6 異形の力 異界の力
「勝つぞ……勝つんだ」
自らを鼓舞するようにそう口にしながら、シオンは早急に策を構築していく。
だが浮かぶのは愚策ばかりだ。
実際問題出力の差がありすぎる。何をやるにしてもその差が多くの策を頓挫させていく。
そしてそれすらもシオンが実際に見た二年前の彼女の技量を元に導き出した答えだ。それですら頓挫するのだからこの二年で遥かに高い技能を会得しているであろう相手に一体どんな策が通用する。
そんなもの……本当にあるのだろうか?
(……焦るな、落着け)
今この状況で焦れば本当に全てが終わる。
冷静に考えろ。今何ができるのかを考えろ。
愚策以外に何かあるのか……その判断を適格に判断しろ。
今は僅かにテレポートで時間を稼いだだけだ。これ以上無い物を探し続ける事に時間を割いてしまうのはそれこそ愚策。
そうシオンは判断する。戦力差を考えて、高い成功率を誇る様な完璧な策など存在しない。
だったら……覚悟を決めろ。
愚策を貫き勝利を掴みとる覚悟を決めろ。
その決意と共に拳を握りしめ、記憶を辿りに路地の中を走りだす。
分身と入れ替わった地点と、ある程度は読み込んであったこの街の地図を照らし合わせる限り、シオンの策を行うのに最適なポイントがこの先にある。
そこを目指す。
そこがシオンにとっての決戦の地。
そして路地を走り抜け開けた広場に辿り着いたシオンはその中心で地面に手を置き、神経研ぎ澄まして集中させ愚策の要を組み立てる。
シオンを中心に地面に何かが刻まれていき、そこから漏れ出す光を隠蔽するように消していく。
そうして作り上げている物が一体何であるかという事を正確に答えられる者はこの世界にはシオンを含め居ないだろう。
(焦るな……だけど急げ)
少しでも手先が狂えばその時点で頓挫する。この力は……ルミアに唯一対抗できるこの力は精密機械の様にデリケートなのだ。
だけど対抗できる。そう、対抗できるのだ。
では何故愚策なのか。それはこの力を運用するシオンならすぐに分かる。
「みーつけたッ!」
「……ッ!」
上空から降ってきたルミアを見て改めて思う。
時間が掛かりすぎる。今完成前にルミアに捕捉されたように、本来トラップとして運用すべきはずのこの力を一対一の戦いで組み上げ運用するには時間が掛かりすぎる。故に愚策。
超能力の様に使える精霊術とは違うのだ。
だからこの愚策で勝利を得ようとするならば、それは相当の覚悟を決めなければならない。
この場でルミアを押し留めつつ、同時にこの力を組み立てる。まともな勝負にならない相手にそれをしなければならない。
それは文字通り絶望的だと言ってもいいだろう。実際問題不可能に近い。今のシオンでは、全身全霊の力を込めてただの一撃を回避するだけで精一杯だ。
(……上等だ)
だけどその目にはまだ光は灯っている。やるべき事を胸に刻み、戦い抜く気力も確かに残っている。
だったらもう十分だ。
今まで自分が感じてきた絶望と比べればどうという事は無い。
「逃げられたから逃げ回るかと思ったら、何かやる気かな?」
その言葉を聞きながらも地面に手を付け続け、ルミアに視線を向けて隠す気もなく答える。
「そうだよ」
言いながら精霊術を発動。時分がこうしていることには意味があるんだと思わせる様に。お前を倒す為に行動しているんだとルミアに伝える為に。自らを中心に意味ありげなエフェクトをかける。
ただそう見えるだけ。騙すわけでもなく何かしらの効力があるわけでもない。真実をありのままに伝える。
「僕はこの場でキミを倒すぞ」
「そっかそっか。じゃあやってみてよシオン君」
次の瞬間、目の前にルミアが居た。
先と同じく対策は講じていた。だけど別の所に半分意識を割いている今では放たれる攻撃をを躱す事は出来ない。
「グァ……ッ!」
腹部に蹴りを叩き込まれて体が宙に浮いた。
そのまま地面をワンバウンドしたの後に何かにぶつかりその場で止まり、地面に力無く転がる。
(……結界か)
壁となった透明の何かは恐らくは結界なのだろう。
それはまるでこちらを此処から逃がさない様に作用している様だった。
「うん、此処で倒すんだったね。だったらそのまま何処かに行かないでよ。この場で私を倒して見せてよ」
ニコニコと笑いながら、彼女は一歩一歩と近づいて来る。
今のではっきりした。もうこの段階になればあの対策は必要ない。何をしても別の事に意識を割いている以上回避しようがない。
だから肉体強化も攻撃を躱す事を諦め力を振り分ける。
攻撃力も動体視力もいらない。すべて攻撃を耐えるための防御力へと注ぎ込む。
そして愚直にその手を地に付け、中断した作業を再開させる。
再会させながら……心中でようやく安堵できた。
もう既に愚策は立派な策へと昇華した。
全部全部、奇跡的にうまくいっている。
