つ、強い……!?


 追加で、奴隷の宿泊代を払い終え、自室へ戻るとそのまま椅子に座った。が、緑は扉の前で直立したまま。座るようにジェスチャーしてみたが、首を横に振って否定されたので諦めた。


 早速、言葉を教えて欲しい。と緑に伝えようと思ったのだが、教えて欲しい。というジェスチャーが全く思い浮かばなかった。他の方法で伝えよう。


 僕は、自分を指差した後に手を口元へと持っていき、ジャンケンで言う所のグーとパーを相手に向けて繰り返す。そして、最後に✖︎印を作り、相手の様子を伺った。


 相手は、もちろんわかっています。的な感じで頷いてきたので、今度は机を指差し、口の前でグーパー。


「?」


 緑は、その意図が分からなかったのか、わかりやすい疑問符を浮かべた。


 僕は試しに、机を指差して。


「机?」


 と、首を傾げて問う。すると、少し考えた緑が、首をブンブンと横に振る。そして、こちらの言葉で答えてくれた。


「けをら」


 作戦通りである。


 僕は、緑の言葉を復唱するように「けをら」と発音。


 緑はニコリと笑ってくれた。


 この笑顔と共に、この言葉を思い出そう。僕はそう心のメモ帳に書き込んだ。



 ◆◇◆◇◆



 その後、部屋にある少ない物たちの名前を全てをマスターした僕は、調子に乗って日常会話ついても教わることにした。


 した。のはいいが、どうやってジェスチャーしよう。


 そうだ。まずは、ベッドに潜り込んで……。


「おやすみ?」


 小首を傾げて問うてみる。


「ぉにあゆこぁほえめ」


 緑は、優しげな声で返してきた。


 なんか、違う。普通に眠る流れになっている感じだ。


 僕は「???」と疑問符を三つ浮かべて眉を顰めた後に「ぉにあ、ゆこぁほえめ?」と、少しぎこちなく返した。


 すると緑は、暫く無言で考えた後に「!?」と驚きの疑問符と表情を浮かべて「ぉにあゆこぁほ」と、わかりやすいようにゆっくりと話してくれた。


「ぉにあゆこぁほ」


 僕が復唱すると、緑からは笑顔を貰った。



 ◆◇◆◇◆



 暫くそんな感じで言葉を覚えていると、不意に緑のお腹が鳴った。


「ギュルルルルル!!!」


 っと、盛大に。


 緑は顔を真っ赤にして俯いたので、凄く可愛いと思った。ちなみに、耳までもが真っ赤だった。ほんと、可愛い。年上なのに。


 ちょうど僕もお腹が空いていたので、一緒に遅めの昼食を取ることにした。


 緑を連れて一階へと降りると、適当なテープルで席につく。すると、態々テープル席を選んだのに緑は床に座った。


 前に見かけた奴隷も、同じ様に座っていたのを思い出し、こういうものなのか。と、一人で納得した僕は、日本人らしく周りとルールを合わせて彼女を放置。そのまま何も言わずにウェイトレスさんを待った。郷に入れば郷に従え。と言う奴だ。


 それに、異世界ファンタジー定番の、イスに座らせて他の客に怒られる。というとも嫌だしな。あまり敵は作りたくないんだよ。と、そんなことを考えながら待つこと数分。一向にウェイトレスさんの来る気配がない。


