5 何ガ為ノ戦イ

 まず確定事項として、単純な火力勝負では話にならない。

 こちらの精霊術の基本出力は最底辺もいいところだ。そこにいくつもの反則染みた裏技を無理矢理重ね掛けしてもAランク……いや、おそらくBランク精霊の平均出力にも満たない。

 対するルミアに弱い精霊を使う必要性はない。最低でもAランク。何度も研究に失敗したうえでまだ手に入れられたとすればSランク精霊の可能性もある。

 その高グレードの精霊を、彼女は霊装として加工している。


 ……そんな物、真正面からぶつかって勝てるわけがない。


 例えばその霊装の槍の出力を、エイジがエルを剣にした時と同等と仮定しよう。

 その出力を持ってすれば戦闘中に麻痺毒を負ったうえで多人数の人間と精霊を相手にできる。ある程度の手練れが警備している筈の加工工場を壊滅にまで追い込める。

 実際に扱っている所は見たことがないが、素人がそれだけやれる程無茶苦茶な力なのだ。

 それを知識も技能もこの世界で指折りの存在と言えるであろう彼女が手にしたら……真正面からではそもそも戦いにならない。

 そして戦いになったとしても、初めから詰み一歩手前。可能であるならばここで争いを止める策を打ち出したい。


 発動させた裏技の代償に吐血しながらもバックステップで後退しつつ、精霊術により対抗手段を練り上げながら周囲に一瞬視線を向ける。

 この街は閑散としているがそれでも一般人が歩いている。今だって突然精霊術を発動させたシオンに対して何事だという様な表情をみせている。


 今の段階では彼らは争っているこちらの事情を何一つ知らない。

 その戦いが仲違いによる喧嘩なのか、どちらかが一方的に仕向けた戦いなのか。それを知り得ないのだ。

 その事を利用できないだろうか?


 行動理念こそ分からないが、ああいう風にこちらを煽って先手を打たせ、行動に正統性を伴わせたのならば、ルミアは自らの社会的地位を脅かさぬよう行動しているのがわかる。

 つまりは行動力のある一般人が……できればこの町の憲兵が争いを止める様に介入してくれれば直接的な戦闘を止められるかもしれない。

 最終的に暴力で解決する展開から、憲兵を介して事情聴取を行い事を沈める展開に持ち込めるかもしれない。

 そうなれば……可能性が十分に見えてくる。


 この状況は最悪だが、改めて考えればそれが突き抜けてうまく好転させられる要素もあるのだ。


 シオンもルミアも、精霊研究の界隈では神童と呼ばれる程の権威だ。常人には到底なし得ない事も可能だということを多くの人間が知っている。

 だからいくらでも事実を覆せる。


 憲兵が事件発生時に現場検証を行う際、その場で起きた事を……ログを精霊術で読み取るといった事が行われる。

 そしてそのログを、シオンやルミアは容易に改竄できる。つまりはうまく立ち回れば起きた一件を揉み消す事も可能だ。

 そして今から何も手を加えなくても、そもそも今残っているログが既に改竄されたものであると思わせる事も可能だ。

 言ってしまえば、端から見たシオンの行動はあまりに突拍子が無さすぎる物だ。狂った人間の行動とも取れるが、相手を貶める為の改竄されたログだという方がまだ現実的。

 そうなればそこから先、彼女の行動に正統性が無くなる。彼女を止める事ができる。


 大前提として、誰かがこの戦いを止めようとしてくれれば。


「……ッ!」


 シオンが外へとテレポートしてしばらくしてから現れた、超高速で接近してくる彼女の様な力が飛び交うこの戦いを誰かが止められれば。


「やっほーシオンくん」


 そんな軽い言葉と共に突然現れたルミアを対処する為に、シオンの張り巡らせた対抗手段が発動した。

 張り巡らせていたのは不可視の実態のないリングだ。

 半径三十メートル以内に何層にも張り巡らせたそれを彼女が通過する度に、その進路を阻むように地面から結界が生えてくる。

 そしてその同時にその速度や動作などの情報を脳に取り込み、反射神経による条件反射の後押しを行う。そして最後にこちらのみ良好な視界を保てる都合のいい煙幕。


 加えて肉体強化の攻撃力に割くリソースのほぼ全てを動体視力と反射神経に割り振った。

 彼女の放つ一撃を躱す為に、それだけの事を行った。

 それだけの事を行って、それでも紙一重。結界を貫いて接近してきたルミアの霊装の槍の振り払いを辛うじて回避する。

 だがもう完全に距離を詰められた。追撃はかわせない。


 だから別の手を打つ。


 初撃をかわした瞬間に周囲から結界の欠片をこちらに向けて吸い寄せた。

言ってしまえばそれはガラス片の雨の様な物だ。それがルミアに降り注ぐ。

 だがそれを背後に結界を張られて防がれる。恐らくは防がれなくともろくなダメージを与えられなかった筈だ。

 だけど、ほんの一ミリでも。ほんの僅かな気休めでもいい。ルミアの意識を避ければそれでいい。


 ルミアの結界に阻まれなかった分の結界の破片。それらを全てその手に集め、束ね形を剣とする。

 それをルミア目掛けて振るった。


「おっと危ない」


 それをいとも簡単に霊装の槍で防がれ弾き返される。


(……よし)


