4 霊装の槍

「おもちゃ……ふざけるな! 彼女達はそんな風に扱っていい存在じゃない! 狂ってる……狂ってるぞキミは!」


「まあ私が普通の人からズレてるかどうかは別として、人間のおもちゃというのはあながち間違ってないと思うんだけどな」


 シオンの言葉にまるで臆する事なく、あくまでそのままの調子で表情を崩さない。

 そのままの表情でだって考えてみなよ、とルミアは言う。


「何百年も昔から……いや、もっと前だね。それだけ長い間人間は精霊を一方的に捕えて使い潰してきました。だけどそれでも数が減らないんだ。無くなった分を補充してくれるんだよこの世界が。足りなくなったから数増やすねってね。うん、そうだ。どれだけ酷い事をしても補充されるんだよ。人間相手じゃそうはいかないでしょ?」


 その言葉そのものはきっと間違いじゃない様に思える。

 確かに精霊はどこからか沸いてくる。世界中に存在する精霊の総数を計った事が無いため正確な事は言えないが、確かに人間が使い潰して減った数がまた生まれてくる様にも思える。

 だとすれば、その現象に限って言えば正しいのかもしれない。

 精霊がいくらでも沸いてくる……その現象に限って言えばだ。


「……数がいるから蔑ろにしていいと言いたいのかキミは」


「まあ都合よく補充されるからね。うん、そうだ、都合が良すぎるんだ。本当に人間の役に立つ為っていうみたいに沸いてくるんだもん」

 

 それにね、こんな考え方もあるとルミアは言葉を続ける。


「精霊は女しかいないよね。でもしっかりと人間と同じように生殖機能もちゃんとあるんだ。男がいないから精霊だけだと使いようが無いし、精霊自体がそもそもどこかから自然と現れる存在なのにね。それはつまり……人間に好きに使わせるためにあるみたいなもんじゃん。でなけりゃそれこそ不合理だ。そうじゃなければ生物学的にもおかしいんだよ。そんな存在がいくらでも無限に沸いてくれば、自分達は使い捨ての人間のおもちゃですって言ってる様な物じゃん。うん、そうだ。男限定になるし、そもそもそういう対象として皆見ないけれど、精霊は男の人向けのダッチワイフ説もそこそこありかもしれない。大人のおもちゃだよ」


「……」


 その言葉は全くもって呑み込めない。

 そして呑み込めないし覆せない。

 彼女の思考回路は完全にサイコパスのソレだ。

 精霊がそういう存在だから好き放題してもいいという前提。それがそもそもの所どうしようもなく狂っている。

 そう、どうしようもない。

 目の前のサイコパスの行動を、言葉で収めることは難しい。そんな平和的な解決はできない。

 そう認識した時、自然と腕を動かそうとしていた事に気付いて、慌ててそれを自制した。

 果たして……今自分は何をしようとしていたのだろうか?


「さぁ、反論はあるかな?」


「……反論しかないよ」


 だけどそこから先の言葉は言わなかった。

 多分、これ以上何かを言っても無駄だと思った。

 この世界の歪みを知って、それを歪んだ受け取り方をしている。そんな相手と言葉を交わした所でその答えは覆せないと分かったから。

 それ以上の覆しかたをしてはいけないと悟ったから。

 もう自分にできるのは、このやり取りをうまくやり過ごすだけだ。

 無責任かもしれないけれど、自分にはどうすることもできない。


「その反論を聞きたいんだけどな」


「キミがまともな人間だったらいくらでも言ってやる。張り倒してでも言ってやる。だけどキミは……悪いがまともな話が通じる相手とは思えない」


「知ってるよ、自分の人格の事位。でも今のシオン君ならもっと踏み込んでくると思ったんだけどなー、意外と冷静だね」


「そう思うのならばそれでもいいよ。でもできるならこの話はもう終わりにしたいね。これ以上キミに言いたい事なんてない」


 話が通じる相手なら言いたい事は山ほどあるが、通じない相手とは話し始めたばかりだがもう無理だ。

 こんな相手とは。こんな思想を持っていて、それでいて覆す事も出来なさそうなその相手をこれ以上目の前に置いておきたくない。

 だけど態々自分を探してやってきてまで始まった話はこれで終わってくれない。


「じゃあ手短にしよう。単刀直入に本題の一つに移ろうか。私が君に見てほしい研究の話」


 研究の話。それがもう精霊の為になる様な物ではない事はもう流石に簡単に察する事ができた。

 だけど。そうして理解できていても。衝撃に備えていても。やはりやってきた何かに耐えられるかどうかはまた別の話だ。


「とりあえずこれ見てよ」


 そう言って彼女がポーチから取り出したのは、綺麗に加工された掌サイズの箱だ。


「……なんだいそれは?」


「何だと思う?」


 これが精霊の研究で生まれた物だとすれば、精霊術を抑え込む枷の様な精霊に効力がある何かという可能性が高い。それも今彼女の思想を目の当たりにした今では……精霊をより苦しませるような醜い代物である可能性が高い。