 僕は手を上げてウェイトレスさんを呼ぶ。


「げねるれぇなむ?」


 笑顔で話しかけてくれる彼女であるが、その言葉には棘を感じた。


 これはもう、ウェイトレスさんとは仲良く出来ないな。そんなことを感じながらあるお客の食事を指差す。


「ぼなんへねるーんゆゅをそみ・ん・け・ごあゎ?」


 一部を強調してそう言ったウェイトレスさん。強調した言葉の意味はわからないが、いつも通りの注文確認であることは予想出来る。


 いや、もしかすると、一つか二つ、どちらに致しますか?的な事を聞かれている可能性もあるのか。


 指を二本立て、どうか二枚を机に置いた。


「ぼなんへねるーんゆゅをそおゃけぷけごあし?」


 先程と似たような言葉を繰り返したウェイトレスさん。その言葉に頷くと、銅貨2枚を受け取った。


 少しだけ待って運ばれて来た料理達は、パン、シチュー、ミルクが二つずつ。


 僕が手を合わせて「いただきます」と言うと、緑が真似するようにして、拙い日本語で「いただきます」と、言ったのだ。


 他人から聞く日本語に、僕は何故か悲しくなった。


 硬いライ麦パンをシチューに浸してからゆっくりと食べる僕とは裏腹に、緑はパンをチョコンと漬けるだけでカプリと噛み付いた。頰を少し膨らませ、もきゅもきゅと食べる緑に、僕は少しだけほっこりとしながらその様子を眺める。


 それ程時間を掛かけずに食べ終えた緑は、少しだけしょんぼりとした表情を浮かべたような気がした。


「あ、なくなっちゃった……」


 的な表情。


 僕は思わず、同じ品をもう一度注文した。



 ◆◇◆◇◆



 食事が終わると、逃げるようにしてその場を退出。部屋に戻った僕は、言葉を覚えるのを一旦休憩して緑を観察。


 緑はシナモングリーンの瞳を持ったタレ目で、腰あたりまでの長い髪をしている。体系は膨よかで、身長は170センチ前後。服装は、継ぎ接ぎだらけの麻布を長方形の一枚ものにして、首が出るようにしただけの簡単なもの。両端は紐一本で結ばれただけなので、色々と丸見え。眼福である。


 ふむふむ。と、視線を上げる。


「……」


 緑と視線が合った瞬間、一瞬で目を逸らしてしまった。それは、いやらしい目で見ていた罪悪感からによるもので、肩はビクンッ!っとなってしまったに違いない。なんだか、気不味くなった気がする。


 でも。それでも視線は、股下ギリギリの布をガン見。


 男の子だからしょうがないね。



 ◆◇◆◇◆



 暫くそんな感じでいると、この状況にも慣れてきた。気不味さはログアウトしました。


 心が満たされた僕は、再び言葉を教えてもらうことにする。今度は硬貨の名前と、数字を覚えることにしよう。それだけ覚えれば、買い物も余裕で出来るようになるし。


 僕はそれぞれの硬貨を取り出してテーブルに並べた。そして、銅貨を指差した。


「銅貨?」


「ぶれゎ」


 ふるふる。と首を横に振った緑が答えてくれる。


「ぶれゎ」


 僕が復唱すると、ふんふん。と縦に頷いてくれた。かわいい。



 ◆◇◆◇◆



 硬貨全てと、数字の10までを覚えた所でギブアップ。今日はこのくらいにしといてやる。


 日も沈み始めたし、今日は飯食って寝よう。早起きし過ぎて眠い。


 明日は多分、ボクシングの練習をしないだろう。


 そんなことを考えながら、緑を連れて食堂へ。


 晩飯は、昨日と同じでオートミールに燻製肉、それからミルクである。緑にも同じ物を注文した。


 今回の食事風景。


 緑は、そこそこの厚さでスライスされた燻製肉を、フォークを使ってお淑やかに頬張る。そして、ただ塩っ辛いだけのその肉を、美味しそうに、じっくりと味わうようにして噛み締めていた。目尻を下げ、幸せそうに咀嚼すること暫く。今度はスプーンを使って、オートミールを口にする。


 満足げな表情を浮かべて、再び燻製肉を頬張る緑。


 そんなに美味しいかな?と、同じように真似してみたが、やっぱり美味しくない。肉は臭みが残っている上に塩っ辛い。そして、オートミールはほとんど味がしない。二つ合わせれば美味しいかな?と思いきや、肉の臭みが邪魔をする。


