ex 世界に抗う者達

「よし、では彼らをそうだな……一旦瀬戸の家にでも送り届けてくれ。彼らが目を覚ます前に早急にな。無論、対策局に悟られるなよ」


 意識を失った瀬戸栄治、土御門誠一、宮村茜を連れて元いたバーへと戻ってきた男、倉橋伊月は、同じく共に戻ってきた仲間の男女二人、篠原と秋月にそう告げ、彼らに三人を預ける。

 話すべき話はしたし、必要な物も気絶した瀬戸栄治のポケットに簡易的な取り扱い説明書と共に忍ばせた。そこまでした後次にやるべきことは、彼らを一旦送り届ける事だ。

 届けてそれから、全てが始まる。

 そして男の言葉に、瀬戸栄治と土御門誠一を担いだ秋月と呼ばれた巨漢の男は言葉を返す。


「了解だ」


 そしてそう答えた上で、先程まで倉橋や瀬戸栄治達と共にエネミーの研究施設へと赴いた内の一人である二十代前半程の女性に、思いだしたように声を掛ける。


「ああ、そうだ蒼井。多分お前も俺も、考えている事は同じだ。だから後は任せた。俺の分までよろしく頼む」


「ウチの分もよろしくなー」


 そう言って秋月に同調するように、その隣りで宮村茜を背負う十台後半ほどのツインテールの少女もそう返し、葵と呼ばれた女性はそれに頷き、それ所かこの場に残っている倉橋以外の全員がそれに頷く。


(任せた……なんの話だ。私は何も聞いて無いが……私情か?)


 一体目の前の彼らは何の話をしているのだろうか?

 その答えは秋月と篠原が三人を抱えてこの場から出て行った直後だった。


「じゃあ倉橋さん。ちょっといいかしら?」


 そう声を掛けてきたのは蒼井優希。倉橋と共に瀬戸栄治と天野宗谷との戦いを傍観していた彼女は、この場の倉橋以外の人間全ての総意を彼にぶつける。


「なんだね?」


「当初の打ち合わせと何もかもが違うのだけれど」


 当初の予定ではもっと穏便に事が進む筈だった。

 イルミナティの存在が露見せず、なおかつ先程のように彼らを縛る枷をつける必要もなかった。

 精霊を暴走させている原因でもない。あくまで完全な協力者としての立ち位置で彼らと接触する筈だったのだ。

 それが早々と頓挫して今に至る。


「いや、ちょっと待て。なんだその目は。まるで私が悪いみたいではないか」


「大丈夫だ必ずうまくいく。私が責任を取ろうって言ったのはどこのどなたでしたっけ?」


「私だが……しかしあれはあまりにもイレギュラーすぎたんだ」


 彼らに多少怪しまれたであろうがそれでも概ね予定通りに彼らに近づけた。そこまでは良かった。

 だが問題はその後だ。


「確かに客の注意を反らす為にあの場に魔術を張ってはいたが、それが露見する事が無いように何重にも対策を講じていた筈なんだ。あの事態を事前に察知しようなどというのは流石に無理だ。なんだあの子は。正直反則だぞ」


 倉橋は頭を抱えるようにそう言った後、開き直ったように涼しい顔を浮かべて言う。


「寧ろ私は頑張ったと思うよ。君らも遠目で見ていただろう。方や首筋に日本刀を突きつけられ、方や殺意に溢れた拳を放たれても反応見せずにポーカーフェイスを貫いたんだ。正直宮村茜の刀は死ぬんじゃないかと思ったし、瀬戸栄治は瀬戸栄治で殺意がヤバい。流石に食らわないがマジで殺されんじゃないかと思ったさ。そんな中で私は頑張った。君達にできるか? 計画が頓挫して混乱の中での圧倒的ポーカーフェイス!」


「恐怖と混乱で顔面硬直してただけじゃないの?」


「違う! 断じてそんな情けない理由ではない! とにかく私は頑張ったんだ! 倉橋お疲れ頑張ったと労われるならともかく、文句を言われる筋合いはない!」


 もう格好つける必要は無くなったとばかりに感情を露にして倉橋はそう叫ぶ。

 それに対して蒼井は軽くため息を付いた。


「いや、筋合いだらけだと思うのだけれど」


「……まあ私が文句を言われる筋合いも無いとは思うが、君達に文句を言う権利はあるとは思うよ。すまなかったな」


 本来のプラン。倉橋伊月を始めとしたイルミナティの面々が、素性を隠して瀬戸栄治達の味方として現れる最善の作戦。

 本来ならばその中で彼女達実働部隊には大いに役割があった筈で、その為に態々各地から集まってもらったのだが、その役割が消滅して緊急時の用心棒の様なポジションに早変わり。加えて本来友好的な関係を築く筈がとても友好的とは言いがたい関係性となってしまった為、不平不満が出てこない方がおかしいのかもしれない。


