3 psychopath

「そういえばさ、シオン君って今何してるの?」


 ルミアが宿泊するホテルへ移動している際にそんな事を訪ねられた。


「観光だよ。この街に居るのだってバルジオに祭りを見に行くためだ」


 バルジオという都市で開催される祭りはアルダリアスのソレと負けずとも劣らず大きな物だ。

 この街はバルジオへと向かうルートに重なっており、それで今シオンはこの街に滞在している。


「祭り……ね。本当にどこも平和だねぇ」


「そうだね。本当に平和だよ」


 人間の社会は本当に平和だ。

 精霊とは対照的に。本当に平和な世の中だと思う。


「でもまさか研究の虫だったシオン君がそんな事になるとは」


「まあね。自分でも驚くよ。昔の僕が今の僕を見たら多分自分の未来として認識できないんじゃないかな?」


 あの精霊に普通に接してあげたい。

 その考えの素辿り着いた一つの答え。

 そう思う事も。そういう答えを出す事も。かつての自分には到底不可能な事だ。

 今の姿をきっと理解のできない奇人だとか、落ちぶれただとか、そういう風に認識するのだろう。

 そしてきっと世間一般や隣りを歩くルミア。そして……カイルも同じ様に思うはずだ。

 その認識を変えられたらどれだけいいかと思う。

 それが変えられなくとも、やる事は変わらないが。


「だろうね。皆口を揃えて言うよ。人が変わった。まるで別人の様だってね。端から見れば本当に別人だよ。雰囲気だって昔は明るかったのに今はやや鬱々しいし。まあ半年前と比べれは随分とマシにはなってきているけど」


 ……意識していなかったが、どうやら端から見れば自分の人間性そのものも随分とねじ曲がってしまったらしい。

 それでもマシになったという事は。鬱々しく重苦しい状態から抜け出しかけているという

事は、やはり彼女に随分と救われているのだろう。

 名前も知らない女の子が時折見せる笑みに救われているのだろう。


「まるで世界の見え方が変わってしまった様だって言ってた人もいたっけか。ねえねえ、実際の所どうなの? 今のキミにこの世界はどんな風に映ってる?」


 その意味ありげな問いに対する答えは決まっている。

 だけどその解を彼女はきっと理解しないだろう。理解できないだろう。だから言わない。言えば色々と面倒な事になる。カイルとの関係性が拗れた様に、酷い結果しか見えてこない。


「当ててごらんよ」


 当てられるものなら当ててくれと思った。当ててくれたらどれだけいいかと思った。


「そうだね……うーん……っと、そうこうしている内に到着だよ」


 そんな会話をしているうちに、彼女の宿泊するホテルへ辿り着いた。


「答え合わせは部屋に入ってからにしよう」


「そうだね。当たるわけがないだろうけど」


「言ったな? 私は当てるよ。ルミアちゃんをなめるなー」


 ああそうだ当ててくれ。

 そんな事を考えながら、シオンは彼女の部屋へと招かれる。


 そうだ。当てられない事を前提に考えていたんだ。

 だからこそ、その前提が覆された時の衝撃は計り知れない。

 部屋へと入り、テーブルを挟んでソファーに対面に座り、開口一番に彼女は言ったのだ。


「さて答え合わせ。キミには精霊が虐げられているこの世界が歪に見える」


 核心を付かれた。迷いもなくただ中心を射抜かれたのだ。

 カイルには。最も信頼できた親友には自分が精霊に向けている思考の事を話した。それ以外には誰も話していない。目の前のルミアには話していない。

 考えられる事とすれば、カイルから話を聞いただとかそういう事になるだろう。

 当ててほしいと考えていたのに、そんなわけがないと否定する為の材料をくみ上げていくシオンの考えを、目の前のルミアは粉砕する。


「驚いた? 一応言っておくとカイル君から話を聞いたとかそういう訳じゃないよ。カイル君とは先月会って話をしたけどそれより前。半年前にあった時にはもう、色んな噂を纏めて。キミの様子を見てシオン君の思想を理解してた」


