第2話
毎年、終業式の日はみなみ屋でアイスクリームを食べることが恒例となっていた。
「これじゃ夏休みが始まらねえよ」
ヨシツネはそう言って、テーブルをバンバンと叩く。
「通知書は貰わないでも夏休みが始まるのに、アイスクリームは無いとダメなのか?」
「当たり前だろ! 馬鹿か!? おい、リコ! お前も何食ってんだよ!?」
「おへん(おでん)」
リコはハンペンをもふもふやりながら答えた。
「ヨシツネも食べたら? 美味しいよ」
「嫌だね。このクソ暑い中、そんな熱苦しい物、死んでも食わない」
「でも、暑い時に、敢えて熱いものを食べると美味しいって言うじゃん」
「そう言えるのはな、熱い時に冷たい物を食べるっていう定石があるからだ。今、冷たい物が食べられるか? 食べられねえだろ! 定石が崩れてんだよ。定石が崩れた現在、敢えて熱いもの、ってのは意味がねえ!」
「お、おぅ……。ヨシツネが難しい事、言ってる」
リコが俺を見た。
「いや。俺も、半分も理解できなかった。多分、アイスクリームが食べたいって事なんだとは思う」
「分かってんじゃねえか。俺は行くぜ」
そう言って、ヨシツネは立ち上がった。
「冷やかすんじゃ無いよ! 何か買って来な!」
おばちゃんの怒鳴り声が飛んできた。
「うっせーな。文句ならアイスを売ってからにしやがれ」
結論から言って、おばちゃんは強かった。店の外で、魚のすり身のフライを齧りながら、ヨシツネは言う。
「……くっそ。あのババア。……美味いんだよ。チクショー!」
「美味いなら良いだろ。文句言うなよ」
「俺はアイスクリームが食いてえんだよ!」
「要らないなら、ボクが食べようか?」
リコはそう言って、ヨシツネから食べかけのフライを貰う。
「諦めろよ。冷蔵庫が壊れたんじゃ、どうしようもない無いだろ……」
「直らないのかな?」
リコが訊いた。
「……難しいと思う。冷媒のガスが抜けちゃったらしいから」
このご時世、冷蔵庫の冷媒なんて工業製品は、そうそう手に入らない。
「俺は行くぜ」
その時、ヨシツネが言った。
「行くって、何処へ?」
ヨシツネは、ピッと指差した。その先には、ただ夏の空がある。巨大な入道雲だ。
「ラピ○タ?」
「てめえ、リコ。バカか」
ヨシツネが指した方向。一つだけ、心当たりがある。だが、あまりにも馬鹿げていた。俺は恐る恐る訊く。
「……ヨシツネ、もしかして、富士山に行くとか言わないよな?」
「流石、ハルツグ。話が早いな」
「ヨシツネはバカだなあ。富士山も、夏は雪が無くなっちゃうのに」
ククク、とヨシツネが笑い出す。
「馬鹿はお前だ。火口の内側は影になっていてな、そこには夏でも雪が残ってんのよ」
「な、なんだって!?」
リコが驚く。しかし、やっぱりバカはヨシツネだ。
「今はもう、万年雪は無いぞ」
ヨシツネが言うことの、半分は正しい。
確かに、富士山の火口は日陰になるので、夏でも雪が残っていた。しかし、それは二○四○年代までの話だ。現在では地球温暖化の影響で、現在、富士火口に万年雪は残っていない。
「神は死んだ」
ヨシツネが地面に膝を付き、空を仰いだ。
「……返す?」
リコが、半分も残っていない魚のフライを、おずおずと差し出す。
「馬鹿にしてんのか、てめえ! こんなクソ――」
みなみ屋のおばちゃんが、窓から俺たちの事を見ていた。
「――クソ美味いもん。ありがたく頂きます」
「あんたら、他所でやってくれよ。店の前で騒がれちゃ迷惑だ」
俺たちはみなみ屋を後にした。手には、ラムネ瓶を持って。
「アイスクリームは、悪かったよ。あんたら、毎年、楽しみにしててくれたのにね」
お詫び、という事でこのラムネを貰った。
しかし、温い。
冷蔵庫が無いから当然だ。
自転車を押しながら、海沿いの道をとぼとぼと歩く。
「チクショー!」
ヨシツネが叫んだ。余計に暑いだろうに。
俺はラムネを開けた。ぷしゅっ、と音を立てて吹き出した泡を、慌てて啜る。
温い。
甘さが喉にまとわりついて不快だ。
冷えてないラムネなんて、全然、美味しくない。
人類は絶賛衰退中だ。
子供が産まれにくくなったせいだ。
各地に墓標のように存在する原子力発電所。
地面にばら撒いた農薬という名の膨大な化学物質。
或いは、遺伝子を人工的に改変した生物。
色んな人が、色んな事を言っていたが、結局、原因ははっきりとしない。
ただ、一つだけ言える事があった。
『昨日できたことが、今日はできなくなる』
俺たちはこの先の人生で、そんな経験を何度も繰り返す、という事だ。大人たちは、もう慣れたらしい。何だかんだ文句を垂れながらも、毎日、楽しそうに生きてる。
俺も、いずれは慣れるのだろう。
いずれは。
「ヨシツネ。分かったよ」
「俺の格好良さが?」
「……いや、それは知らんけど」
「じゃあ、何がわかったんだよ!?」
俺もバカだって事が。
「アイスクリームなら、どうにかなるかもしれない」
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