ex キミが背負ったその罪を

「なんでお前が此処に……」


 困惑するようにそんな事を言いながら、エイジは二、三歩後ずさって、それからその場に崩れ落ちた。

 そんなエイジに近づいて、崩れ落ちた彼と目線が合う様にその場にしゃがみ込んで言葉を紡ぐ。


「なんて顔してるんですか、エイジさん」


 極力いつも通り接しようと表情を作った。

 自分は彼を支えに来たのだ。そこに重さなんて持ち込む必要はない。

 そんな物は、今の自分には必要ない。


「お前こそなんて顔してんだよ……俺は……失敗したんだぞ。皆を殺したんだぞ」


 だからそんな言葉にも。そんな酷く重たい言葉を聞いても。表情に影を落とさぬように言葉を紡ぐ。


「エイジさんは誰も殺してなんかいないじゃないですか」


 紡がれた言葉は嘘など一切混じらない本心だ。例えその引き金になったとしても、決してそれは悪い事ではなく殺しただなんて事では絶対にない。

 だけどそうは思っても。自分が心からそう思っても。目の前のエイジという人間はその事を心から否定するだろう。


「いや……違うだろ。俺が殺したんだ。俺がこんな選択をしたから。こんなリスクのあった選択を選ぶことを正しいと思ったから。思って実行したから! 皆が死んだんだぞ! それはもう俺が殺したって事だろうが!」


 その反応は分かっていた。瀬戸栄治とはそういう人間だ。だけど流石にそこまで強く言われれば思わず臆してしまう。

 だけどそれでも何とか元通り取り繕った。このまま崩れえてしまえば支えるなんて事はできやしない。

 だから再び彼女は優しく声を掛ける。


「……違いますよ。エイジさんは皆を助けようとしたんです。その為に精一杯頑張ったんですよ。その結果こうなっちゃったかもしれないですけど……それを殺しただなんて言わないでください」


 気休めだ。気休めだ。

 こんなものは気休めだ。

 目の前で苦しんでいるエイジを救い上げる言葉にはなり得ない。その言葉には何の力もありはしない。

 そんな事は分かっている……それでも。


「……違うんだよ」


 そんな否定が返ってきても。


「……全部全部俺が悪いんだ。俺のせいでヒルダもアイラもリーシャも……ナタリアも…………皆死んだんだ。そうなる方向に……舵を切ったのは俺なんだから……俺が……ッ」


 結局何一つ重荷を下ろしてあげられなくてもそれでも……彼の隣りで支えようと決めたのだ。


「エイジさん」


 言いながら、エイジの頭を抱きかかえた。

 そうする事に深い意味は考えず、殆ど無意識の様な物だった。もしかすると自分が隣りにいるんだという事を伝えたかったのかもしれない。

 そして優しく彼の頭を抱いて、エルは優しい声音で言う。


「……そんなに自分を許せませんか?」


「……許せる訳ねえだろ」


 エイジから帰ってきた震えた声音のその言葉はどこまでも自分の想定した答えだ。許す訳がない。許せる訳がない。

 ……そんな事は分かっていた。


「そうですよね。エイジさんがそういう人だって事はよく知ってます。だったら……もうそれでいいですよ。エイジさんがそう思うならそれでも。あんまり私が違いますって言っても、きっと曲げませんからね」


 だったらもうその言葉を認めよう。自分を許せないエイジを受け入れよう。肯定しよう。

 何を言ったって。何を考えたって。エイジがその間違いから、罪の意識から逃げだせないのなら。もうそれはそれで仕方がないんだ。それだけその重荷がエイジを押しつぶす力は強いのだから。


「だけどですね、エイジさん」


 だけどだからと言って重圧に苦しむエイジをただ見ている訳にはいかない。

 そこまでは譲っても、此処から先は譲れない。


「それを……一人で背負わないでください」


 そんな物は一人で背負わせちゃいけない。


「エイジさんがやった事が間違いだっていうのなら。罪だっていうのなら……私にもそれを背負わせてください」


 その言葉を。その本心をエイジに告げて。一拍の間の静寂の後にエイジが震えた声で言葉を返してくる。


「そんな事……できるわけ……ないだろ。なんで俺のやった事を、エルにまで背負わせなくちゃいけない……お前は何も……」


「そうですね。私は何もしてませんよ」


 だけど……だけどだ。


「それでも私はエイジさんの契約者です。一心同体なんてきれいな物じゃないかもしれませんけど……私達は確かに繋がっているんです。だったらいいじゃないですか。辛い時ぐらい頼ってください。辛い時ぐらい隣りで支えさせてください。その位の事はさせてくださいよ」


 そのくらいなら、きっとできる筈だから


「辛かったら泣いたっていいんです。弱音だってなんだって、吐いてもらっていいんです。だから一人で抱え込まないでください」


 そして一拍空けてから、静かに優しく言葉を紡ぐ。


「私でよければ傍にいますから」


「……ッ」


 それから、言葉らしい言葉は中々帰ってこなかった。

 その代わりにやがて胸の中でエイジが嗚咽している事に気付くことができた。

 思い返せばエイジが泣いている所を見るのは初めてかもしれない。

 初めてそんな弱い部分を見せてくれたのかもしれない。


(……届いたかな)


 彼女の声は。伸ばしたその手は届いたのだろうか。


(……届いているといいな)


 届いていてほしいと思った。

 きっと届いたんだと思えた。そうであって欲しいと、そう願った。

 そんな事を思いながら願いながら、涙を流すエイジを優しく抱きしめる。

 抱きしめながら安堵した。

 支えられる。

 こうして涙を流した意味が自分の自惚れでないとするならば。この手が届いていたならば。目の前の大切な人を支えられると。

 自分はちゃんとこの人の隣りに居られているんだって、そう安堵できた。


 唐突に現れた脳を打ち付ける頭痛にほんの少しだけ表情を崩しそうになりながらも、彼を抱きながら優し気な笑みを浮かべて、エルはそう安堵できた。

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