「理解してた……それってどういう……」


 それは即ちシオン・クロウリーが考えている事はそういう訳の分からない事だという事を理解したという事なのだろうか。きっとそうなのだろうと、シオンはそう考える。

 だけど…だけど彼女は言ったのだ。


「キミと同じ風に精霊が見えているって事だよ」


 一瞬、一体彼女は何を言っているのだろうと思った。

 自分と同じ風に精霊が見えているという事は即ち、精霊を虐げていいような存在だと思わないという事になる。

 自分と同類だと。自分の考えを理解してくれる相手だと、そういう事になる。


「シオン君も大変だね。カイル君はまったく理解してなかったし、世界は誰もキミを理解しない。私が知る限りだと精霊を人間と同等に見ているのってシオン君と私に……後は件のテロリスト君かな。直接会った事は無いけど、工場を襲撃って完全にそういう事でしょ。どうかな? キミは彼の行動を称賛する? ……ってシオン君泣いてない?」


「仕方ないだろ……この世界の人間は誰も理解してくれないって思ってたんだ。堪えてるだけ頑張ってるって思ってくれよ」


 彼女が態々自分を探して伝えたかった事。あの場では話せない異質な話。

 研究絡みの話というのも……きっと彼女なりに探した精霊の為の何かなのだろう。


(……あの時言ってくれれば良かったのに)


 半年前に出会った時点でシオンの変貌の事を知って居たのなら、そういう事はその時に告げてくれれば良かったのに。何故今更になってなのだろうか。

 でもまあそんな事はどうでもいいと思った。この結果があればそれでいいと思った。


(……半年?)


 だけど一度は受け入れたその現実を、自然とシオンは拒絶する。

 だってそうだ。それに気付いたのがつい最近だとすればそれは喜ばしい事だ。とてもとても喜ばしい事なのだ。

 だけど……半年だ。

 彼女が精霊という存在をまともに認識するようになってから、少なくとも半年が経過しているのだ。


「まあ好きに泣きなよ。別にそれを笑ったりは――」


「ちょっと待て」


 思わず言葉を遮った。


「どうしたのかな?」


「……どうしたじゃないだろ。おかしいだろこんなの」


 そうだ、こんなのはおかしい。

 絶対におかしい。それこそ頭がおかしいとしか思えない。


「半年間……キミは一体何をやっていた!」


 思わず声を荒立てた。

 彼女がシオンにしたかった研究の話。それを一瞬精霊を救うための何かだと考えた。

 仮にそれがそういう事だとしてもだ。


「キミはなんでまだ、あんな研究をしているんだ!」


 雑誌を開けば彼女が居る。

 この世界の精霊学の発展に今だ貢献し続けている。

 今だに精霊に対して残虐な研究を続けているのだ。


「あんな研究とは酷いなぁ」


「酷いのはどっちだ! キミは僕と同じ世界が見えていると言ったな! それは違うぞルミア! お前には一体精霊がどう見えている!」


「人と同じに見えるよ」


「だったらなんで……ッ」


「だからこそだよ」


 あっけらかんと彼女は言う。


「精霊は人間と同じ。だけど違う事が一つだけあるんだ」


「違う事……?」


「何をしたって誰も怒らない。寧ろ褒めたたえてくれる」


「……ッ」


 彼女が何を言いたいのか。そのふざけた思想がどういう物かは理解できた。


「人間にやったら重罪になるような残虐な事も精霊にはできる。それが社会に貢献される事なら褒められてお金だってもらえる。だったらやるじゃん。やりたい放題好き放題できて社会的地位も何もかもが出に入るんだから」


 そして何年も彼女と接してきて、初めてルミア・マルティネスという人間の人間性について分かった事がある。

 彼女は


「ああそう考えると同等っていうのはおかしいか。同等じゃないなぁ……」


 この女は。


「そうだおもちゃだ。精霊は人間のおもちゃだよシオン君。遊ばない手はないってば」


 理解できない理論で誰かを虐げて楽しむ、ただのサイコパスだ。

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