ex それでも彼女はその手を伸ばす
「エイジさんが目を……本当ですか?」
丸四日も目を覚まさなかったのだ。目が覚めたと聞いて思わずその真偽を問いただしてしまう。
「ああ本当だ。付いていい嘘と悪い嘘位は知ってる。栄治は確かに目ぇ覚ましてるよ」
「そうですか……良かった。本当に……良かった」
思わず全身の力が抜けそうになる。その位に安堵したとでも言うべきだろうか。
目を覚ました後の事を色々と考えていた。その前提で色々な事を考えてきた。
だけど本当に目を覚ましてくれる確証なんてのは無かったのだ。体の傷は癒えても最悪意識は戻ってこない可能性もあったのだ。
そんな中で目を覚ました……それが安堵しない訳がない。
そして安堵しているのは電話の向こうの誠一も同じだろう。
「ああ、そうだな……良かったよ」
だがその割には誠一の言葉は沈んだ物だ。エイジが目を覚ましたというのにだ。
だけどその理由を察する事が出来ない程、エルは状況を読む事に鈍感ではない。鈍感であれば目を覚ました先の事について巡らせた思考の数はずっと劣る。
きっと魔法の言葉という結局見つからなかったその言葉を、探す事もしなかっただろう。
だから向こうの状況を察したエルは、ゆっくりと立ち上がりながら酷い状態であろうエイジと対面した誠一に言葉を向ける。
「とりあえず今からエイジさんの所に行きます」
向ける言葉はそれでいい。問いたださなくともその沈んだ声の意味は分かっている。今はもうエイジの所へ辿り着いてエイジと向き合う事へと思考をシフトさせる。
だけどそうして切り替えられる思考を引き戻すように、電話の先の誠一は言葉を向けてくる。
自分が察していた状況を塗り替える様な言葉だ。
「……悪い。それはちょっと待ってくれ」
「え……?」
まさか引き留められるとは思わなかった。引き留められる意味が分からなかった。
「ちょっと待ってくれって、一体どういう事ですか!」
その言葉に、誠一からの答えは一拍空けてからやってくる。
「一応お前を呼んで来るってのは伝えたよ。だけど断られた。今は一人にしてほしいそうだ。俺の時で限界で、多分誰かと話せる様な精神状態じゃねえよアイツ」
「……」
エイジの前へと辿り着く。そこに壁など予測してなかったし、当然の様に顔を合わせてからの事を考えていた。
それなのに自分が察せたと思っていた状況と現実は異なっている。
エイジが一人にしてほしいと言っている。自分を呼んでくれようとした誠一を止めてまでだ。それは実質的にエイジから拒絶されている様にも思えた。
だけど。
「それでも、私のやる事は変わりませんよ」
それで立ち止る気などどこにもない。
「……話聞いてたか?」
誠一が沈んだ声のままそう言葉を返してくる。
「アイツは一人にしてくれって言ってんだぞ」
「そうですね。そんな事は分かってますよ。私だってエイジさんが何かに悩んでいて、それで一人にしてほしいって言うんだったらそうしますよ。だけど……今はもう、そんな事は言ってられないじゃないですか」
今のエイジを普段と同じに考えるわけにはいかない。
「酷い様子だったんですよね、エイジさんは」
「あ、ああ。正直目を背けたくなったよ。皆、俺が殺したんだってな。表情も声音も全部全部酷かった。一体どうすりゃいいのか分かんねえ位まいってたよ」
「だったら……だからこそ私は行きますよ。エイジさんがどういう人かって事は良く知ってますから。今のエイジさんを一人にする訳にはいかない」
この世界に辿りついた時に自らに突きつけた誇りの刃は、きっともう既に深く抉りこまれているだろう。
今一人にすれば、エイジはその刃を握りしめて自らに突き刺しながら、あの悲惨な結末に向かい合う事になる。
向かい合った末にその刃を抜き取る事は出来るだろうか。
それは恐らく不可能だ。きっとそれができる様な人間ならば、きっと自分は此処にいない。彼はまた違う道を歩んでいただろう。それだけ刃を突きたてる力が強い事は容易に想像できる。
もしそれを自らの手で引き抜こうと思えば、きっと同じだけの力を加えなければならない。
