特別短編『マーヤ・オーケルマンさん全裸になりすぎ問題』

特別短編『マーヤ・オーケルマンさん全裸になりすぎ問題』★その1


【1】



♥陽明学園初等部・並木道


「妙な緊張感があるな……」


 笹倉巴、木之下留子、そしてマーヤ・オーケルマン。三人の死闘から一夜明けて最初のポーカークラブ活動日。俺は東棟の入り口前までやって来ると、大きくひとつため息を漏らした。

 今日からの練習、はたしてどんな雰囲気で行われるのだろうか。マーヤが加入してくれて部員が四人に増えたのはとてつもない朗報だ。しかし、今後の人間関係を思うと何ともいえない胃の痛みを感じずにはいられないのもまた事実で。

 巴は変わらないだろう。相変わらずのまっすぐさで真摯にポーカーと向き合ってくれるはずだ。

 マーヤも昨日までのマーヤのままであることは疑いようがない。なにしろ超弩級のKYだし。たとえ天変地異が起きようと飄々としていそうな図太さの持ち主だ。良い意味でも悪い意味でも。

 心配なのはやはり留子か。命運を賭けた対決を経て、今まで足りなかった心の強さを身につけてくれたはず。しかしそれでも、マーヤに対する苦手意識と敵意は簡単に薄れてくれるものなのか読み切れない。もしかしたら険悪な空気が続いたまま二人は同じクラブに籍を置き続けることになるのかも。だとしたら顧問としてはどう立ち振る舞うべきか。考えれば考えるほど迷いのドツボにハマってしまう。

 いけないな。これがポーカーならまさしく狼狽状態だ。

 読めないのは二階堂朱梨。自らのポーカー力を高めることにしかほとんど興味を示さない少女だから、我関せずで鍛錬を重ね続けていくだけかもしれない。しかし、なんとなくだが最近は朱梨も人間らしさというか、巴と留子に対する好感を高めているようにも見える。部内で衝突が起こったとき、部長としてどう振る舞ってくれるか。期待と不安が俺の中で交錯する。


「なにしてるんです、和羅先生」

「おっと……!?」


 ちょうど朱梨のことを考えていたその時、背中越しに本人の声が。振り向けばふだん通りの落ち着いた顔つきで、腰まで伸びた髪をかき分けながら俺に低温の視線を投げかけている。


「なにしてたかと問われれば……緊張してた」

「そんなことじゃ一流のポーカープレーヤーになんてなれませんよ。お先に失礼します」


 素直に告げると、ほんの少し呆れたような顔を見せてから朱梨は俺の脇を抜けていく。さすが。クラブにとってターニングポイントになるであろう一日を乗り越えた後でも一切動じず、か。

 深く反省した。胆力で小学生に負けていては、朱梨の言う通りポーカープレーヤーとしての伸び代に自ら疑問符を投げかけざるを得ない。

 よし、覚悟を決めよう。考えたところで現実は変わらないのだ。とりあえず巴、留子、マーヤという三枚のカードを覗きにいく。そこからどう動くかは、現実を受け止めてから決めれば良い。

 俺は朱梨に一歩遅れて、今度こそポーカークラブの活動場所である棟の入り口へと向かっていく。


「……ん?」


 そして気付いた。ほんの些細ながら、普段ならば絶対に『あるまじき』事態に。


「朱梨、ちょっとストップ」

「? なんです……え?」


 朱梨が振り返るよりも少しだけ早く俺は距離を詰め、その背中に手を伸ばす。


「きゃ、ちょ、ちょっと先生何を?」


 そして制服のジッパーに手をかけ、丁寧に上まで引っぱった。

 半開きになって朱梨の背中を白日の下にさらしていた悪しき犯人を、そのままの意味で締めあげてやる。


「………………」

「………………」


 ジーっという音を聞いて、朱梨が硬直した。俺も発すべき言葉に迷ってしばし沈黙が訪れる。


「……もしかして。あいて、ました?」


 ギ、ギ、ギという音が聞こえそうなくらいぎこちない動作でこちらを見た朱梨が、ようやく声を発する。


「あいてましたね。半分くらい」

「ま、まさか……午後の体育の後からずっと……? わ、私としたごとが……したことが」


 一瞬で青ざめたかと思えば、今度は真っ赤になる朱梨。

 確かに、普段の朱梨なら考えられないミスだ。いつでもどんな時でも何をやっても完璧超人。そんなキャラとして認知されているお嬢様オブお嬢様だから、こんな些細なことでも非常に『らしくない』。周りの児童たちもまさかあの朱梨が、という思いが強くて指摘できなかったのではないだろうか。


