ex 支える者

「……俺が最初か」


 見覚えのある部屋の中で目を覚ました土御門誠一は、自分の周囲で意識を失ったままの茜と栄治を見てそう呟いた。

 目覚めた場所は栄治の家のリビング。壁に掛けられた時計の時刻を見るに、男の言葉の通り二、三十分程度の時間で目を覚ます様な攻撃だったようだ。

 という事は二人も自分と同じく時期に目を覚ましてくれるだろう。とりあえずその事に安堵する。

 そして安堵して落ち着いて、そして意識があるのが自分だけという状況であるが故に、土御門誠一は自然と思考の海へと落ちていく。

 それは今後の事であり、そしてこれまでの事。

 自分に何ができるか。自分に何ができたかという話。


「ほんと、ただ突っ立ってるだけじゃねえかよこれじゃ」


 自虐する様に誠一はそう言って額に手を添える。

 考えれば考える程、本当に嫌になってくる。

 これまでも自分の周囲の人間が何かに巻き込まれたり、巻き起こしたりする事は多々あった。

 その中でいつだって自分は必死に頭を動かして、最善だと思う行動を取って少しでも良い方向に事が転がるように全力を尽くしてきた筈だ。

 だが動いた結果、まともな方向に事が転がった事はきっと数える程にしかない。

 かつて宮村茜と知り合った直後。茜のやっている事を知り助けたいと思い、そしてなにより自分自身もその意思に同調して共に戦った中学二年の夏。

 もしかするとまともに立ち回れたのはその時位かもしれない。

 騙し騙しやっていた戦いも限界が来て、現実を直視して。それでも自殺紛いに動く茜を止めようとしたが、それも止められなくて。結果的に茜は長い間昏睡状態に陥る程の怪我を負ったし、その際に誠一が精霊を殺したことに関する責任と罪悪感を抱かせる結果となった。

 その後も色々あった末に親友と呼べるようになった栄治が異世界に飛ばされるのを食い止める事ができなかったし、そして戻ってきてくれた栄治の手から色々な物が零れ落ちてしまうのを何一つ食い止める事ができなかった。

 天野宗也を止める戦いも少し抵抗はしてみせたもののその程度だ。自分のやった事は精々茜の運転手。

 トドメに先のイルミナティとの対話も結果的に考えれば殆どリアクションを取っていただけで、栄治が異世界へと渡る以外の選択肢を提示できない。それどころか茜を攻撃された事であの男にせめて一発叩き込みたかった攻撃も掠りもせず簡単に沈められた。

 まさしく土御門誠一という人間はそこにいるだけで状況を何も変えられない。

 だとすればこれから先。エルの奪還作戦。果たして自分にできる事なんてあるのだろうか?

 その自己問答に対し、いくつかのプランを構築する。

 いつも通り。いつも通りできる限り頭を使って。

 それでいくつか策は浮かんだ。確実性は無いものの有効ではあるであろう、フォローするという立場には十分すぎる作戦だ。

 だけどそれが良い方に転がる気がしない。

 いや、どういう方向にも転がらないと言うべきか。

 また何もできないまま、状況だけが勝手に動いていく様な未来しか見えてこない。

 果たして自分がこの場にいる意味は本当にあるのだろうか?

 そんな風に感傷に浸っていた時だ。


「……ッ」


 気絶していた茜が小さな声を漏らして目を開いた。


「よかった、目ぇ覚ましたか」


 とりあえずちゃんと目覚めてくれた事に安堵する誠一に茜は問う。


「……一体何があったの? ……なんであんな事が……今、一体何がどうなっているの?」


 茜は最初にやられてしまった。

 それ故に男のあの攻撃の理由については何も知らない。

 だから何も知らない茜に誠一は答える。


「……俺達は口封じに魔術を掛けられたんだ。……今も口にしようとしてもうまく行かねえが、アイツらの事を喋れないようにされたらしい。俺もお前も栄治もな」


「……ほんとだ」


 茜も何かを話そうとして気付いたらしい。

 そこに苦痛があるわけでは無い。だがイルミナティに関する情報を口にしようとするとその言葉が出てこなくなってしまう。一応話の流れで解呪を試みたが、始めた瞬間に自分ではどうにもならない事が分かる程、理解に苦しむ術式だった。まるで別物の何かを調べているようだ。


