オアシス


 早朝。


 早くに眠った事や、あまりの喉の渇き。筋肉痛による痛みやら、これから先の未来への恐怖や不安などの影響により、日が昇る前には目が覚めてしまった。


 一度目が覚めてしまうと、川がなかったらどうしよう?今回の街も人が居ないとしたら……など余計なことを考えてしまい、二度寝など全くできる気がしなかった。


 僕は体を起こし、少しの肌寒さを感じつつ廃家を後にした。


「そういえば……我が家では目が覚めなかったな」


 と、独り言を呟きながら町を出て、予め決めていた目的地へと歩みを進める。


 その足取りは早く、早歩きに近い状態となっている。


「っと、そうだ。ハニー。おはよう」


 忘れていた嫁への挨拶はとびきりの笑顔。背景にはきっと、後光が差していたことだろう。


 こんな状況でも嫁を想うと気分が晴れる。が、直ぐに現実を突きつけられて肩を落とすこととなる。



 ◆◇◆◇◆



 いつの間にやら登った朝日は、行く手を遮るようにしてとても眩しい。それは地面が真っ平らはせいであり、地平線に見える朝日を見ながら前へと進むような状態である為、僕は右手で日差しを遮りながらも速くなっている足取りで北東へと走っている(ジョギング程度)。


 邪魔になる太陽ではあるが、右斜めから登っている所を見るに、進行方向が正しいことを教えてくれて助かっていた。


 あれから30分ほど走った気はするが特に変わった様子はなく、相変わらず生き物とは出会うことがない。そのことに寂しさを覚えつつ、更にスピードを上げていく。


 口呼吸をしているせいで余計に喉が渇いた気もするが、元々渇き過ぎたのでもうよくわからない。少なくとも、口の中はカラカラで唇もカサカサ。喉はイガイガして気分は最悪である。


 早く川に着かないだろうか。



 ◆◇◆◇◆



 あれから2時間ほど走ったところで、目的の物は発見した。


 その川は太陽の光を反射して、キラキラと輝いている。


 僕はゴクリと生唾を飲み込んだ。


 いいや、唾など出るばずもなく、ただただ喉を鳴らすだけの結果となった。


「川だ」


 呆然とそう呟いた。


 草原の、何も無いど真ん中に流れる一本の川。他には何もなく、ただただ不自然に配置されたその川は、透き通る程に綺麗で、小魚がゆっくりと川上へと流れている。


 僕は、何も考えずに川へと飛び込んだ。


 それほど深くも、広くも無いその川の水は冷たく、火照った体を瞬時に冷ます。体ごと潜った状態で、水をゴクゴクとがぶ飲みした。


 川から顔を出すと、呼吸も惜しみ、無理矢理水を飲んだせいで、気管に入り咽せ返った。


「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」


 暫く咽せたのち、今度は手をお椀代わりしてゆっくりと飲んでゆく。


 かなりの量を飲み干して、ようやく一息つくことができた。


「あ!スマホ!」


 慌ててポケットを弄るが、そこに探し物は見当たらない。


 よくよくみると、草原の上に投げ捨てていた。


「ふぅ。よかっ……ない!ごめんよマイハニー!僕は君を投げ捨ててしまった!許してくれ!いや、許して下さいお願いします」orz


「……」


 そこには、物言わぬ物質に謝るひとりの人間が存在していた。



 ◆◇◆◇◆



 少なくない時間が流れ、少年はようやく頭を上げる。


「許してくれてありがとう。僕は君のことだけを永遠に愛し続けるよ」


 臭い台詞をスマホに吐き、スマホを手に取った少年は既に見えている街へと視線を向ける。


 それなりに時間は経っているが、ここまで人が来る様子はない。


 ここも無人なのだろうか?と、そんなことを考えてしまうが、水を手に入れた僕には「それでもいいかな」と思えてしまう。


 喉の次はお腹が空いてきてしまったが、こちらは何とか我慢が出来そう。


「取り敢えず行ってみるか」


 そう呟いて、まだ乾かぬ服をそのままに歩みを進める。


 ◆◇◆◇◆



 街とともに近づいた一本の大木。川の隣に生えているその大木には、一人の女性が寄り掛かるようにして静かに眠っていた。


 そんな彼女を見て、僕の心臓はドキリ、と、大きく脈打つ。


 人がいる。


 その事実に感動したのだ。


 実際、前回の争いの一つもない綺麗な状態で崩壊していた町を見て、人類は突然滅びてしまったのでは?とか、そんなあり得ない妄想までも、僕は想像していた。そんな中で生きている人間を見つけたのだ。それは興奮もするだろう。


 思わず小走りで近づいたその人物の髪は。燃え盛る炎のように熱い紅色の髪をしたその女性は、明らかに髪染めではない、自然な髪を頭皮から生やしていた。


「……え?」


 そんな声が口から漏れた。


 よくよく見ると服装もおかしく、革鎧のような装備し、傍らには大剣が転がっていた。


 今時こんな人いる?革鎧なんて初めて見たぞ?大剣も本物みたいに見えるし……てか、絶対細身の彼女には振れないでしょ?2メートルくらいありますよ?こんな武器で動物でも狩に行くつもりですか?いやいや、無理でしょ?ありえないから。もっと効率良く行きましょうよ?例えば弓とかさ、あれなら女の子でも安全だよ?