「あぁ……あぁ……」


 しゃがみ込み、朱梨は両手で顔を覆う。俺なら苦笑ですませる程度のことなのだが、朱梨にとっては大失態なのだろう。ここまで落ち込むとはさすがに想定していなかった。

 反面、正直に言えば微笑ましさも感じずにはいられない俺だった。緊張、しているのだな。朱梨もまた今日からの部活に対し完全な平常心で臨むことができていないから、こんなミスをしでかしてしまったのだろう。


「入りたい……穴があったら……」


 だからこそ、励ましてやらないと。教師として、一人の人間として、こんなにも意気消沈してしまっている少女を放っておくわけにはいかない。


「えーと。なんていうか、不幸中の幸いだったな。制服の下になにも着てなくて。見えてたのが背中だけだから、まあ……うなじの延長線みたいなものだろ」

「悪かったですね胸に下着が必要ない発育ぐあいで! セクハラで訴えますよ!?」


 逆効果だった。というより言葉の選択を盛大に間違えた。


「ち、ちがう! そういう意味じゃないんだ! じゃ、じゃなくてほら! 暑いよな! 重ね着なんてしないよな! まったくここも半袖の夏服用意しておけばいいものをそこはそれお嬢様学園ご令嬢の肌をむやみにさらすべきではないという――」

「もういいです! 部活です! ポーカーです!」


 我ながら釈明になってない釈明を朱梨は大声で打ち切り、顔をますます赤く染め上げながらぷんすか棟の中に入っていってしまった。


「やらかした……」


 項垂れる。ますます好感度を下げてしまったこと請け合い。


「……ヘコむが、切り替えよう。部活だ。ポーカーだ」


 その一方、朱梨のおかげでなんだか緊張感がほぐれた。密かに感謝。深く反省しつつ感謝。

 大きなミスではあるものの、チップを全て失ってしまったほどではないだろう。今後の真摯さで汚名返上を心がける。

 そのためにも、今日からスタートする四人でのクラブ活動を実のある、そして平穏で健全なものにしていかなくては。


「ケンカもさせない、通報もさせない。『両方』やらなくちゃあならないってのが『小学校教諭』の辛いところだな」


 ふと呟いてみて、直後に思った。あたりまえだ。


♠陽明学園初等部・ポーカールーム


「よっ、カズラ。おそいぞ」


 朱梨のクールダウンを狙い、あえて二、三分くらい時間を潰してから部室に入ると、既に四人ともが揃っていた。

 ポーカーテーブルの上であぐらをかいているマーヤ。その脇の椅子に隣り合って座り談笑している巴と留子。サイドテーブルで顔を埋めるようにしてポーカーの戦術本を読みふけっている朱梨。

 その絵面と部室全体の空気を受けとめた瞬間、俺は安堵感に包まれた。どうやら、大丈夫そうだ。ギスギスしてない。むしろ和気あいあいとした温かさすら感じる。

 朱梨はまだダメージから完全回復したとは良い難そうだが、許容範囲だろう。たぶん。


「マーヤ、教師を名前で呼び捨てるな。あと崇高なるポーカーテーブル様に乗るな」

「ゲッ、精神論。カズラってばバスケットボールは蹴るな、とか指導しちゃうタイプ? NBA選手だって蹴るのに」


 心配の種がほぼ消えたので、軽い口調で注意すると、四倍くらいの軽口が返ってきた。早くも『カズラ呼び』の方は訂正させる気力が萎えてきた。無理だこれ。


「精神論じゃなくて衛生論。汚れるだろ」

「なんだと。このマーヤ様のおみ足が汚いとでも? よしカズラ、ちょっと舐めてみろ。もし病気になったらひゃくまんえんやろう」


 そう言ってニーソックスを片方脱ぎ捨てるマーヤ。本気かこの小娘。

 しかし、ひゃくまん……ひゃくまんか。払えそうなんだよなここのご令嬢たちは……ひゃくまんか。


「…………病気にならなかった場合は?」

「ワタシが高校卒業するまで、カズラは必ず一日一回ワタシの靴にキスすること」

「降りで」

「チキンめ」


 言ってろ。負けた時の代償もさることながら、俺はわりと胃腸が強いのであった。残念ながら。


「センセー、あたしの足舐めたあとお腹壊したっスか?」


 これにてこの話は打ち切り、と思っていたところに、留子が口を挟んできた。そういや、もう舐めたんだったな、留子のは……。舐めたというより無理矢理口に足を突っ込まれたという表現の方が的確だが。


