第3話

 異端審問官とその部下のお仕事が終わったところで、とっとと帰ることにした。


 神官がなんかゴニョゴニョ言っていたけど、


『若い娘さんをいつまでも拉致らちっとく気か?』


 早いとこ帰さないとダメだろ。

 ついでに言うと、この子はアルバスの保護下に入ったものとみなすから、平民だから丁重に扱わなくて良いって理屈もなしね。


 とツッコミを入れたら黙った。


『そちらの娘御はとにかく、アルバス殿のお手を拝借できればと思うのですが』

『却下』


 転生したあとまで働きたくないでござる。


 神官を黙らせ、カザルスをなだめながら儀式の間に移動すると、そこにはやっぱり見覚えのある姿があった。


「神官長のデリクさんだよ。送ってくれるって」


 小暮さんに説明すると、小暮さんはぺこっとデリク神官長にお辞儀した。


「よろしくおねがいします」

『こちらがご面倒をおかけいたしましたので、当然のことですよ。送還時に、召喚よけもお付けいたします』


 さすが、デリク神官長は人間が出来ていた。


『あちらでは数分程度の時間が過ぎていると思いますが、ご了承ください』

『あーうん、ありがとう』


 流石にそれ以上の誤差は無くせないから、仕方ない。というか数分で抑えてくれるなら、かなり頑張ってくれると言える。

 小暮さんに説明すると、またぺこっと頭を下げていた。

 なんかいちいち小動物っぽい。


『それでは、お送りいたします』


 今度の転移はずいぶん丁寧だった。

───────────────


「それで、その子を助けてきたのね」


 母さん、顔がマジです。


「良くやった」


 父さん、褒めてくれてるけど目が据わってます。


「あの~、なんかまずかったですか……?」


 小暮さんが俺の服をひっぱってこそこそ聞いてきた。

 日本に戻った後、小暮さんがやっぱり不安そうだったので家に招いて、今は我が家のダイニングでお茶をしている。お茶けは駅前の柏屋の羊羹だった。


「小暮さんはなにもまずくないよ。やばいのはあっちの連中」

「え、お二人とも知ってるんですか、あんなファンタジーなことなのに」

「うん。俺が最初に巻き込まれたのって、母さんが拉致られた時だもん」


 あれはまだ俺が小学生だったとき。

 夕食時にいきなり召喚術が発動して光りだしたので、父さんがあわてて母さんの腕をつかみ、召喚陣を読み取った俺がとっさに母さんにしがみついて、家族三人であっちに転移したんだよね。


「うわ~……被害者だったんですね」

「うん。それもふざけた条件でさ、父さんガチ切れ」

「どんな条件だったんです?」


「英雄の母親になれる女性」


「ええ~……なんかヤな予感するんですけど、それ、英雄の父親はどうする気だったんですか」

「召喚した貴族が、英雄になれる子供を産める女性って条件で拉致ったからねえ……」


 まあお察し案件である。

 ちなみに拉致られた先には、容易万端整えた貴族が待ち構えていた。

 ありていに言うと、準備万端整った悪趣味なベッドがある部屋で、股間のテントが張ってる貴族が目を血走らせて待っていた。


 『英雄の母親になれる女性』を拉致って、そのまま妊娠するまでヤることヤって……と考えていたわけだ。


「うげぇキモい」

「父さんがキレたのもあたりまえでさ」


 自分の奥さんが別の男の子供を生まされるために拉致られたと聞かされたら、キレて当然。


 ただ、父さんは肉弾戦にまったく不向きだから、俺が魔法でぶっ飛ばしました。


 俺だってキモいですよあんな奴。

 ちなみにキモ貴族をぶっ飛ばした魔法のせいで、親に転生バレしたんだけどね。


「雄太、今回のあちらの対応を教えてくれ」


 そして父さんは安定の通常運転でした。


「はいはい。えっと、異端審問官のカザルスが犯人ぶっ飛ばしました」

「カザルスさんか、じゃあ犯人への対処は問題ないな。再誘拐の防止措置は」

「それはデリク神官長がやってくれてた」

「信用して良さそうか」

「問題ないよ、あれなら」

「じゃあ良いか。あとは、小暮さんへの賠償だな」

「あ、お詫びならこんなの貰いましたー」


 小暮さんが赤い石がめ込まれた飾りピンをだしてみせると、父さんの眉が寄った。


「雄太、これ安全か?」


 現代日本人にあるまじき質問。

 常識で考えれば、宝石はきれいなだけの石ころです。

 でもまあ、妻が誘拐されたり息子が元異世界人だったりした経験があれば、こんなもんか。


「うん、ただの石」

「じゃあ良いか。若いお嬢さんには地味すぎな気もするけどな」

「あのさ、これルビーだからね?」


 俺がツッコミを入れると、父さんがびっくりした顔になり、母さんが笑ってた。


「えっ、高級品!?」


 そこの小動物、驚かないよーに。


「気にしないで使えばいいと思うよ?」

「なくしたらどうしよう」

「なくさないように気をつけなよ」

「しまっとこう」

「たまには使ってやって」


 木の実を溜め込むリスじゃないんだからさ。と言いたくなったけどそれは黙っておいた。

 母さんはニコニコしながら俺と小暮さんを眺めているので、なんだか非常に居心地が悪い。


「私も雄太に賛成だわ、地味だから普段使いにいいんじゃない?」

「えー、でもルビーですよね?宝石ですよね?」

「しまい込んでても勿体無いでしょ?」

「こんなの持ってたら、変に思われそうなんですけど」

「迷惑じゃなかったら、うちの息子がプレゼントしたとでも言っとけばいいわよ。マセてるのは昔からだから」

「え~……さすがに、それ迷惑かけすぎだと思うんですけど……」

「ああ大丈夫、こいつ、うちの子になる前はハッチャケてたらしいし」


 父さん、その言い草はどうかと思います。


「うちの子に、って」


 あ、なんか勘違いしたっぽい。小動物があわててる。


「あ~、いわゆる前世?らしいね。カザルスさんとは前世での知りあいらしいし」

「え、なんですかそれ」

「異世界転生って奴?」


 両親が知ってるんだから、この場で隠す必要もあんまりないので教えてみたら


「うっわベタすぎ」


 小動物はとても素直な観想を言ってくれました。

 あらためて言われると、なんかグサっとくるものがある。他人の口から言われると厨二病全開にしか聞こえない。


「で、母さんが条件に引っかかったのって、俺を産んでたからっぽいんだよね」

「まあ、元英雄を産んだって事になるみたいだからな」


 と、父さん。


「その割に平凡に育ったわねー」


 これは母さん。


「うっせ、俺は普通の人になりたいの!」

「はいはい、お茶のおかわり欲しい?」


 思いっきりスルーされました。

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