 ていうか、赤い髪ってどこの国の人ですか?


 いいや、まて。落ち着け。僕は何を興奮している?それは、第一村人ならぬ第一街人を見つけたからです。決して彼女が美少女だからとかそんなんじゃないですよ?美少女ですけど。目は閉じていて詳しくわからないけど、整った顔立ちをしているのは確か。どこか日本人ぽい顔に見えるのは気のせいだろうか?


「……んっ」


 突然聞こえたその声に、体がピクリと反応した。


 やばっ、起こしちゃったかな?せっかく気持ちよさそうに寝てたのに申し訳ない。というかこの状況、女の子の寝顔をジロジロ見ている変態になっていないか?或いは、今から寝込みを襲おうとしている犯罪者とか……いやいや、そんなバカな。確かにジロジロ見ていたけれども。決してそんなやましい気持ちでは見てないよ。うん。嫁一筋ですし。あ、でも嫁では抜けないな。抜いたこともない。


 そんなことを考えながら彼女の横顔を覗いてみると、彼女は見事に眠りこけていた。


 ふぅ、よかった。彼女が起きる前に離れるとしよう。


 慎重に、それこそ怪しい動きで彼女の元を離れた僕は、正面に立つ4メートル程の大きな壁を見上げる。ベルリンの壁かな?と、問うてみたくなるようなその壁は大きな街全体を覆うようにして建てられていた。


 確かドイツのローテンブルクって所がこんな感じで街を城壁で囲っていた気がするんけど……ここはモンゴルではなくドイツだったのかな?


 いや、今の僕にはどちらでもいいのだけれど。家にさえ帰られれば。その為にもまず門を見つけて、どこかで腹ごしらえをしようかな。お腹が空いて死にそうだ。帰る方法はそれからでもいいでしょう。


 壁に沿うようにして暫く歩くと、目的の扉を見つけることが出来た。そこには兵士のように鎧を纏い、片手には槍を携えて仁王立ちする門番がいた。


 今時こんな街もあるんだなぁ。


 そんな感想とともに門へと近づき、軽い会釈をしながら街中へと入る。するとそこには、外壁と同じでローテンブルクの様な街並みが広がっていた。


 行ったことねーからわからんのだが、ここはマジでドイツですか?


 と、街の様に気を取られていたが、そこに住む人々はドイツとかそんな次元ではなかった。


 髪の色は千差万別。茶色の人がいれば金髪の人もいるし、水色やピンクの髪をしている人もいる。瞳の色も同様に違い、街人の三割程度は武装をしていた。ローブを着て杖を携えている人もいるが、彼らは魔法使いか何かですか?いいえ、コスプレです。


 先程の赤い髪をした少女といい、なんだか異世界にトリップした気分ではあるが、きっと全員が髪を染めてカラコンをしているに違いない。ここはきっとコスプレ会場なのだろう。


 ぎゃるる〜♪


 と、鳴りそうなほどにお腹が空いてきたので、まずは腹拵えから始めようと思う。


 生憎、日本語以外の言葉や文字が分からない僕には店の看板になんて書いてあるのか分からない。分からないのだが、店前に出された食べ物が売り物であることはわかる。


「すみません。これ、ください」


 店員に向けて手を挙げ注意を引き、指差しで欲しいものを要求。店内には見たことのない果物や野菜しか無かったが、その中で丸くて艶々した物を選んでみた。


「つはゎほ?」


 店員のおばちゃんが日本語みたいな発音でそう言うと、果物を持ち上げ、人の良い笑顔で首を傾げた。


 おばちゃんが何を言ったのは分からなかったが、持っている果物が望みのものであった為頷いた。


「ほねざーあぶれゎほねえほざよ」


 何かを言って手を出してきたおばちゃん。ここで要求されるものといえば恐らくお金だろう。と、僕はポーチの中にある麻布を漁り、銀色の硬貨(100円?)を1枚取り出し、手渡した。


 その硬貨を見たおばちゃんはギョッとした表情で固った。


 なぜそんな表情になったのかは分からないが、これではない。ということはわかった。とりあえず100円を回収し、500円か10円のどちらを渡そうかと悩んでいると、おばちゃんが銅貨を見せた後に催促してきた。


 僕はここで、銅貨には大小2つの種類があることに気づく。


 そんな小さな銅貨、持っていないのだが?


