失ったものは、大きい。
朝。
日も登らないうちに目を覚ますと、ベルトに二本の短剣を差して一階へと降りる。体感、午前3時前後の食堂は、暗い空間にテーブルと椅子のみが並べられる寂しい空間となっていた。
なんとなく悲しい気持ちになってしまった僕は、その場を離れるために出入り口へと移動。扉を開けようとするが、閂が差さっており外に出ることが出来なかった。
内側に閂がある為、開けようと思えば開けられる。だが、外側からは閂を差すことが出来ないので、おとなしく一つの椅子に座ってウェイトレスさんの起床を待つことにした。
頬杖をつき、ぼけーっとスマホケースを眺めること1時間半。ガチャリと裏口の開く音が耳へと届いた。
ハッ!?っと我に返り、スマホケースをポッケにしまう。暫くその場で待っていると、知らないおっちゃんが裏手からやって来た。
誰だよ。
ただ、それだけを心の中でツッコんだ。
「ねぅれへぅをむえざざぢ?」
おっちゃんが疑問形で話し掛けてきたので、適当に頷く。そして、入口のドアを指差して、閂を外すジェスチャーを送ってみた。
「の?のー。りびりびえわたほゃもゎ?」
また疑問形だったので、再び頷く。
「てれゎ、けだゎちむゎわたきごたぇちわたゎえりしひぢ」
話は終わったとばかりに裏手へ戻ったおっちゃん。
全く話は理解出来なかったが、まあ、おkが貰えたってことにしておきましょう。おっちゃんがいれば人が入って来ても問題ないだろうし。
って、そうだ。鍵は……持ってていいか。
意外と重い閂を外して外に出ると、こじんまりとした中庭で早速短剣を取り出した。
取り出してはみたが何をすれば良いのか分からず、適当に剣先を眺めてみる。
刃こぼれなし。錆なし。歪みなし。
刀は侍の魂。いついかなる時も、点検が大事。的な何かをアニメか小説で見た気がする。そう思ってやってみたが、明日には忘れているだろう。てか、そもそも刀じゃねーしな。うん。ていうか、鞘に収まっていたとは言え、よく錆びなかったよな。特殊加工か?異世界特有の?
って、そうだ。たしか、君は勇気ある人さ!系アニメでは、こう、片手で剣を前に構えて、残りの腕は腰の後ろに。体を相手から60度?くらいは傾けて、胸を軽く張る。
おお。なんかそれっぽい。
でも、なんか違う。僕がやるとくそダサい。他のにしよう。
そうだなぁ。じゃあ、ボクシング系でいってみるか。まず、男のロマン。二刀流。これを逆手に持って、左手左足を前に。脚を軽く曲げて半、中腰みたいな、ファイティングポーズ的な感じにして、少し背中を丸めてた前傾姿勢。某アニメでは脇を締めるとかなんとか言ってたから、大体こんな感じかな?
おお。なんかそれっぽい(2回目)。
攻撃モーションはジャブ、フック、アッパー、ストレートの4種類。素早いステップで詰めるも離すも自由自在。横ステップによる回避も可能で、軽くなら短剣で攻撃を往なせすことも出来るかも?
なにそれ、最強じゃん(素人考え)。
まずはジャブから始めよう。
その後、普通にボクシングの練習を行った。
◆◇◆◇◆
ストレートは腰を回転させながら打つんだよな……。と、ボクシング漫画を齧った程度の知識を自慢げに復唱しながら宿へと戻ると、昨日のウェイトレスさんが出勤していた。
「の、ぉむよれげびほえあ!うぅれぇほほたなうごあし!」
眩しいほどの笑みで迎えてくれた彼女に僕の心はほっこりしたが、若干汗をかいていることを思い出し、彼女の言葉に軽く頷き微笑むと、そのまま202号室へと戻っていた。
部屋に入ると、今着ている服と下着の生成を開始。
うおおおおおおお!!!!僕は!僕は服が欲しいぞーーーーーーーー!!!!!こい!来てくれ!お願いだああああああ!!!orz
スマホケース以上とはいかないものの、かなりの力を振り絞り、服が欲しいと懇願。
「……」
結果、目の前にはファンタジー世界の村人が着ていそうな麻布の服一式が出現した。
違う、そうじゃない。
僕がイメージしたのは着ている服と全く同じ物だったんだけど、これは、あの、うん。違う。なんで?