自分が辿り着いたこの結末を。結果的に自分以外の精霊が皆死んだ結末を正しかったと正当化できなければそんな力は生まれない。
そしてエイジは間違いなくこの結末を正当化できない。逆にもしそれができてしまったのなら……重圧に押しつぶされて、本当の意味で大切な何かが歪んでしまった結果だ。
きっとどう転ぼうと、碌な事にならない。なるわけがないのだ。
「例えエイジさんに拒まれたって、私はあの人の隣りにいます」
その行為を自分勝手だと思われてもいい。
なんの確証も無い憶測で動いて、一人にしてほしいと言ったエイジの意図を無視して、それでいてエイジをどうにかできる保証もない。その上で無理矢理にでも彼の元へと向かう事が間違っていると言われるのならば、もうそれは間違いでもいい。
それでも手を伸ばすと決めた。自らにその刃を引き抜く力が無いとしても、深い傷を負ったエイジを支えようと思えたから。
「茜さん。これ、お返しします」
向こうで黙り込んでいるのか声が聞こえてこなくなったスマートフォンをそのまま茜へと返した。
それを受け取った茜は「ごめん、一回切るね」とだけ言って通話を切ってからエルに言う。
「……多分エルちゃんならそう言うって思ったよ。それで止まったりはしないだろうなって思った」
言いながら茜は立ち上がる。
「別に手助けしようだなんて野暮な事は考えてないよ。それでも病室の前までは送るよ」
「茜さんは止めないんですか?」
エルもまた立ち上がりながら茜に問う。
「私が無理矢理にでも行くべきだって思う……というか、結果的に来てもらって嬉しかった人だからってのもあるけどね……そんな事を考えなくてもエルちゃんを止めないよ」
だって、と茜は言う。
「私は瀬戸君と直接話したことも無い様な間柄だしさ。もし二人の中で意見が割れてたら、私は友達の背中を押したいかなって思うからさ」
「茜さん……」
「じゃあ行こうか。瀬戸君の所に」
「……はい!」
そして彼女は動きだす。
彼の言葉を払いのけて、その彼を支えるために。
「……来たか」
病室の近くまで辿り着いたところで、誠一が壁に背を預けて立っていた。
「邪魔しないでください。私はエイジさんの所に行くんです」
「馬鹿か。誰が邪魔してるよ。ただ此処に突っ立ってるだけだろうが」
短く嘆息して誠一はそう言ってから言葉を続ける。
「ただ頼みはある」
「……頼み?」
「向こうの世界のアイツを直接見てこなかった俺じゃあ、何もできねえんだ。どうしてやるべきなのかも分かんねえんだよ。だから……頼むわ。アイツを助けてやってくれ」
「任せてください。絶対なんとかしてみせますから」
絶対だなんて保証は出来ない。だからこれは意思表明だ。
そして誠一は茜に視線を向けて言う。
「茜」
「分かってる。私は此処まで」
そう言って茜はエルに言う。
「あんまり中の話を聞くのもアレだからね。私達は此処で待ってる」
「此処で待って、誰もお前の邪魔をしねえか見張っとく。だからそっちはそっちの事だけ考えろ」
「……ありがとうございます」
二人にそう礼を言って、エルは再び歩き出す。
後ろから足跡は付いてこない。此処からは一人だ。
すぐ先にあるエイジの病室。その中に入ってしまえば完全に一人だ。
「……」
そして辿り着く。
(……この先にエイジさんがいる)
そう考えて、軽く深呼吸をした。
此処から先は難しい事は考えるな。どうせ考えたって妙案は浮かんでこない。
ただ思った事を口にしろ。気休めだって何でもいい。言いたいと思った事を、言ってあげたい事を口にしろ。
そして扉に手をかけ……扉を開く。
「エル……なんで……」
すぐそこにエイジが居た。
まるでこの場から逃げようとでもしたように。扉のすぐ近くに……エイジが居たのだ。
その表情は酷い物だ。ナタリアを助けようとしていた時の比ではない。エイジのこんな酷い顔は見たことがない。
本当に一人にしなくて良かったと思えた。
さあ此処からだ。言葉を返そう。
お話を始めよう。
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