 いいや、よく見てないだけで本当はあったのかも知れないな。後で宿とかに泊まって確かめよう。


 銅色の硬貨(大)を手渡すと、小銭として銅色の……銅貨(小)9枚と果物と思われる食べ物を12個、麻布に入れられて渡された。銅貨1枚でこれだけ買えるとか、かなりお得だった。


「ありがとうございます」


 笑顔とともにお礼を言ってその店を離れる。


 少し歩いたところで、早速果物(と思われる食べ物)を丸齧りしてみる。そのお味は、なんとも渋いものだった。


 これを例えるなら、渋柿を食べた時の様な、そんな感じ。歯はキシキシなるし、口全体がパサパサする感じ。これは食えたものではない。と、口に含んだ分は飲み込んだが、残りは麻布に戻した。


 この果物どうしよう。捨てるには勿体ないけど、食べたくはない。吐くほど不味いわけではないが、それならそこらの店で飯食うし。てか、いい匂いするあの店に寄ってこう。


 思い立ったが吉日。即行でその店に入ると、空いていたテーブル席に座り込む。


「ほちわへつほえめ!うぅれもぉああせむだるれきをもぁほっろあたーうごあぱぶれこぁほえあゎ?」


 すかさず声をかけてきた美人のウェイトレスさんが、営業スマイルでお出迎え。ただし、なんと言っているのかは全く分からない。


 店員が話しかける時は、いらっしゃいませー!とか、ご注文がお決まりになりましたら〜。とかの筈。偶に、オススメの商品は〜とかもあるけどなんて言ってるか全然分からん。適当に頷いとけ。


 コクリ、頭を上下に動かすと、ウェイトレスさんはにっこりと笑い、厨房の方へと声を上げる。


「だるれきをもぁほっろあたーうほわねぅー!」


 それを言い終えると、今度は右手を突き出し何かを催促してくる。


「ぶれゎほねえほんこさえあ!」


 ……ちょっと考える時間を下さい。


 えーっと、お店側がお客に要求するものといえばお金くらいしかないよね?となると、さっき叫んだのは注文を通す為で、さらに言えば僕が頷いたのはオススメのメニューに対して、ということになるのかな?うーん。他には考えられないよなぁ〜。


 逆ナン……て可能性は無いし。


 てか、あれ?いくら払えばいいの?催促と同時になんか言ってたよね?何て言ってた?聞いてたけど理解出来なかったぞ?


 て、このまま手を出した状態で待たせるのも悪いな。さっきの美味しくない果物が12個で銅貨(小)1枚だったから……うーん。わからん。とりあえず銅貨(大)1枚渡しとくか。


 大銅貨(仮)を受け取ったウェイトレスはその場でポケットを漁り、銅貨(小)を9枚テーブルの上に並べた。


「ごうのぱさえごへぅれへぅれぉえねをざぁほ!」


 ……何を頼んだのかは分からないが、この果物と飯の値段が同じであるという衝撃の事実。この果物、相当高い方の買い物だったのでは?と思ってしまうのは僕だけだろうか?


 仮に今回の食事が千円だったとする(高いけど)。すると果実も12個で千円ってことだから、割ってみると1個83円。日本の果実で言うところのりんご1個分の値段とほぼ同じ。高!あの美味しくない果実にそこまでの価値を見出せないのだが?


 いや、逆にあの果実は1個30円だったとしよう。するとどうだ?12個で360円だから……一食360円!?安っ!?牛丼(並)くらいの安さじゃん!どんな品が来るんだよ!ある意味楽しみだよ!


 ていうか、その値段を硬貨1枚で済ませるなんて不便すぎるだろ。


 そんな妄想を膨らませつつ食事を待っていると、それは直ぐにやって来た。


「ぉえねぶれぁえごへゃ!っねちぱだるれきをもぁほっろあたーうごでびほえあ!ぉのけほもごげねるれほをざぁほし?」


 コトリ、と置かれた皿たちにはライ麦パンにオートミール、それからサイコロステーキが乗せられていた。飲み物には牛乳が付いてくると言うオマケ付きで。


「げふわをさぶれぢ〜」


 これで360円はないな。うん。無い。こんなん出されたら他の店全部潰れちゃう。せめて500……いや、650円くらいかな?12で割ると果物1個54円だし。でも、うーん。絶対その値段だったら買わないけどね。いや、30円でも買わねーけどよ。美味しくないし。


 てか、そんなことより今は飯だ。肉の焼けたいい匂いが鼻腔を刺激する。空きっ腹にはキツイぜ。


 ということで、


「いただきます」


 僕はガッツクようにして料理を平らげた。

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