出来たことは普通に嬉しい。でも、イメージと違うのは頂けない。
もう一度だ!!!こい!サンダルフォン!!!
「……」
おい。サンダルが生まれたぞ。何処ぞの大天使はどこに行った?いや、僕も僕で間違っては、いたけれど。天使を顕現させようとか、まだレベルが足りないぞ?もうちょい上げてから試そうぜ。
ま、いいか。この調子で出来るだけ生成を試して、アビリティレベル?(って言うかはわからんが)を上げてみよう。
そうだな、外の川で水浴びしたいからタオル。タオルが必要だ。
タオルも欲しい!!!ウェイトレスさんにダサい格好は見せられなーーーーーい!!!
よし。ただの麻布が生まれたぞ。今日はかなり調子がいいようだ。
……ま、イメージしたのは白くてふわっふわのやつだったけど。
次は、銅貨かな。
よし。ウェイトレスさんに!!!貢ぎたーーーーい!!!そして!!!養いたーーーーい!!!
その後、急に生成することが出来なくなった。
◆◇◆◇◆
おかしい。スマホケースは生まれるに他の物が一切生まれなくなった。何故だ?
……って、そうじゃない。あれから1時間は経ってないか?早く水浴びして言葉のお勉強をしなければ!
急いで街の外に出ると、昨日と同じ木の下で素振りをする女性を発見。その女性はこれまた昨日と同じ赤い髪の美少女であった。
彼女は真剣な眼差しで一心に剣を振るっており、邪魔するのも悪いなと思い、軽く会釈をしてすれ違う。
ちなみに彼女の振るう剣は2メートルを超える大剣で、それを上から下に振り下ろす際には、ブォン!と、風切り音が鳴っている。その大剣を持ち上げるのでさえ凄いのだが、その大剣を思いっきり振り下ろしてから腰の辺りで止めるその腕力が凄まじい。
例えば、鉄製のバールなどの重い長ものを上段で構え、思いっきり振り下ろし中段くらいでピタリと止めるとする。するとどうだろう。振り下ろす時の力と重さによる重力の影響が強く、綺麗には停止せず、少しだけ下に落ちたり、先の方がブレたりするのではないだろうか?
僕だったら、地面に突き刺さってることだろう。
そんな感想を抱きながら、そこそこ離れた位置で麻布を濡らし服の上から身体を拭く。本当は脱いで拭く予定だったが、彼女に華奢な身体は見られたくないな。と、そう思っての行動である。
身体を拭きながら彼女の素振りを眺める(ガン見)。
中腰上段で構えると、体勢は一切変えずに剣を振るう。中段で完全に静止した剣は、ゆっくりと持ち上げられて、再び、先程と変わらない軌道で振り下ろされた。
彼女はそれを幾度となく繰り返す。
呼吸に一切の乱れはなく、持ち上げると同時に吸い込み、振り下ろす際に吐き出している。
額には汗が滲み、地面にシミが出来ていた。
お漏らしみたいだ。そんな感想を抱いていた。
身体を大体拭き終わると、僕は立ち上がり街へと戻る。すれ違い様は、やっぱり軽く会釈した。
宿へと戻ると、自室で麻布の服一式に着替えて食堂の適当な席に座る。するとウェイトレスさんがこちらに歩み寄り笑顔をプレゼントしてくれた。
「げねるれぇなむ、ぉうえさごあゎ?」
その言葉の意味は、残念ながらわからない。昨日の数時間程度で成果が出る程天才ではなかったらしい。知ってたけど。
まあここは無難に、ご注文がお決まりになりましたら、お呼び下さい。的なあれだろう。まさか、今日はいい天気ですね?とか、そんな日常会話が始まるとも思えないし。
僕は周りを見渡して適当な客の料理を指差した。すると、ウェイトレスさんはそこにある料理を確認して、声を上げた。
「ちほすだぼなんへねるーんゆゅをごあゎ?」
そう確認されたので、僕は頷く。勿論、意味はわかっていない。
「ゎへっえさえへゃ!」
にこり、可愛らしい笑顔を向けてくれたウェイトレスさんは、厨房へと振り返る。
「ねるれぇなむほさえーあ!ちほすだぼなきへねるー、てはゎちゆゅをほわねぅー!」
元気よく大きな声で注文を通した彼女は、軽く一礼して仕事に戻った。
料理が来るまでの暇な時間。ウェイトレスさんを目で追いかー……けていた所、一つのテーブル席で奇妙なものを見かけた。
そこには、首輪をつけて地面に座る人間がいたのだ。
一瞬、そういう趣味の人たちなのかな?と、思ってしまったが、ここは異世界。あれは、そういったプレイではなく、奴隷なのではないだろうか?