 不味くはないし、普通に食べれるのだが、日本食とどうしても比べてしまう。結果、美味しくない。多分だけど、香辛料が足りてない。だって、素材と塩の味しかしないし。


 美味しそうに食事をする緑を見つめながら、ゆっくりと料理を口にしていると、1人の客が緑の食器を蹴飛ばした。


 木製の食器たちは、からん。と、乾いた音を立てて料理をぶち撒けた。


「チッ」


 料理を蹴った男は、舌打ちをしただけでその場を去った。


 最初は、突然のことに呆然としていた緑。へ?っとマヌケな顔をした彼女は、その視線が溢れた料理たちへと向かう。体感にして数十秒。状況が理解出来ずに固まっていた彼女だが、いつしかその表情は泣き出しそうなものへと変わる。


 秒でウェイトレスさんを呼んだ。


 そして、同じものを注文した。


 が、一瞬目を離した隙に、緑が溢れた料理を食べようとしたので、即行で床の掃除をしてもらった。


 やれやれ、世話の焼けるお姉さんだ。


 そんなこともありつつ終了した食事。周りが緑をいやらしい目つきで見ていたので、長居せず、早々に自室へと戻ることにした。


 買って直ぐに街中を歩いた時は全くもって気にならなかったが、今日1日だけで情が湧いてしまったのか、他人にそういう目で見られるのは不愉快だった。これが、独占欲なのだろうか。


 自室に戻った僕は、すぐさま身につけていたポーチと短剣を下ろしてベッドに潜る。


 この部屋には、ベッドが一つしかない。


 僕は緑に、ベッドへ来るように手招きした。


 すると、何の躊躇もなく麻布を脱いで一緒のベッドに入ってくれた。


 彼女は、僕を抱きしめるように抱擁した後、ネットリとした手つきで体を弄り始め……ることはなく。


 彼女がベッドに潜るのと同時に、僕は一瞬で寝落ちした(嫁以外に興味はない)。



 ◆◇◆◇◆



 朝。


 僕は、何日もお風呂に入っていない不潔な人間が発するような饐えた臭いで目が覚める。


 バッ!と身体を起こし、状況を確認すると。隣では緑が眠っていた。


 犯人はこいつだ。


 強烈な目覚めで冴えた頭は、何となくボクシングの練習するか。という気分になった。知ってるか?ボクサーのジャブって、マジで目にも留まらぬスピードで繰り出されるんだぜ?ていうか、グローブつけたパンチで人を気絶させれるとか、どんだけ凄いんだよ。


 と、1人興奮して一階へ。昨日より遅く起きたことにより、出入り口は開いていた。


 小さな中庭に出ると、早速練習開始。


 確か、上半身を横8の字を描くように揺らしてパンチをするとどうのってあったな、とある漫画で。勢いをつけて繰り出す連打が強いんだったっけ?忘れたけど。


 まあ、まずは基本からか。綺麗なフォームを意識して打ち込んでいこう。



 ◆◇◆◇◆



 ボクシングは足腰が重要なんだよなぁ〜。


 と、知ったかぶりをする僕は現在。街の外周を走っている。偶にシャドーボクシングを挟みつつのランニングは、かなり、楽しんでいた。


 今日も赤い美少女は、木陰で素振りを行なっている。


 頑張っている彼女をみると、何故だか僕も頑張れそう。


 そう思ったが、意外と直ぐに体力の限界を迎えた。美少女からは距離を取り、少し離れた水場で腰を下ろす。休憩がてら、水を掬ってゴクゴク飲んだ。


 あ。そういえば、運動とかしたらステータスは上がるのだろうか?


