第2話

「いろいろ、ありがとうございました。えっと、これ、どうなってんですか?」


 別室に案内されてお茶をすすめられた後、ようやく顔色がまともになった女の子は、上目遣いに俺を見てうなずいた。


「何があったか覚えてる?」


 まずはそこ確認しとこう。


「え~と、コンビニに夜食買いに行って、帰りに公園突っ切ろうとしたら、なんかピカっとしたのは覚えてます」

「うん、そこまで覚えてるならいいや。俺はそのピカッとしたのに気がついて、君が引っ張り込まれそうになってたんで手ぇつかんだんだけど、一緒に引きずられて来ました」

「……巻き込みました?」

「巻き込まれに行きました」


 この子の責任じゃないし、こういう言い方のほうが良いだろう。


「……すみません」

「君のせいじゃないし。あ、名前聞いてなかった。俺は山西雄太」


 異世界転生したんで、もうアルバスじゃないからね。

 今の俺は日本の大学二年生、山西雄太です。前世が英雄?しらんがな。もう働かない。


「小暮優佳です……あ」

「どした?」

「コンビニで買ったもの、どっかやっちゃいました……あたしの肉まん」


 しょぼんとしている小暮さん、かわいい。

 身長は150センチくらいだろうか、言ったら怒られそうだけどちっちゃい。かわいい。

 黒に近い茶髪はふわふわしてて、いじくったら気持ちよさそうだ。


「戻ったら買えば良いよ。慰謝料ふんだくって帰ろう」

「たくましいですね」


 小暮さんがくすっと笑ったところで、俺たちのいる部屋のドアがノックされた。


『失礼いたします、アルバス殿』


 聞き覚えのある声だった。


『入れ』


 答える俺のほうは、昔みたいにドスの聞いた声じゃないけど。

 入ってきたのは黒を基本にした服の異端審問官と、茶色っぽい服を着て腰に剣をいた武官だった。


『ご無沙汰しております。このたびはまたご面倒をおかけいたしました事、深くお詫びいたします』


 礼儀正しいって良いことだよね。

 小暮さんはいきなり頭を下げた異端審問官にびっくりしてるけど。


「へんなコスプレしてるけど、お辞儀、するんですね……」


 あ、驚くところはそこですか。


 右手を握って胸に当てて片足を引いて頭を下げる、立ったままでできる謝罪としては最上級のおじぎをしてみせた異端審問官が、何か言いたそうにこっちを見た。


「そういえば山西さん、言葉喋れるんですね」


 そんな異端審問官は放置して、小暮さんが聞いてきた。


「あ~、うん」

「ここ、どこですか」


 そりゃまあ、言葉の通じない異端審問官わけわかんないおっさんなんかに聞かないか。


「え~と、異世界?」

「うっわベタなんですけどなにそれマジおかしい」


 立ち直りが早いようでなによりです。


「山西さん、慣れてません?」

「慣れてます」

「もしかしてこれ、二回目とかですか?」

「うんにゃ、三回目」


 転生前を入れたら4回目の世界ですよこんにちわ。早く日本に帰りたい。


「……常連の余裕?」

「いままで全部巻き込まれただけだけどねー」

「どうやったらそんなに巻き込まれるんですか」

「今回とおなじ。目の前で引きずり込まれそうになった人をどうにかしようとして、それで」

「……毎回?」


 学習能力が無くてすみません。


「運悪すぎません?」


 あ、そっちですかそうですか。


「おはらいはしてもらったんだけど、効かなかったなあ」


 ちなみに近所の神社でしてもらいました。効かなかったけど。


「神社無効の運の悪さっていったい」

「ついてないだけです」


 最初の召喚は小学生のとき。母親がターゲットにされて、俺と父親があわてて引きとめようとしたけど家族全員で転移させられた。


 二回目が中学生のときで、ターゲットは近所のおっちゃん。おっちゃんは古武術の師範しはんやってるそうで、相手にブチ切れて日本刀振り回してたな。


 そして三回目が小暮さんというわけだ。


 いずれも俺はターゲットになってない。

 これは別に、運が良いからってわけじゃない。転生のときに、召喚の対象から外れるように設定してもらったせいだ。

 なにしろこちらには『死んだ英雄を呼び出す術式』なんてのも伝わってるから、そのまま死んでたらどうされたものか判ったものじゃなかったし。人類世界のためにと称して戦わされてた身としては、死んだ後まで働きたくなかったわけですよ。