「いや平気だった。生憎と言うべきか否か」

「ふふん、じゃあもしマーヤの足舐めて病気になったら、衛生面で留子ちゃん大勝利ってことになるッスね。面白そうだから舐めてみるっス」

「なんだよもうタル子はお手つきかよ。とんだ教師がいたもんだな。それはそれとしてタル子ごときがナマイキな挑発を。……カズラ、にゃくまんえんだ。増額してやるから舐めろ」


 にひゃくまんえん。


「せ、先生! いくらこのご時世でもそういう賭け事は捕まってしまいます!」

「そ、そうだよな! うんうん」


 グラッときていたところに巴から絶好の助け船が。俺は何度も大きく頷く。危ないところだった。早くも『小学生教諭の誓い』を破りそうになった。


「そ、そこでですね……。マーヤとじゃなくて私と勝負しませんか? 私はお金以外のもの……その。指輪を賭けます! すごく大事な指輪なんですけど……せ、先生となら……じゃなくて、先生になら!」


 訂正。ぜんぜん助け船じゃなかった。


「すっこんでろルーキー。今はワタシとカズラの話をしてんだ」

「そんなむやみやたらに足を舐めさせるなんてよくないよ、マーヤ!」

「そういう自分も舐めさせようとしてんだろ。むやみに」

「おっ、アツくなってきたっスね~。まあ留子ちゃんはもう初体験済みなので高みの見物っス」


 喧々囂々。どんどん収拾がつかなくなっていくポーカールーム。和気あいあいとはなんだったのか。


「いいかげんにしてください! いつまでそんなふしだらな会話を続けるつもりですか!」


 ぱぁんと音を立てて本を閉じ、朱梨が立ち上がる。待っていたぞ真打ち。この局面を切り替える力を持っているのはもはやお前しかいない。


「やかましいわ。ジッパー半開きの淫乱女」


 マーヤがさらに燃料を投下した。もうだめかもしれない。


「なっ!? か、和羅先生! 喋るなんて見損ないました!」

「いや断じて喋ってないぞ! アリバイもあるだろ!」


 俺がジッパーの件について気付いたのはついさっきなのだ。マーヤに話すのは物理的に無理だ。


「校舎で見かけたんだよ。シュリがノーブラアピールしながら颯爽と廊下を歩いてるところ。面白いから黙ってたけど」

「…………あぁ……あぁ」


 再び顔を覆ってしゃがみ込んでしまう朱梨。同じ傷を二度抉られてはさすがのお嬢様強度を誇る朱梨もノックアウト寸前だった。


「なあ、ポーカーしようや……」

「そだな。一通りからかってヒマもつぶせたし」


 ダメモトで懇願するとマーヤはあっさり頷いた。こやつ、要するに場が『おもしろく』なればなんでも良いのだろうな……。

 やはり、マーヤの加入はこのポーカークラブにとって大きな転換点となりそうだ。特に俺の胃の健康状態において。


「さてと、ポーカーするのはいいとしてどういう練習してんの? タイクツなのは勘弁ね」


 ぴょんとテーブルから飛び降り、さっき脱いだニーソックスをはき直すマーヤ。いろいろ言いたいことはあったが、やっとのことで軌道修正できそうな瞬間が訪れたのだ。全て呑み込んでこのチャンスに乗っかるしかない。


「まずはハンド分析と意見交換かな、今日は。動画で有名プロの戦いを振り返りながら打ち筋についてみんなで話しあおう」

「だからそういうのをタイクツって言うんだってば。却下。ヒリヒリしてない」

「いや、なんでもない普段の練習でそうそう都合良くヒリヒリできないだろ」

「できる。得るものか失うものか、どっちかがあれば良いだけの話でしょ」


 まーた引っかき回そうとしてますよこのお嬢さん。日常不感症か。日常不感症なんだろうな。つくづく、しばらく行方不明だった間にどんな生活を送っていたのか気になる。尋ねてもまたはぐらかされてしまうのだろうけど。


