50 答えを知ったという事
「なら安心だ。そういう事ならこちらもこちらでそういう風に事を進めさせてもらうとしよう」
「それで、俺達は一体いつどのタイミングで動けばいい」
「いつでもいいさ。好きなタイミングで動け。ただ極力早いに越したことは無いだろう。天野宗谷が対策局内にいない今の内――」
そういう風に男が助言をしていた真っ最中だった。
「……ッ!?」
予備動作も何もなく、あまりにも唐突に男が動いた。
そしてこの時、接触した直後と比較して目の前の男に対する警戒というのはどこかで薄れていたのだろう。
俺も。そして誠一や宮村も。
動いた先に居たのは宮村だ。直後男に反射的に動いた様に宮村も動いたが、多分男の動きは不意討ちとして完璧な物だったのだろう。
宮村が男に対応する前に男の手が宮村の頭部を掴んだ。
本当に、一瞬の出来事だった。
「うぐ……ッ」
そんな声を漏らして、宮村がその場に崩れ落ちた。
「あ、茜!」
誠一が一体何が起きたか理解できないという風にそう声を上げる。
それは俺も同じで、突然の事に何が起きたのか分からなかった。
だが俺が何か声を上げる前に誠一が叫びを上げる
「何しやがんだてめぇ!」
誠一がそう叫んで男の頭部目がけて放った鋭い回し蹴りを、男は足元の宮村から離れる様にバックステップで躱す。
「大丈夫か茜! おい! 茜!」
「気絶しているだけだ。三十分もしない内に目を覚ます」
屈み込み宮村の体を揺すって呼びかける誠一に対して男は構えを取ったままそう言った。
「……茜に一体何をした」
誠一は普段発しない様なドスの聞いた声で男にそう問うが、対する男は今までとまるで調子を変えずに言葉を返す。
「なに、単純な口封じだよ」
「口封じだと?」
「そう、口封じだ。まさかキミ達は我々の機密事項を掴んだままなんの対策もなく表の世界に帰られるとでも思っていたのかね?」
考えてみればその通りだ。
今までコイツらは自分達の存在を含めた情報の一切を隠し、そしてエルを助ける作戦に至っても裏方に徹すると言った。
そういう奴らの情報を持った人間を野放しにすれば、その全てが台無しになってしまう。
だからその口を塞ぐ必要がある。
「これで彼女は我々に関する事を他人に伝える事が出来なくなった。人間の脳を対象とする魔術故に彼女は軽い脳震盪の様な状態に陥っているわけだ……とまあ理屈は理解はしてくれるだろうが」
男は呪符を握って殴りかかる誠一の拳を交わしながら言う。
「私の行動に納得はしないだろう。普段一緒にいるような女の子に手を上げられたんだ」
そう言いながら男は誠一の懐に潜り込み、リバーブローによるカウンターを放つ。
そして宮村にそうしたように誠一の頭部を掴んだ男は、後方で爆裂した、誠一が手を離した呪符による爆発を結界で防ぎながら言う。
「人間としてはそれが正解だよ」
そして宮村がそうだったように誠一はその場に崩れ落ちた。
「……やはり宮村茜を不意討ちで落としておいて良かった。彼女とまともにぶつかればこうも簡単に事は進まなかった」
そして男は申し訳なさそうに倒れた二人を見た後、俺に視線を向けて問いかけてくる。
「それでキミはかかって来ないのか? 元より反撃される可能性を考慮した上の不意討ちだ。もっとも大人しくしていてくれれば助かるが」
……確かに誠一と宮村がやられた。それだけで俺が目の前の男に殴りかかるには十分すぎる理由ではある。それがどう楽観的に見積もっても勝てるわけがない相手であっても変わらない。
だけど俺は動かなかった。
「下手に抵抗してお前らの協力を得られなくなったら困るからな。大人しくするさ」
エルを奪還する。そこまでなら実質的に俺達だけが動く作戦だ。それだけなら良いが、逃亡に関してはコイツらの協力を得られなければ多分無理だ。だからコイツらにはもう下手な抵抗はしない方がいいという結論にはもう至っている。
何よりも最優先すべきはエルの事だ。
「大人しくか。別にキミが少し動いた程度では何も変わらんよ。殴りかかられた程度で激昂して全てを水に流してしまうのならば、もう土御門君が動いた時点でそうしている。いや、その程度で方針を変えるようならそもそもキミ達の前に多大なリスクを背負って現れたりしないだろう」
確かにその通りかもしれない。
目の前の男達イルミナティも此処に至るまでに相当なリスクを背負っている。冷静に考えればそんな程度事でそれを不意にしたりはしないだろう。
「それに、我々は君達に協力したくて此所にいる。最初に言っただろう? 力を貸させてくれと。だからキミ達が我々の事をどう思ってどう動こうと、こちらは好きで勝手に味方でいるつもりだよ。必死になって組織を動かそうとして、結果動いてくれる程度には皆意思は強い。そう簡単には折れないだろう」
そんな事を苦笑交じりに言った後、男は落ち着いた口調で一拍明けてから言う。
「……すまなかったな」
「どうしたんだよ急に」
男の突然の謝罪に思わずそう問うと、男は本当に申し訳なさそうに俺に言う。
「キミには殴られたって文句は言えない。いや、殺されたって文句を言えない程に酷い仕打ちをしているんだ。今までも……これからも。我々はキミという希望に碌でもない選択肢しか与えられない」
「……」
「本当にすまない」
そう言って男は俺の元まで歩み寄り、その手で俺の頭部を掴む。
誠一達にそうした様に、俺にも魔術を掛けるのだろう。
抵抗はしなかった。
それは多分勝てないだとか悪い印象を与えない為だとか、そういう事では無いだろう。
もしかするとそれは目の前の男に対する見方がどこかで変わっていたのかもしれない。
例え怒りがこみあげてきて、そこに殺意が混じっていたとしても。それでも目の前の男を不可抗力で精霊を傷付けなくてはならない対策局の人間と同じように認識しているのかもしれない。
その辺りの感情の有り方は自分でも良く分からなくて、それ故に抵抗もなくただ受け入れて。
俺は目を覚ました先の事を頭に巡らせた
そして俺に男は最後の言葉を向ける。
「それでももう一つだけキミに理不尽な願いを押し付けられるなら……お願いだ、あの精霊を救ってやってくれ。それができるのは……人の身にして精霊の守り人になれるのは、この世界でただ一人、キミだけなのだから」
その言葉を聞いた瞬間、視界が暗転した。魔術が発動したのだろう。
そしてそんな中で。微かに残っていた意識の中で、最後に一つ声を拾った。
「頑張れ」
それが男の言葉なのかどうかも分からないまま、俺の意識は僅かな時間飛ぶ事になる。
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