持ち上げる。俗に言う、お姫様抱っこという奴だ。


「え? ええ⁉」


 そして、そのまま海に捨てた。


 盛大な水しぶき。


「ざまあ!」


 ヨシツネが勝ち誇って笑う。


「よくも……、よくも、やってくれたなあ……」


 リコがゆっくりと起き上がる。


 髪の毛にワカメが絡みついて妖怪みたいになっていた。


 普通に怖い。


 それから二人は波打ち際でじゃれ合っていた。沈めては、沈められてを繰り返す。しかし、飽きたのか、リコの方から先に砂浜に上がってきた。


「疲れたあ……」


 リコは砂浜に両手両足を投げ出して座り込む。


「楽しかった?」

「うん。ぼちぼち」


 リコは笑った。


 ヨシツネも砂浜に戻ってくる。その手には、奇妙な物を持っていた。細長い、棒状の物体。


「砂の中に刺さってた」


 それは金属製のパイプだった。きちんと表面加工が施してあったらしく、海水に浸かっていたにも関わらず、錆びてはいない。


「こんなの、どうするんだよ?」


 俺が訊いた。


「その火薬を、このパイプの中に詰めるんだよ。そしたら、ロケットみたいに飛んでくぜ!」


 そのアイデアに、リコが目を輝かす。


「おお! たまには冴えてるね!」

「俺はいつだって冴えてるよ」


 確かに、このパイプに火薬を詰めて、火を点ければ、空に向かって飛んでいくかもしれない。頭の中で、そんな光景が浮かぶ。


 しかし、その光景は、本で読んだ「ミサイル」という機械と被って見えた。「ミサイル」という人を殺す機械。


「駄目だよ。そんなの、危ない……」


 俺は言った。

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