特別短編『生足とスプリングボード』★その4

 その後も朱梨、留子共に大苦戦が続いた。 

 そして嬉しい誤算が一つ。くすぐり対象が巴になってしまった場合、誰もアドバンテージを持っていないことになる。朱梨も留子も普段通りの力を発揮できるからだ。


「いくよ、オールイン!」


 けれどもそんなシチュエーションにおいてもなお、巴は強さを発揮していた。くすぐられてもなんともないという身体的優位性が、おっかなびっくりカードを握っていた少女に勇気と自信を与えたのだろう。


「く……このままジリ貧になるよりは。受けましょう、そのオールイン!」


 朱梨が巴とチップ全賭けでの対決を望んだ。今回くすぐられているのは巴なのでその判断は勝算あってのものだろう。残りチップ四枚では飛ばされるのも時間の問題、という危機感も判断材料に違いなかろうが。


「…………降りるっス。フォールド」


 留子は勝負を避けた。巴と朱梨、少なくともどちらかは強いカードを持っているのがほぼ確定した。

 二人がカードをテーブルに叩きつける音。


「くっ……!?」


 朱梨の悔しげなつぶやき。と、いうことは。


「Q対Jで……私の勝ちだねっ! やった……! ハンデつきだけど、ついに私……朱梨に勝てた!」


 巴が朱梨のチップを奪いきった! よし、これで朱梨に対する苦手意識も大きく改善することだろう。巴にとって、躍進のきっかけになるはず。いや、文字通り地を這ってまで成立させた勝負なのだ。俺からすれば、躍進してもらわなければ困るというもの。


「留子、あとは任せます……」


 行け、巴。このまま二人目の強敵も乗り越えてみせろ。それでようやく俺も報われる。


「……任されたっス。いくらヘンタイゲームだとしてもあたしと朱梨がそろって初心者にポーカーで飛ばされた、なんてわけにはいかないっスからね」


 ヘンタイゲームいうな。頼むから。

 それは置いておいて、妙に落ち着き払った留子の声色が気になった。何か、このゲーム攻略の秘策を見いだしたのだろうか。

 確かめてみるか。一対一になったこともあるし、ここからは順繰りだ。まずは留子の足をくすぐりに移動する俺。そしておもむろに手を――


「むぐ!?」


 ――伸ばした直後、留子は俺の顔面に両脚を押し付けた。卑怯な!? これじゃくすぐれない!


「ぐ……むぐ……!」

「センセーうるさいっスよ」


 さらに留子は、足の指を駆使して俺の鼻をつまんだり、頬をこねくり回したりアグレッシブに攻撃をしかけてくる。これは明らかにルールブレイク。審判として忠告が必要だ。


「おい留子……ふが!」


 口を開いたところを……狙われた。なんと留子は俺の口の中に自らの右足を突っこんだ。そこまでやるか。自分の足を咥えられる嫌悪感よりも、勝利の方を優先するというのか。

 留子もまた、この勝負で普段は見せてくれない執念に目覚めた。くすぐりインディアンポーカーが、陽明学園初等部ポーカークラブの踏み切り板(スプリングボード)になろうとしている。まさかの超展開だ。


「さーて、巴。センセーも静かになったところで、改めて勝負っスよ」

「………………」


 余裕を取り戻した留子。巴も何か察するところがあったのだろう。無言の中に緊張感を抱いているのが伝わってくる。


「どうしたっスか。対等な勝負を始めるっス」

「……対等じゃない」

「ん? どういう意味っスか」

「前から思っていたけど……そのパーカーのフード、ズルいよ。留子の顔だけ見えないもん」

「………………ポーカー中にかぶっちゃいけないルールなんてないっスよ」

「そっか。フード被ってないと、私に勝てないって思ってるんだね」

「……強く出たもんっスね」


 ナイス挑発。今に限って、巴は自信に満ち満ちている。すれっからしの留子とも、舌戦でひけを取らない。小学五年生の足の裏を唾液で濡らしながら、俺は感慨深さに震えた。


「留子、脱いでよ。対等な勝負をしよう」

「……………………等価交換」

「えっ?」

「あたしに服を脱げというのなら、巴。あたしも巴に服を脱げという権利があるっスよね」

「ぬ、脱がないよっ!」

「じゃーあたしも脱がないっス。どうしても脱がせたいなら……巴も自分の服を賭けるっス。それが等価交換ってもんっスよ」

「……………………」


 木之下留子、なんて悪魔的な発想を……。これでは巴も万事休すか。


「……わかった。賭けるよ。私と留子の服を賭けて勝負しよう」


 受けるんかい!? 巴はいよいよ自信過剰の領域に突入してしまったか。それともこの部屋に俺が存在することを忘れてしまったのか。

 どちらにせよ、マズい。現在、留子は俺のくすぐりを捨て身の挿入で無力化している(念のため補足しておくがさっきから何度も脱出を試みている。しかしもう片方の足で後頭部をロックされており、狭いテーブルの下では留子の足を口から抜くスペースが足りないのだ)。ハンデなしでの対決ならば、現状圧倒的に留子に分がある。


「服一枚をかけるっス」

「受けて立つよ」


 即答する巴。そして、結果は。


「…………くっ」

「おごれる者、なんちゃらっスよ」


 声色からして、留子の勝ち。巴が、一枚服を脱がなくてはならない状況に陥ったようだ。

 素朴な疑問が浮かぶ。巴たちは今、いったい何枚服を着ている? 季節は晩春。それほど多いとは思えない。さらに小学生であること、靴や靴下は脱衣済みであることを加味すると、たった一枚脱いだだけでも視覚上大問題になってしまうのではなかろうか……?


