第4話

 港が見えてきたのは、夕方になった頃だった。

 空も、海も、オレンジ色に染まっている。

 バケツには、山盛り一杯のコウモリのフンが入っていた。そこに、小さな白っぽい粒が無数に混じっていた。それが硝石だ。

「ううぅ……。二人に汚されてしまったよ……」

「リコ。よせ。その言い方は誤解を招く」

「おーい! お帰りさーん!」

 堤防の上から、手を振る人影が見えた。ジョウシマさんだ。

「ただいま!」

 リコが立ち上がって、手を振り返す。

「バカ! 立つなよ!」

 ヨシツネが彼女の襟を引っ張る。

「酷い! 何するのさ!?」

「お前が何すんだよ! 転覆すんだろ!」

 あれ。

 この光景、前にも見た気がする。

「それって!」

 その時、突然ヨシツネが叫んだ。叫びながら、立ち上がる。

「ヨシツネ!」

 船が揺れた。体勢を崩して、ヨシツネが海に落ちる。

 ヨシツネの驚きの理由はすぐに分かった。ジョウシマさんが手を振りながら、もう片方の手に持ってい物。それは、棒付きのアイスだったのだ。

「あれ、何でだろう?」

「……分からない」

 俺とリコは、顔を見合わせた。



 聞いた話によると、俺達が海に出てすぐ、大阪からの商隊が到着したのだという。工業が得意な大阪からは、時折、こうして商隊がやって来る。そして、彼らのトラックの片隅に、たまたま、冷媒のガスが積んであったらしい。



 俺達は、堤防の端に腰かけて、アイスを食べていた。海に沈んでいく夕日が綺麗だった。

「ヨシツネ。元気出しなよー」

「……やってられっかよ。……こっちは、六本木島まで行ったのによ」

 そう言って、ヨシツネは両手に持ったアイスをかじった。

「良いじゃん。アイスは食べれたんだしさあ」

 リコがアイスを齧る。甘さと、口の中で溶けるアイスの冷たさが愉しかったらしい。リコは、にひひ、と笑った。

 昨日できたことが、今日は出来なくなる。

 そんな事を何度も繰り返し、そのうちに、人間は終わるのだと思う。

 それはいつだろう。

 俺達の孫の世代か、ひ孫の世代か。或いは、もう少し先か。

 人間が今まで積み上げてきた数千年の歴史に比べれば、ずっと短い時間だろう。

 ただ、終わり行く日々も、終わりへのささやかな抵抗も、それなりに楽しかった。

 もうしばらく、人間の日々は続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る