「最初に言っておくが部内で賭け事は御法度だからな」

「御法度なのはお金賭けた時の話でしょ、さっきお金賭けようとしたワタシが言うのもなんだけど」

「まったくだ」

「グラついてたくせに。ま、置いといて。お金じゃなくてもいろいろあるじゃん。ねーいいじゃんいいじゃん。今日はタル子の延命記念、初日の活動じゃん? 無謀な道をわざわざ選んだタル子にさっそく格の違いと深い後悔を叩き込むべきじゃん?」

「じゃんじゃんうるさいっス。……それに、そーゆー煽りかたされるとあたしとしても黙ってられないっスね。どうしても記念日にしたいなら、今日はマーヤの正式入部初日って言うべきッス。初日からかわいがられたいなら、あたしとしてもやぶさかじゃないっス」


 バチバチ火花を散らすマーヤと留子。


「ふ、二人とも落ち着いて。……でも、記念日なのはそうかもしれないね。さっきの勝負もうやむやになっちゃったし、何か賞品をかけて四人で試合するのは私も賛成かも」


 そのうえ巴までもが代償ありの対決に乗り気だ。

 うーん、どうするかな。確かに『記念すべき初日』であるという部分に関して反論はない。今日くらいは部員たちの要望を受け入れてもいい気はする。

 とはいえ絶対に事前確認が必要なのは。


「…………何を賭けるかによる」


 また警部が動き出しそうな提案をされたらたまったものじゃない。健全なら、あくまで健全ならという条件はあらかじめ取り付けておく必要がある。


「マーヤ、なにかアイデアあるんスか?」

「そうだなー。………………よし! ちょうど金曜だし、優勝者は明日からの週末、カズラを好きに引っ張り回して遊んでいい権利ってのは?」

「おい」


 なぜ俺の意向が確認すらされないのか。


「不満? そんなにワタシの足舐めたい?」

「二択かよ」


 しかもいつの間に足舐めが賞品に格上げされたのか。どちらにせよ断じて望んでないぞ俺は。


「和羅先生を、好きに……。やりましょう」


 力強い巴の頷き。うそだろ。なんとなく裏切られた気分だ。


「いいね、ルーキー。タル子は?」

「アリよりのアリっスね。それに何が賭かっているかよりも、マーヤをヘコませるチャンスの方があたしとしては重要っス。真剣勝負になるならなんでもいいっス」


 まさかの三人協調。この展開は読めなかった。

 人権とは? 問い糾したい。ただ、俺がちゃんと普段通りの分別を保てればヘンなことにはならない提案ではあるんだよな。少なくとも足舐めよりはずっといい。

 ただしまだ懸念事項は残っている。


「朱梨さん、なんか三人、こんなこと言ってますが……」


 部長の意向。そこが最後の砦だ。どちらかと言えば却下して欲しいし、その望みは少なからずある……かもしれない。


「真剣勝負……ポーカーの……私に逃げるという道はありません……」


 ずっとうずくまっていた体勢からやっとのことで立ち上がり、フラフラとした歩調でテーブルに近付いてくる朱梨。ティルっている。ちゃんと全部話が耳に入っていたのかすら怪しい。

 とりあえずひとつだけ、はっきりと感知できることがあった。言わずもがな朱梨の盛大な負けフラグだ。俺の評価では今でも部内最強で揺るぎない朱梨なのだが、どうも最近外的要因で勝ち運に見放されている。


「よーし、成立だな。やっと盛り上がってきた」


 八重歯を剥いて嗤うマーヤ。


「勝たなきゃ……絶対に」


 想像外の気勢を露わに、ぎゅっと拳を握りしめる巴。


「もうマーヤなんて怖くないっス。思い知らせてやるっス」


 被っていたフードを軽く持ち上げ、自信に満ちた面持ちを露わにする留子。


「……うう、ジッパー……ではなく、ポーカー」


 ティルっている朱梨。

 それぞれ異なるベクトルの熱を携え、四人は一斉にポーカーテーブルにつく。


「あの、ちょ、ま」

「カズラ、顧問だろ仕事しろ。早くディーラーやって」


 マーヤが手招きする。抗議したいことならまだまだごまんとあった。しかし、もはやこのヒリついた空気を冷ます言葉を、俺は知らない。ひとりのポーカープレーヤーとしても、四人のやる気に水を差すのは気が引けた。人権とは? 重ね重ね問い糾したくはある。あるのだが。