この策の成否は一重にルミアの行動に掛かっている。
ルミアがいきなりこちらを殺しに来るようならば、もうその時点でシオンにはどうする事も出来ない。正真正銘の詰みだ。
この策を成功させるには、ルミアに遊んでもらわなければならない。
こちらを殺さず甚振る様に。こちらを精神的にへし折る位にまで潰してから殺す様な、そういう慢心して舐めてかかってくる様な状況でなければならない。
そうであれば……半殺し程度で待ってくれる。
今の一撃で。この結界で。まだルミアにはこちらで遊ぶ意思がある事が理解できた。
「ねーねー、一体どうやって私を倒するの? 教えてよシオン君」
こちらが目に見えて何かをやろうと必死になっていた。
それでも潰されなかった。
つまりきっとルミアは、そこまでして秘策を講じてきたこちらを完全に叩き潰してへし折りたいのだろう。その姿を見て愉悦にでも浸りたいのだろう。そうして楽しみたいんだろう。
(だったら……勝てる)
こちらが半殺し一歩手前で踏みとどまり続けるならば。こちらの策が通れば。
目の前の外道に勝てる。
「ねえってばッ!」
そのまま回し蹴りを叩き込まれ地面を転がり、再び地面を転がり半透明の壁にぶつかり止まる。
そして再び続行し、対するルミアはこちらを煽る言葉を投げてつつ精霊術や槍手足を要いて、こちらの出力を考慮した上で死なない限界ラインを調整して攻撃をはなってくる。
気が付けば全身が痣だらけで左瞼が晴れて左目の視力が一時的に低下してしまっている。
透明の結界にもたれかかり、力無く座りこむ形になっているのはもう立っている事すら限界だからだ。
それでも右手で何かをくみ上げる。体は動かなくともまだ希望は潰えてはいない。
「うーん、もしかしてあれかな? 今までの全部ハッタリなのかな? なんか何も起きないんだけど……結局現在進行形で何がしたいのかなシオン君は」
座りこむこちらに霊装の槍を突きつけ、少し飽きてきたという風にルミアはそう言う。
流石にタイムリミットは設定されていたようだ。
だけど……もう大丈夫だ。
「ハッタリなんかじゃないさ。これから僕はキミを倒すぞ」
どれだけの時間暴行を受けていたかは分からない。
だけど耐え忍んでいた末に、ようやく辿り着いた。
「チェックメイトだ」
次の瞬間だった。
二人が戦っていたこの場所に、巨大な魔法陣が浮かびあがる。
そして次の瞬間、その中心から一瞬で広がる様にドーム状の結界が展開された。
一瞬で効果範囲を広げたソレはシオンとルミアの間で止まり、結果的にルミアが内部に閉じ込められた形になる。
「これは……」
言いながらルミアはその結界を内側から軽く触れ、そしてその後軽くソレをノックする。
するとその勢いをそのまま返されたという風に、ルミアの手が不自然な反応をみせた。
「あまり衝撃を与えない事をお勧めするよ」
シオンはようやく肩の荷が下りたとばかりに表情をやわらげ、ルミアに言う。
「その結界は内側からの衝撃を跳ね返す。そして壊せる様な強度でもないからね」
「壊せる様な強度じゃない……か。まあ確かに凄い強度だって事は軽く触っただけで理解できたよ。でも不思議だな。シオン君のゴミみたいな出力の精霊術どうしてこんな物を?」
そこまで言って何か違和感があったのか、ルミアは質問を変えてくる。
「いや……そもそもこれは本当に精霊術?」
「さぁ……どうだろうね」
その答えはシオンにも分からない。
シオンが今まで行ってきた契約してきた精霊の精霊術を再現する技能。その再現するまでのプロセスを応用して独自の理論をいくつもつぎ込み、かつて一つの精霊術を独自に作り上げた。
自らの命を削って精霊術を使うための力を体内で生成する、その力。
はたしてその力でさえも精霊術と呼んで良い物なのかもわからない。
「だけどまあ、違っていたら違っていたでそれでもいいさ。キミを倒せればそれでいい」
再現した物が精霊術だとすれば、この結界や力を生成する術は精霊術のまがい物と言ってもいい。
精霊術をベースとした全く別の力と言ってもいい。
誰かを守るために。彼が辿り着いた一つの領域。
精霊術と似て非なる異形の力。
異世界にて魔術と呼ばれている力の……その片鱗。
「壊せるものなら壊してみなよ」
この術に精霊の出力は依存しない。
彼が辿り着いたこの力も半数程は内なる力に依存する物だ。だがこれは違うのだ。その半数に入っていない。
体外に術式をくみ上げ、エネルギーを必要量入れることによって発動する。
故にその効力はその術式の完成度に依存する。
そして彼は笑みを浮かべる。
「早くしないと……ソイツはキミの力を全て吸い上げるぞ」
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