「さあさあ、言いだしっぺなんだから誠意見せてくれないとっス」

「…………わかってる。それに、まだ一枚ならこの手が残ってる!」

「な! なん……だと……っス……」


 どうした。いったい何が起こった。


「……いやはや。まさかパンツから脱ぐとは思わなかったっスよ」

「ふご!?」


 状況が伝わり俺は意図せず留子の爪先に唾を浴びせかけてしまった。そうか、確かにパンツを先に脱げば、現状の見た目には変化が訪れない。訪れない、が。


「これなら恥ずかしくないもん」

「今はそうかもしれないっスけど、次負けた時が見物っスね。まさかこれで終わりなんて言わないっスよね?」

「もちろん。続けよう」

「待って下さい」


 ヒートアップする巴と留子に水を差したのは、朱梨。


「どうしたっスか? 朱梨に勝負を止める権利はないっス」

「ええ。そうですね。止める権利なんてありません。ですけど、参加する権利ならさっき生まれました」

「え、朱梨のチップは、もう……あ!」

「衣服がチップとして流通し始めた。ということは、私にも参加権が戻ってきたことになります。さあ、勝負です。私は着ている服全てを……オールインします!」

「な!?」

「えっ!?」

「ふも!?」


 ここにきて朱梨の復活参戦、しかも服のオールイン、だと……!?

 巴に飛ばされた悔しさのあまり、完全に我を失っているとしか思えない。


「…………巴、諦めるっス。運否天賦で、全裸になるなんてごめんっスよね」

「…………そういう留子は、諦めてるようには見えないよ?」

「ポーカーから、運の要素を完全に排除することはできません。だからこそ、勝負の行く末が見えない場面で運に一身を任せる覚悟が問われることも多々あります。私が逆転勝利を手にする未来は、いまここで運に全てを預けるしかありません。たとえ、代償が全裸であっても」

「覚悟……。わかったよ、朱梨。私も覚悟する。洋服オールイン、受けて立つよっ!」

「あーあ。二人ともどうかしてるっス。おかげであたしも、その狂気に呑まれちゃったもたいっスね。……あたしも、洋服オールインっス!」


 なんてこった。勝負が成立してしまった。これでもはや、必ず最低一人が全裸になることが確定した。クラブ活動中に脱衣ポーカーで小学生が全裸――監督者として依願退職せざるを得ないほどの不祥事が目の前に迫っている。

 止めなくては。しかし、どうやって……? アツくなりすぎている三人だ。普通に説得するだけで脱衣ポーカーを中止してくれる可能性は低い。

 考えろ。どうすればこれ以上の堕天を諦めてくれる……!?


「……っ!」


 稲妻のような天啓。俺は火事場のクソ力で留子の足を口から抜き、テーブル下の下から這い出た。


「ちょっと待った!」

「止めても無駄です、和羅先生」

「もはやあたしたちは引き返せないっス」

「先生、お願いします! もう少しで、本当の自信が手に入りそうなんです!」


 制止に、聞く耳もたずの三人。それは織り込み済みだ。

 だから、こうする!


「誰が止めると言った?」


 俺はポケットからカードを一枚取り出し、自分の額の前に掲げた。


「え」

「ちょ」

「ま」


 固まる三人。


「その対決、乗った。俺もオールインだ。賭けよう。全衣服を!」


 宣言すると、教室内に重々しい沈黙が訪れた。

 が、やがて。


「……降ります。……負けました、先生」

「こんなの、完全に詰んでるじゃないッスか……」

「…………ますます、和羅先生という人間がわからなくなりました」


 巴も、留子も、朱梨も。掲げたカードを悔しそうに下ろしてくれる。

 防いだ。小学五年生の全裸という不祥事を、すんでの所で阻止することができた。


「そうか。まあ、仕方ないよな」


 ホッとして、俺は掲げていたカードを下ろす。

 ♣2。最弱の、絶対に負けるカードだ。

 つまり、俺と勝負すれば、少女たちは自らの意志で俺を全裸にするという選択をしたことになる。

 できるはずがない……というより、望むはずがない。そんなもの。

 だから三人とも降りざるを得なくなるという確信を得て、この策を思いついたのだ。

 みんなの俺に対する警戒心が急上昇した可能性は否めないが、最悪の事態は免れた。これでよしとしようじゃないか。

 それにしても♣2を偶然持ってて本当に救われたもし仮にAばかりをポケットに忍ばせていた時のことを想像したら……空恐ろしさで震える。



 なお後日、みんな冷静さを取り戻して危うく全裸になりかけたことに激しい羞恥を覚えたようだ。おかげで俺の奇行に対し、三人から感謝の念が伝えられた。

 こうして、くすぐりインディアンポーカーは陽明学園初等部ポーカークラブの黒歴史として闇に葬られ、二度と開催されることはなくなったのであった。

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