「さあ始めようぜ。なんだか今日はいつもに増して負ける気がしないね」

 マーヤが指先でチップを弾き弄びながら。俺にカードを催促した。

「はぁ……」


 最後の抵抗とばかりに俺は盛大なため息をひとつ。もうどうにでもなれ、か……。



「ふざけるなとしか言いようがないっス……」


 宣言通りと言うべきか、対決はマーヤの圧勝で終わった。技術論を語る余地すらなかった。鬼のようなカードの引きの良さで連戦連勝。麻雀で言えば全局役満テンパイしてたと表現しても過言ではないくらいだ。あんなんズルいわ。


「あっはっは。そうかそうかー。やっぱりカズラはワタシを選んだかー」

「念のため言っておくが何も操作してないからな、俺は……」


 でもあるんだよな、こういう偏り……。よりによって今日この瞬間、マーヤの許にバカヅキが訪れるとは。つくづく確率の創造主を呪いたくなった。

 なにしろ一番遠慮なく引きずり回してきそうなのがマーヤだ。できれば他の子に勝って欲しかった。それが偽らざる本音だったりする。


「先生、もしかしてポーカーってクソゲーですか?」


 珍しいほど巴がふてくされている。気持ちはすごくわかる。


「瞬間を見るな。長期的な正しさを追求しろ。何度も言うが『確率』は必ずいつか『本来の確率』に収束する」


 さっきみたいにたまにイタズラしやがるが。そんなままならなさもまた、確率。


「こういうこともありますから。二戦目に行きましょうか」


 あと朱梨もティルってたしなぁ。毅然と、というよりひとりだけきょとんとしてる雰囲気からして、やっぱり今の対決に何が賭けられていたかわかってないなこれ。


「二戦目行ってもいいけど今ので土日のカズラ権はワタシで確定だからな」

「……え、土日?」


 やっぱりわかってない。後で面倒なことに……なるのか、ならないのか。どっちだろう。


「つーこって。カズラなんか連絡先教えて。プラン決まったら送るから。あとワタシの外出許可だしといて」

「外出許可の方はもはや抵抗しないが、教師が児童と個人的に連絡先交換するのはどうなんだろう……」

「や、連絡先わからなかったら明日落ち合えないだろ」


 それはそうなんだよな……。どうしたものか。


「せ、先生! ならポーカークラブのチャットグループを作りませんかっ? も、もしかしたら今後もこういうことがあるかもしれませんしっ」


 迷っていたところに巴からグッドアイデアが。確かにクラブのチャットグループならば存在しても違和感はない。『今後もこういうこと』という部分に関して多少以上の思うところはあったけれども。


「今さら抵抗するのも男らしくないし、そうするか……」

「チャットグループってなんか通知がウザいイメージしかないぞ。……でもま、いーか。むしろこっちがリアルタイムで更新しまくってやろ」

「マーヤだけ速攻ブロックしてやるっス」


 悪戯っぽく嗤うマーヤに、渋面の留子。

 こうして俺の今週末は、マーヤに拘束されることが確定した。

 はたして何が待ち受けているのか。想像してみるがさっぱりイメージがわかない。マーヤの私生活って俺が知っている人間の中で一番謎に満ちているところもあるわけで。

 そういう意味ではちょっとだけ好奇心をくすぐられている自分に気付いた。いや、楽しみではない。楽しんではいけない。健全にこの週末を乗り切るために、教師としての休暇を返上したつもりで臨まねばならないだろう。

 しかし、今さらの疑問なのだが。マーヤは俺を拘束する、という報酬に嬉しさを感じているのだろうか。


「ふふん、さーて。どーしよっかなー」


 表情を見る限り、いつになく上機嫌そうではある。その内心やいかに。『楽しみなのか?』とか尋ねたところで逆にからかい返されるのが目に見えているから何も言わないでおくが。

 結局、なるようにしかならない。それ以上の結論を求めてもしかたがないか。

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