 だけどそれでいい。そうでなくては困る。


「ルミア!」


 滑るように着地しながらルミアに言葉を放つ。


「なにかなーシオン君」


 そしてルミアはその言葉に対し、霊装の槍を構え直しながら言葉を返してくる。

 その事にシオンはほんの僅かに安堵した。


(……完全に遊ばれてる)


 先のシオンの攻撃は意図も簡単に防がれた。

 だけどそもそも防がずとも、回避して振り払うという風にこちらに攻撃を浴びせる事もできた筈だ。

 だがそれを防いだ。

 そして投げ掛けた言葉に反応を示した。

 弾き返したシオンに追撃も加えずにだ。


 つまりは遊ばれている。

 最終的にどうするのかは明確ではないが、現状は慢心して遊んでいるのだ。

 ……だったらそれを利用できる。


「一体キミは何がしたい! 僕をこの状況に貶めて何がしたいんだ!」


 その問いへの解がどうであれ、恐らくは戦いは止まない。

 だったら時間は稼げるだけ稼ぐ。


「貶めてって、人の所為にしないでよー」


「キミの所為だろ……キミの所為だろ!」


「なんの事やら……あ、ちょっと待ってね」


 そんな事を言いながらその手を地につけ何かしらの精霊術を発動させる。

 警戒するが目立って何かが起きた様子はない。

 だけど何がが発動した以上それはない。


「これでよし」


「……何をした?」


「ここでの会話がログとして残らない様にしたの。後で処理するのはめんどうだし」


 ……ということはどうやら解答はしてくれる様だ。

 そうでなければそんな細工を施す必要はないだろう。


「さてさて、どんな気分かなーシオン君。絶体絶命だねー。殺されても文句言えないもんねー」


「……一体何が目的でこんなことをやったんだ。そんなに僕が目障りだったか?」


「うーん、まあそうだねー、それもあるかな。いっつも私の上に行っちゃうし、そして私が越える前に競争からいなくなるしーライバル心持ってた私の心はズタズタなんだよー」


「……まさか憂さ晴らしか」


「だからそれもあるってだけだよ。私はほんの少し位しか過去は振り返らない女だもん」


「……だったら一体何だ」


 それがほんの僅かだとすれば、この状況は一体何で構築されている。

 そしてその問いに、彼女は酷い答えを口にする。


「キミの苦しむ顔が見たかった。憂さ晴らし云々じゃなくてね、純粋に好奇心で」


「……ッ」


 なんだその無茶苦茶な理由はと、一瞬思った。

 だけど目の前のルミアという女は……そういう女だ。


「前に会った時はあの精神的に参ってる感が凄くてね、それでも結構満足だったわけですよ。だけど最近のシオン君の近況を耳にした感じ、これは色々面白い反応が見られるかなーって思って。うん、中々面白かったよ。結構温厚なシオン君があんな風にブチ切れるとは……相当揺さぶれたかな、うん。今からも面白いといいな」


 ニコニコと笑みを浮かべながらルミアがそんな事を言うのを聞いて、冗談じゃないとシオンは思う。

 今自分はそんな酷い理由でこんな状況に立たされているのかと、そう考えると腹が立って仕方ない。

 近況を聞いてやってきた。それはやっと色々と希望が持てるようになったタイミングを見計らってそれを壊しに来たのだ。ふざけるなと、叫びたくなる。

 叫びたくなったところで……ふと一つの疑問が浮かんだ。


 ……本当にそれだけか?


 憂さ晴らしや人をいたぶって楽しむような酷い思考回路による行動。それももちろんあるのだろう。彼女を見ていればそれはひしひしと伝わってくる。

 だけどその事を考えていると、他に何か意図があるのではないかと。

 態々今の自分を潰しに来たことに、何か意味があるんじゃないかと、そう思った。

 だけどその答えを出すのを遮るようにルミアはシオンに霊装の槍を向けて言う。


「という訳で、そろそろ再会と行こうよシオン君。今なら邪魔も入らないし、のびのび遊べるよ」


「邪魔が……入らない?」


 確かに本気の戦いが始まれば邪魔。もとい救いの手が伸びる可能性は下がるだろう。

 だけどどうやら、もうそういう次元の話では無いらしい。


「そ、入らないよ。もうそういう風に話を付けてきたから」


「話を……付けた?」


「まあ早い話通報だよ。今の精神的におかしなことになってるシオン君なら他の人に何するか分からないし、生半可な力じゃ止められないから私が何とかしますって。だから一般人が巻き込まれないように避難誘導よろしくって。そういう風に憲兵には連絡したよ。いやぁ、案外信用されてるねぇ、それで話が通っちゃうんだから。日頃のおこないは良くしておくに限るね」