 ふと、そんな疑問を覚えてステータスを確認。



 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



   ▶︎レイ

   ミドリ



 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



 そこには、2人の名前が載っていた。


 何これ、他人のステータスも観れるの?ていうか、ミドリって緑のことだよね?ミドリって言うんだ。知らなかった。


 ……いや、あれは一応僕の奴隷だし、僕が心の中で緑って呼んでたからからミドリになった可能性。



 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



   レイ

   ▶︎ミドリ



 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



 とか思いながら、ミドリをタップ。



 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



   名前 ミドリ (20) レイの奴隷 レベル 8


  HP 29/29

  MP 86/86

  攻撃力 14

  防御力 6

  素早さ 13


  スキル

 《回復魔法Lv1》


            残りポイント80


 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



 え、何これ。めっちゃポイント余ってるじゃん。ズル。僕も欲しい。


 ポイント部分をポチッポチッと。



 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



   ▶︎ステータス

        ▶︎HP 0 ◁ 0 ▷

       MP 0 ◁ 0 ▷

       攻撃力 0 ◁ 0 ▷

       防御力 0 ◁ 0 ▷

       素早さ 0 ◁ 0 ▷


   スキル


             残りポイント80


 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



 お、開けた。



 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



  ▶︎ステータス

     HP 0 ◁ 0 ▷

      ▶︎MP 0 ◁ 80 ▷ 0→80 [決定]

     攻撃力 0 ◁ 0 ▷

     防御力 0 ◁ 0 ▷

     素早さ 0 ◁ 0 ▷


   スキル


             残りポイント0


 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



 ポイントまで振れる。



 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



   ▶︎ステータス

       HP 0 ◁ 0 ▷

        ▶︎MP 0 ◁ 0 ▷

       攻撃力 0 ◁ 0 ▷

       防御力 0 ◁ 0 ▷

       素早さ 0 ◁ 0 ▷


   スキル


             残りポイント80


 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



 ま、振らないけど。


 今度は僕のを見てみよう。



 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



    名前 レイ (16) 村人 レベル 1


   HP 10/10

   MP ∞/∞

   攻撃力 3

   防御力 2

   素早さ 5


   スキル



   アビリティ

  《生成Lv2》


            残りポイント1


 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



 クッソ雑魚。


     僕      緑

   HP 10/10  HP 29/29

   MP ∞/∞   MP 86/86

   攻撃力 3  攻撃力 14

   防御力 2  防御力 6

   素早さ 5  素早さ 13



 この違いよ。女の子相手に攻撃力が4倍違うぜ?防御力2だから殴られたら死ぬね、多分。


 って、ちょっと待って。生成のレベル上がってる。レベル2だってよ。地味に嬉しい。なんか生成してみようかな。


 はっ!?赤い娘がこっちを見てる!走り込みしなきゃ!


 その後、滅茶苦茶走った。



 ◆◇◆◇◆



 頭の中はスキルとポイントとアビリティのことでいっぱいだった俺氏。


 気がついた時には街を数週程走っていた。


 木陰の美少女は消え、そこに残るのはお漏らしのような大量の汗のみ。


 ちょっとだけ……いや、なんでもない。


 木陰まで移動した僕は、木に寄りかかって一息ついた。そして、お待ちかねのレベルが上がったアビリティのチェックへ。


 来い!我が服たちよ!ちょっとはマシなやつ!!!あと!タオルもください!おなしゃーす。


「……」


 今着てるのと変わらないのが生まれた。


 少し残念だが、とりま水浴びしよう。汗かいて気持ち悪いし、美少女もいないから全裸でやろーっと。


 とか思いつつ、パンツのみは履いた状態で水浴びをする。タオルを使って綺麗に洗い、同じタオルで身体を拭いた。作り出した新しい方の服を着た後、ついでに古い方は水洗いして、草原の上に天日干し。


 僕は木陰でゆっくり過ごす。


 なかなかにいい空間だ。



 ◆◇◆◇◆



 はっ!?寝落ちしてた!


 目が覚めると、太陽が真上まで登っていた。


 だが、特にやることもないのでまあいいか。と、再び目を閉じる。


 って、よくねぇ!緑がお腹を空かせて待っている!!!早く帰ってあげなければ!(使命感)


 駆け足で街に入り、そのまま宿へと入店。もはやウェイトレスさんなど眼中になく、そのまま階段を駆け上がる。二階の我が宿部屋の扉を開けると、目の前に緑がいた。


 眼前に現れた山脈に、かなり、びっくりした。


 視線が下がったのは言うまでもない。

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