 いずれにせよ明確な答えは出てこない。


「……分からない。教えてくれ」


「おーっとシオンくん。ドロップアウトはまだ早いぞ。せめてヒントを聞いてからにしなよ」


 そう言ってルミアは「じゃあ早速大ヒントー」とノリのいい口調で言ってから、何かを思い返すように言葉を紡いでいく。


「えーっと、シオン君は半月前の加工工場の襲撃事件の事は知ってるんだよね?」


「ああ、知ってる。手配書も見た」


「ほうほう、流石に知ってますな。まあ私がさっきちらっとその事に触れてるから、知らなければその時点で引っかかってるか」


 そう言ってからルミアはシオンに問う。


「で、その襲撃者ってね、中々とんでもない事をやってるんだよね」


 多分彼がやった事は世界中で報道されるほどに飛んでもない事だった。

 だけどルミアが言いたいのはそこではないらしい。

 シオンが見る機会のなかった彼の……いや、白き刻印で繋がる彼女の特異性。


「なんだか精霊を剣にしていたみたいじゃん。いや、その発想はなかったわ。思いつく訳ないじゃんそんなの」


 そう言ってルミアは笑う。

 だけどシオンは笑えない。

 本当に……笑えない。


「まさか……それなのか?」


「ん?何か分かっちゃった?」


 本当に何でもないクイズの様にルミアはそう言う。

 だこらこそ、きっと正しいその答えに押さえて流すと決めた怒りが混み上がってくる。

 そしてそれを吐き出すように、シオンはルミアの問に解を提示する。


「君が手にしているそれが、精霊なのかと言っているんだ!」


 できれば確信めいたその解が検討違いであってくれと願った。

 だけどルミアはにこりと笑みを浮かべる。


「せいかーい。流石にヒント出しすぎたかなー。確かにシオン君の言う通りこれは精霊だよ。いや、精霊だった物って言った方がいいかな」


「……ッ!」


「私はこれを霊装って呼んでる」


 ルミアがそう言うと同時に、淡い光と共に手にしていた箱が槍へと姿を変える。

 その槍には黒い刻印が刻まれていた。


「……」


 かつて精霊だったことを主張するように。


「いやー、まだ試作段階だけどさ、よく一ヶ月でここまでやれたなって自分を誉めてやりたいよ。大変だったんだよー、ドール化した精霊じゃどうやってもうまくいかなくてさー、普通の精霊を使わないといけなかったし毎回毎回手間かかるんだよねー」


 いやいや手を煩わせられましたよと、懐かしい思い出でも思い返すようにルミアはそう言って言葉を続け……ほぼ無意識にシオンの拳が握られ始めた。


「精霊術も使えないのに必死に抵抗するんだもん。泣いて喚くしもう大変。でもまたそれも一興とでも言うのかな。いい声で無くし、そういうアルバム作っちゃおうかなーって思うほど酷い表情を浮かべてたし。あ、そうそう、こっちがそんなこと聞くわけが無いって分かってるだろうに命乞いまでしてくるんだよ? ほんと愉快というか見てて飽きないっていうか。うん、他人の不幸でご飯がおいしい」


 そして、自身が手にする霊装に。もう声なんて届かないその精霊だった物にルミアは笑いかける。


「ねー、残念だったねー、プライドへし折られてまで命乞いしたのに聞いてもらえなくて。あー思い出すだけで笑えてくるよ。聞いてよシオン君、この子さぁ――」


 ああそうだ。それは完全に無意識だ。

 自制しようとしても止まらない。

 もう、止まらない。

 きっと心のそこから、目の前のゴミクズを潰してやりたいと。その思いが全ての理性を一瞬壊した。


 そう、一瞬だ。


 精霊術を使用してまで放ってしまった殺傷能力のある一撃。

 それを霊装で止められた瞬間にようやく我に帰る。


 やってしまったと。血の気が引いていくのが分かった。


「あー怖いなぁシオン君」


ルミアは薄い笑みを浮かべる。


「特におかしい事を言ってた訳じゃ無いのに当然精霊術で殺しにかかってくるなんて……あーこのままじゃ私シオン君に殺されちゃうかもしれない」


 そうだ。ルミアの言っている事はこの世界の常識を当てはめればなんの問題も無いような発言。

 そして自分がやった事は、そんな相手に突然刃物を逆手に持って突き刺そうとしたのに等しい。

 完全にただの一方的な殺人未遂。そして――、


「自分の身は自分で守らないと」


 その報いを受けねばならない。

 瀬戸栄治が住んでいた世界がどうだったのかは分からない。

 だけどこの世界では。常に全員が殺傷能力を持つ武器を持っている。それも一撃で致命傷を与えられるほどの大きな力だ。そういう事をしてくる人間は極端に少ないが、襲われれば応戦しないと殺される。そういう状況に陥れば正当防衛が認められる。

 そしてそこに過剰防衛の線引きは無い。

 多様性のある攻撃で襲ってくる相手にあらゆる手段で対処する事が法的に認められている。

 ……つまりだ。


「始めないとね……正当防衛」


 今ここで、彼女に殺されても法は彼女を味方する。


「……ッ!」


 彼女の言葉を聞いた瞬間、瞬時に精霊術を発動しホテル外部へテレポートする。


「クソ……ッ」


 嵌められた。着地しながらそんな言葉を脳裏に浮かべ……やがて浮かんできたのは一つの疑問だ。


(……嵌められた?)


 ルミアは明らかにこちらを煽っていた。まるでシオンが手を出してくるのを待っていたように。こちらに非が完全に回ってくる様な煽りを並べてシオンを釣った。それは理解できた。

 だが分からない。


(どうしてそんな事をする必要がある。一体何が目的だ)


 今の完全に研究から遠のいている自分を貶めても、既に失脚している様なものだから何も変わらない。

 なら一体何故なのか。どうしてこういう事をして来たのだろうか。

 その答えは出なかったが、それ以上考えている暇はない。


(いや、今はそんな事を考えている場合じゃない!)


「考えろ……どうすればいい……ッ!?」


 もしもルミアが狙ってこの状況を作ったのだとすれば、多分今こうしてあの場を脱出しているのも想定済みなのだろう。これだけで終わる筈がない。ほぼ間違いなくこのまま追ってくる。

 だから必死に思考回路をフル稼働させる。

 今展開されているこのどうしようもなく理不尽な状況を切り抜けるために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る