「……じゃあ今回は今日集まった全員に高級焼肉を奢るという事で許してあげるわ。それでいいでしょ皆?」


 その問いかけにこの場に居た全員が各々に賛同の声を上げる。


「正気か? ……経費で落ちんぞ」


「だからあなたの奢りって言ってるでしょ?」


「……マジ?」


「マジで」


「あの、別に日本支部の実働部隊のリーダーだからってほぼ慈善事業なんだからな? 普段は毎日上司と取引先に頭を下げ続ける安月給の営業マンだからな私?」


「それが?」


「……奢らせていただきます」


 あまりに鋭い眼光及び鋭い声で言われたので思わずそう言ってしまう。


「……まあ本来この程度で流されちゃう人なのを考えると、確かに今回あなたは頑張ったと思うわ。お疲れさま、倉橋さん」


「え? なにこの飴と鞭」


 そんなやり取りの後、一拍明けてから軽く咳払いして倉橋は彼らに言う。


「まあ焼肉は今度日時を決めて執り行おう。とりあえず冬のボーナスまで待ってくれ。今はそんな事よりあの精霊の話だ」


 話の軌道を修正するように倉橋は彼らに言う。


「我々は裏方だ。一応瀬戸栄治に鍵と気配を消す指輪も渡したし、取扱説明書も入れておいた。これである程度は彼らだけでもどうにかできるだろうというか、どうにかしてもらわなければならない訳だが、やはり裏方は大事だよ。先の作戦が盛大に失敗している現状、こんなリーダーに乗っかるのは少々どころか多大に不安かもしれないが、もう少しだけ私に付き合ってくれるか?」


「当然よ。結局皆やりたい事が同じで、同じだから皆此処に集まっている。秋月さんと篠原ちゃんも同じ。だからどうしようもなくなるまでは付き合ってあげるわ」


「それは助かる……じゃあ皆、早速動こうか」


 倉橋がそう言うと、座って居た者は立ち上がり、全員が倉橋の言葉を待つ。

 そして一拍空けてから嘘偽りのない言葉を叫ぶ。


「我々の手であの救われるべき精霊を救うぞ!」


 その言葉に、全員が己を鼓舞するように声を上げた。

 此処から先、もう表に出る事はない。出てはいけない。

 その先に称賛の言葉は何もない、ただの裏方の物語。

 それでも精霊を虐げる物による、一人の精霊を救うための戦いが始まる。







「ところで倉橋さん」


「なんだ?」


 その裏方的な作業をする為に共に行動を始めた倉橋と蒼井だったが、蒼井は率直な疑問を倉橋にぶつける。


「あの宮村茜って女の子、何重にも隠蔽した術式の存在を認知したのよね?」


「ああ、それで全てが狂ったよ」


「そんな子にあなたは魔術で枷を嵌めたわけだけれど、果たしてそれは通用するのかしら」


「するだろうさ、流石にな」


 倉橋はそう断言する。


「同じ魔術だ。彼女ほどの天才ならば今日されたように術式を認知することは可能かもしれない。だけどそれを正しく理解し破壊する様な真似は流石にできないだろう。同じ魔術でも似て非なる物だ」


 倉橋は一拍明けてから言う。


「彼らの魔術は人間本来の力である呪術やエクソシズムなどに精霊術のメゾットを加えたものだ。そして我々の魔術は基本的にそうした根源たる力をアレンジしつつもそのままに伸ばした物。そこまで違えば解読できまい。やろうとしている事はゲームソフトを他社のハードで使おうとする様な物だ」


「……そこまで言うなら信頼するけれど」


 蒼井は言いにくそうに倉橋に言う。


「もし万が一の事があったら、あなた、大変な事になるわよ」


「一体何万人に焼肉を奢ればいいんだ」


「そういう事を言いたいんじゃないのだけれど」


「分かっているよ」


 そうなれば世界は終わるかもしれない。

 だけどどこかで自分はそうして魔術を破られる未来も期待しているのかもしれない。

 だってそうなれば七十二パーセントの確率で、全てを救う戦いを始められるのだから。


「……まあ今はあの精霊の事だ」


 そんな複雑な思いを胸に秘め、彼らは動き続ける。

 今は一人の精霊を救うために。

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