 ……その無茶苦茶な話が本当に通ったのなら、もう第三者がこの戦いを止めてくれるという事はほぼ期待できない。

 そしてルミアはつまり、と言葉を続ける。


「今のシオン君の選択肢というより終着点は二つかな。普通に逮捕された後にシオン君に色々と覆されちゃっう可能性もあるわけだし、それはちょっと困るから、まあ遊ぶだけ遊んだら死んでもらおうかなーって思ってるから、まず一つはこの世からさようならって事で」


 冗談めいた口調で放たれるその言葉からは、まるで嘘は感じられない。

 この僅かな間彼女と接してきた今なら分かる。それは嘘じゃない。

 間違いなく彼女はこちらを殺す。遊びつくした後に殺しにかかる。

 そしてそんなルミアはもう一つの終着点をシオンに告げる。


「あと一つはね……私に勝てたらシオン君なら色々とうまくやれるんじゃないかな」


 その通りだ。彼女さえなんとかすれば後はどうにでもなる。逆を言えばそうしなければどうにもならない。

 つまりは彼女に勝たなければ明日はない。勝てばすべてうまく行く。


 即ちこの戦いは……勝った者が正義だ。


 現実的に考えてそれはとても難しく、まだ生き残れる余地があるのか、それとも詰み一歩手前なのかもわからない。

 分からなくとも、都合のいいおもちゃで遊ぶようにルミアが動きだし戦闘が再開される。


 果たして動きだしたルミアがどんな攻撃を仕掛けてくるかは分からない。だがその何かがなんであれ致命傷を容易に受ける可能性が多いに残る。

 まずは……策を練るための時間がいる。


 その為にシオンは精霊術を発動させる。

 正確には既に稼働していたその精霊術の効果を使用する。


 そして唐突に視界に映る景色が移り変わった。


 作りだした分身と入れ替わる精霊術。

 先の触れれば結界が発生する不可視のリングに、一つ結界ではなく違う術を仕込んでおいた。

 それがこれだ。ルミアに気付かれない様に隠密にそれは生成され、今の今まで全力疾走であの場から離れる様に走らせておいた。そして今、それと入れ替わった。

 今頃あの場で切られているのは分身だ。これで少しは時間を稼げた。


 そしてシオンは周囲を見渡し近くの路地へと入りこむ。

 そして壁に寄りかかり必死になって考える。


(どうする……どうやって攻略する)


 考えながら、再び吐血した。

 量が多い。それだけ無理がある行動だ。そう、まともに戦う事すら無茶なのだ。

 故に長期戦は不可能。そうなれば自滅する。

 短期決戦であの出力の槍を看破するしかない。


 この戦いは絶対に勝たなくてはならない。


 こんな所で死んでいられないから。こんな理不尽に屈したくないから。

 そして何より……あの精霊の為にも今は何が何でも死んでやる事は出来なかった。


 今、彼女は明確に自我を取り戻している。言葉を話さず相変わらず目は死んでいて、基本的には無表情だ。だけど確かにその自我は戻ってきているのだ。

 そんな彼女を、誰かの所有物であるとこの世界では認識される刻印無しで放置すればどうなるだろうか。

 十中八九碌な事にならない。

 なにしろ本来自我が無い筈のドール化された精霊が自我を持っているのだから。


(通常の活用法が出力的に期待できないとしても、研究材料なんかに――)


 その最悪の未来が頭を過った時、同時に過ったのはルミアの顔だ。


「そうか……そういう事かクソッ!」


 そこでようやく腑に落ちた。

 自分で憂さを晴らして遊ぶためだけに。本当にそれだけなのかという疑問。

 答えは……どう考えても否だ。

 それだけでこれだけの事をするにはリスクが大きすぎる。精霊が相手ならともかく、人間相手にこういう事をやるには理由としては足りない様に思える。彼女の狂った性格を考えるとそれでも足りるのかもしれないが、だがしかしもう頭から離れない。彼女にはもう一つの目的がある。


(ルミアの目的はあの子だ)


 今宿で待たせている金髪の精霊。彼女がルミアの狙いだ。

 例えば研究者の立場として。かつての自分が今のあの子の様にドール化しているのに自我を持つ精霊の存在を知れば、一体どう思うだろうか。

 それはきっと喉から手が出る程欲しいだろう。

 そしてルミアもまた研究者だ。それにルミアにとっては研究材料とおもちゃが同時に手に入る事に等しい。

 それを目的とするならば、この行動にも納得がいく。


 法律上、あの精霊はシオンの所有物だ。

 そしてシオンがそれを手放さない事は彼女も簡単に理解できただろう。無理やり奪えば彼女が犯罪者だ。

 だがこうすれば……こういう事に持ち込めばいくらでもやりようがある。


 シオン・クロウリーという所有者が死んで契約者が居なくなれば……いくらでもやり様がある。


 これが彼女の目的の一つ。そしておそらくが本題。


 つまりこの戦いは……守るための戦いだ。 


「ガホ……ゴホ……ッ!」


 再び吐血し、思わず地面に膝を付いた。

 それでも壁に手を当て立ち上がり、再び拳を握る。

 この手で大切な誰かを守るために。

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