もし奴隷がいるのならば、それを買って言葉を教えてもらうというのはどうだろう。正直、自力で学ぶには無理がある気しかしないし、かといって教えてもらえるような知り合いはいない。
ウェイトレスさんに頼むというのも考えてはみたが、そんなに仲良くはないし、仕事も忙しそうなので無理だと思う。幸いお金だけはそれなりにあるので、奴隷商人との会話以外ではなんとかなる気がする。ていうか、奴隷欲しい。絶対買う。
届いた料理を口の中に掻き込むと、ミルクで流し込み「ごちそうさまでした」と、言ってから店を出た。
けど、金貨持ってくるの忘れた。急いで部屋に戻ると、お金を回収して再び外へ。
まずは、奴隷の販売店を探さなければ。
◆◇◆◇◆
建ち並ぶ家々を眺めながら、ぶらぶら街を探索。
している風を装って、血眼で奴隷商を探す。
武器や防具、回復アイテムや装飾品の類を売っている店は見かけたが、一向に奴隷商店は見つからない。
既に一時間程は経っている気がするが、そんなことはどうでもいい。早く奴隷が欲しいです。
っと、おや?あの店、店内で美人な奴隷が働いていますよ?お店の看板には首輪のマークもついてし、これはそうなのでは?いや、噂の奴隷商に違いない。
早速入ってみよう。
「ほちわへつほえめ、よれってぶはほへぅれく。うぅれむぶなこぶはほぱげへぅぇれご?」
店内に入った途端、変なおっさんに話しかけられた。どうせなら、美人奴隷に話しかけられたかった。
僕は、おっさんに手の平を向けて「待て」とジェスチャー。続けて、喉と耳を指差した後に胸の前で✖︎印を作って見せた。
意味は、声は出せないし、耳は聞こえない。である。
その行動に少しだけ悩んだおっさんであったが、人のいい笑みを浮かべて頷く。
その反応を見届けると、自分、喉、耳を順番に指差して、親指と人差し指だけを立てた状態で手首を捻る。
今度は、自分の声と耳の代わりが欲しい。である。
おっさんはすぐにわかってくれたようで、軽く頷くと親指と人差し指で輪っかを作り、お金を要求。
僕は金貨を5枚ほど、自分の手に乗せた状態で相手に見せた。
「おす」
ふむ。と、言いたげな口調で言葉を発したおっさんは、僕がしたように手を前に出し、少し待てと要求。頷いたことを確認すると、奥の部屋へと歩いて行った。
少しの時間を待たされて、戻ってきたおっさんは3人ほどの奴隷を持ってきた。
3人の奴隷は全て顔の整った女性で、右から15才、18才、24才くらいの見た目をしている。
ちなみに、全員人間だった。
獣人とかエルフを期待したいなのに、なんだか残念。
左へと流れた視線を、今度は右へと流す。
24才、緑、おっとり系、おっぱい、ロングヘア。
18才、橙、イケイケ系、目つき怖、ショート。
15才、青、オドオド系、死んだ魚、セミロング。
……さて、誰にしよう。
正直な感想としては、誰でもいい。黒髪もいないし。でも、同い年くらいはちょっと嫌なので、18才はない。そして、年下に言葉を教えてもらうのもあれだから……。
僕は、緑のやつを指差した。
そして、金貨5枚を手渡すと、おっさんから腰に下げた短剣を指で差され、手を切るようなジェスチャーをされる。
言われた通りに指を切ると、今度は首輪の後ろ、何やら魔法陣らしきものが描かれた場所に手を置くように、指示される。
その通りに置いてみると、勝手に血を吸い込んだ魔法陣が一瞬だけ白く輝く。
これで終わりだとばかりに、おっさんは頭を下げた。
意外とあっさり終わったな。そんなことを思いながら店を出ると、後ろを緑のやつが付いてくる。本通りのみを通り、何事も無く宿に到着すると、店内でウェイトレスさんと目が合った。
その時の、一瞬見せた軽蔑するような目を、僕は一生忘れない(少し興奮した)。
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