「……これを壊すのは難しそうだね」


 茜が頭に右手を当てながらそう言う。茜でそう言うのならばやはり自分にはどうにもできないだろう。

 ……そうだ、どうにもできない。

 色々と自身を無くしていた所に更に追い打ちをかけられた気分だった。

 そして何かを感づかれたのかもしれない。

 茜が誠一に問う。


「大丈夫?」


「……何に対してだよ」


「なんか今も少しいつもと感じ違うし……それに誠一君があんな事言うなんて珍しかったから」


 あんな事。果たして自分は茜の前で何を言ったのだろうか。

 少し思い返してみると、普段人前では口にしない様な事を確かに言っていた。


『……わりぃな、ロクな事できねえで』


『なんだって俺はいつも何も守れないんだろうな』


 そんな弱音を吐いた。

 本当に何一つ状況を変えられなくて、思わずそんな弱音が出た。

 積もり積もった自分に対する弱音が出てきてしまった。


「大丈夫だ」


 強がりだ。だけど強がれる。無事しっかりと強がれた。

 一度決壊した堤防も応急処置体度の修復位はすぐにできる。

 常に自分の無能っぷりが胸を圧迫してくるけれど、それを心から口にしてしまったのはあの一瞬だけだ。

 いつも通り、ちゃんと自分の胸の中にしまっておける。


「……そっか」


 茜はそこに深く追求せず、立ち上がりながらそういう風に言葉を返してきた。

 だけどそう言った上で、結局全てを見抜いた様に一拍空けた後茜は誠一に言う。


「誠一君はちゃんと色々守れてるよ」


 誠一が返した強がりを無視するように。

 イルミナティの研究施設で言いかけた言葉を再開するように。


「私が今日もこうして生きてるのは誠一君のおかげ。そして瀬戸君もでしょ?」


 茜は少し前の事を思い返すように言う。


「八月。瀬戸君が異世界に飛ばされた日。誠一君は大怪我を負って帰ってきたよね」


 言われて思い返す。瀬戸栄治が異世界へと渡った日の事。


「あれ、その時の事を他の人から聞いたんだけど、瀬戸君を庇って負った怪我なんでしょ?」


 あの時。迫ってくる精霊に対して咄嗟に栄治を守るために付き飛ばしたが、当の自分の回避は間に合わなかった。

 一応自分達魔術師には回復術の様な力はなくても、肉体強化の影響でそもそもの自然治癒の能力が常人よりも高い。だけどそれでも大怪我と呼べるだけの怪我は負った。


「誠一君が瀬戸君を庇わなかったら、あそこで瀬戸君は死んでいた。そしてこれは結果論だけどね……瀬戸君が死んでたらエルちゃんはもうエルちゃんじゃ無くなってる」


 異世界へと飛ばされた栄治が必死に動いた結果、エルという精霊は異世界の人間に捕まる事無く生きながらえて、この世界へと辿り着いた。

 それは瀬戸栄治という人間が失われていれば起きなかった事だ。


「……でもそれだけだろ?」


 そういう話になってしまったせいで、応急処置を施した堤防に罅が入った。

 思わずそんな事を言ってしまった。

 自分にできた事はたったそれだけで。それだけで十分なのかもしれないけれど、それがどうしても嫌なんだっていう言葉。


「違うよ」


 茜は誠一の言葉を否定する。

 それは根も葉もない言葉の様に思えて、思わず茜に大して言ってしまう。


「違う? ……違わねえよ! 本当にできたのはそんだけだろ! 天野さん相手に何もできなかった! さっきだって俺は何もできなかった! そして……今から俺に何ができる! 俺には大した事なんてできない! 策は考えたけど正直愚作だ! なんとか絞り出しただけなんだよ! だから俺には――」


「今、瀬戸君の味方でいてあげられる」


 茜は誠一の弱音を遮るようにそう言った。


「こんな時にそんな弱音を言える位必死になって助けようとしてくれる人ってさ、中々いないんだよ? だけど誠一君は今こうして必死に悩んで、それでも瀬戸君の味方でいようとしている。瀬戸君やエルちゃんを助けようとしている」


「……だけど結果が伴わないだろ」


「そうだね。中々うまくいかないね……だけどね、誠一君。それでもまだ誠一君はなんとかしようとしているんだ。してくれているんだ。それがどれだけ大事な事か、誠一君は多分分かってないよ」


 そう言って茜は優しい笑みを浮かべる。浮かべてくれる。


「そんな事でいいのかよ……結果が伴わねえと、なんの意味もねえだろうが」


「もちろん結果は残さないといけないって思うよ。だけどなんの意味もないわけじゃない。それだけでなにも変わってないようで全然違うんだ。自分の為に何かしてくれる人がいるってだけで、全然違う。少なくとも私はそうだと思うよ」