『アルバス殿、よろしいでしょうか』

『出来れば今の名前で呼んでほしいけど』


 中身は一緒なんだけど、もう勇者アルバスは辞めましたんで。


『失礼いたしました、ユータ殿。そちらの娘御は』

『今回の被害者だ。通訳してやるから、挨拶してくれ』

『かしこまりました』


 ラノベで良くある言語チートなんてものはない以上、俺が通訳するしかない。

 うやうやしく一礼した異端審問官と俺を見比べて、小暮さんが首をかしげている。うん、可愛いからもっとやってくれ。


「えーと、このおじさんが挨拶したいってさ」

「え、挨拶って」

「お詫びと自己紹介、かな」


 視線でうながすと、異端審問官が小暮さんに向かって礼をした。

 右手を左胸に当てている、これは真実を語りますよという印。ついでにいうと『真実の言葉』という魔法が発動して自分にかけられているから、絶対に嘘はつきませんと言うパフォーマンスだ。


『お初におめもじいたします、ラーファ神殿異端審問官のカザルスと申します。このたびは異端者の行いを正せませんでしたこと、深くお詫びいたします』


 そのまま訳して伝えると、小暮さんが反対側に首をかしげた。


「いたんしんもんかん?魔女狩りとかする、あれですか」

『魔女狩り、とは』

「えっと、無実の人を拷問かけたりして、嘘の自白させて、神の敵だから処刑しろ~!なんてやる人たちがいたんですよ、私たちの世界って」


 端的な説明ありがとうございます。

 カザルスは訳した説明にギョッとしたようで俺を見た。


『アルバス殿、それはまことですか』

『名前間違わないでくれないかなあ。彼女が言ったことなら、本当だよ。特に女性を狙った冤罪えんざいが多かった地域があったんだ』


 世界史の授業で習ったときは、女に触れるなと強制された童貞が妄想こじらせた挙句あげくに女を目の敵にしました、が本当のところじゃないかと思ったもんです。

 こちらでアルバスが知ってる範囲でも、似たような奴がいたからね。異端認定されて処刑されてたけど。


『それは……いや、「真実の言葉」が使えぬのでしたか。ならば偽りも出るというものですな』

『そんなわけで、異端審問官ってあんまり良い印象持たれないから』

『誤解されたままでは困ります。ご助力いただくことは』

『え、このまま帰るし気にしなくていいんじゃないの?』

『さすがに、まずいように思いますが。少なくとも、我々は真実のみを語ることが可能だとお伝えいただきたく』

『判った判った、この子に説明するから』

『は、お願いいたします』


 カザルスって昔から真面目だからなあ。


「こっちの異端審問官は嘘を付けない魔法も使うから、大丈夫だってさ」

「魔法、あるんですか」

「みたいだねえ」


 実は転生特典で俺も使えるけど。


「……なんかやっぱり怖いんですけど」


 しばらく考えてから、小暮さんがそういった。


「まあしょうがないよね」


 魔法なんてアヤシイものの話してもねえ。


「イケメンは怖い顔しちゃいけないんですね、初めて知りました」


 あ、そっちでしたか。


 カザルスは美形と言えなくもない顔ではあるけど、たしかに怖い。

 身長もたぶん190センチくらいあるし、荒っぽい仕事に備えて体も鍛えてるから、カソリックの神父服に似たゆったりした制服を着てても迫力しかないもんな。

 古代ローマの彫刻じみた顔立ちも、短い金髪も青灰色の瞳も、この場合はマイナスにしかなってない。


『差し支えなければ、訳していただいても?』

『ああ、うん。カザルスの顔が怖いって』


 地味にショックを受けてるカザルスが、なんか面白い顔になっていた。

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