 だからね、と茜は言う。


「そんなに背負い込まなくていいんだよ。もうちゃんと誠一君は瀬戸君やエルちゃんの力になれてる」


「……なれてるのか?」


「うん、なれてる。私が言うんだから間違いないよ」


「……そうか」


 私が言うんだからってお前は一体どういうポジションなんだよ。

 そんな事を内心笑みを浮かべながら考えるが、確かに茜がそう言うなら間違いない気がした。言ってることは無茶苦茶な気がして、そんなわけねえだろって気持ちも会って。納得できない事も確かにあったけれど、それでもなんの根拠もないけど多分間違いないだろうと、そう思った。

 そして、もし本当にそういう力になれているのなら。

 そういう力になれる様な立ち位置に今も自分が立てているのなら。


「だったら、こんなくだらねえ事で悩んでる場合じゃねえか」


 そう言ってまだ気を失っている栄治に視線を落とす。


「精神的に少しでも助けになれていたとしても、結局うまくやらなきゃ全部終わる。もしそういう風にコイツらの助けになれいるんだとしても、そこで立ち止ったらだめだ。助けになれているからこそ、その先に進まねえといけねえ」


「そうだね。私達でエルちゃんと瀬戸君を助けてあげよう」


 だからもう、立ち止っていられない。

 自分がちゃんと頼られているのなら、それに答えなければならない。

 自身がない。できる気がしない。そんな事は知るか。

 それを知った上で。自分が何も出来ない無能だと知った上で。それでも挑め。

 挑む為の意思をへし折るな。


「……悪いな、一人で考えてたら多分あんまり良い事なかった」


 多分何もなくても考えた策を実行に移して栄治とエルを救おうと動いたはずだ。

 だけど気の持ちようが違う。違うのはそれだけだけれど、それが違うだけで何もかもが変わった気がする。


「どういたしましてだよ」


 茜はそう言って笑うと、一拍空けてから目の前に拳を突きだしてきた。


「頑張ろう」


「ああ」


 そして二人は互いの拳をぶつける。

 ぶつけた上で決意する。

 自分が正式に魔術師となった中学二年の夏。その最初期を除けば土御門誠一という人間は敗北続きだ。

 肝心な時にいつも役に立たたない自分に強いコンプレックスを抱いていた程だ。いつだって自分はなんの役にも立ててこなかった。

 多分そのコンプレックスは克服できないだろう。

 自分の兄貴は今回こそ失敗しているものの自分よりも遥かに有能で。使える魔術も出力も。作戦立案から物事の考察まで。何から何まで現状の自分は兄貴の下位互換だ。

 栄治が最悪戦わなければならない相手やエルを剣にした栄治。そして宮村茜との力の差は大きくて、戦闘能力のインフレにはまるでついていけていない。それを埋める片鱗すら見えてこない。

 それでも今この一度の戦いだけは。誰よりもうまく立ち回れ。

 自分よりも有能な人間達の戦いをほんの一瞬でもいい。上回ってみせろ。

 この一勝だけは勝ち取ってみせろ。

 そして決意と共に改めてシュミレートする。

 この先に起こりうる事を。その中で自分がどう動くかを。

 そして導き出す。

 瀬戸栄治という今回の主役に勝たせる為の策を。







「そうだ誠一君」


 それから少しして、栄治が目を覚ますのを待っている間に、茜が考えを纏めたように誠一に声を掛ける。


「どうした?」


「少しこれから先の事を考えてたんだ。そしたらやっぱりこう思ったんだ。このままじゃ終われないって」


「? ちょっとまて、作戦変更でもすんのか? 一応アイツらがサポートに回るって話だから、あんまり下手に変えると連携とかが取れなくなるんじゃね?」


「違う。私が言いたいのはその先の話」


「その先?」


 話が読めない誠一に茜は自身の考えを明かしだす。

 それは少し現実味がない理想論だった。誠一自身も内に秘めていた理想の話。

 そしてそれを聞き終えた誠一は微かに笑みを浮かべる。


「いいじゃねえか。まあかなり理想論ではあるが俺にとっては最高の案だよ」


 誠一がそう褒めると茜は若干ドヤ顔で無い胸を張る。

 そんな茜が語った理想論。

 宮村茜の。土御門誠一の。そしてきっと瀬戸栄治にとってもの理想。

 それはエルを奪還する作戦だけでも自身を喪失していた誠一にとってはあまりに大きすぎる者で、手に余る所か全身を押しつぶされる程の大きな物だ。

 それでも彼らにとっては希望でしかなかった。

 彼らに選択する権利など無いのかもしれない。

 それでも自分勝手に選択する事はその意思さえあれば誰にだってできる事だ。

 だからそれにも向けて彼らは進みはじめる。

 瀬戸栄治とエルを本当の意味で救うために。

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