特別短編『生足とスプリングボード』★その3
【2】
「念のため最後の確認をする。……本当にやるんだな?」
翌日のポーカールーム。集まった三人の顔を順番に見つめる。
「いや、センセーが発案者じゃないっスか」
「なぜ私たちに確認するのです?」
留子と朱梨が訝しむ。それも当然なのだが……一晩夜を越して怖じけついたというのが飾らぬ本心だった。
三人が勝負して、誰がくすぐる? 俺だ。他に人はいない。マズいのでは? マズいに決まっている。
「過酷な勝負になるだろう。だから、最後に覚悟を確かめようと思ったんだ」
しかし、やましい気持ちでの提案ではないという意志の整合性を保つため、俺の方から中止を宣言するわけにはいかない。あわよくば子どもたちの方から『やめよう』という発言を期待しつつ、態度の上では粛々と進行役を務めるしかない。
「私は、やりたいです。二人からはハンデをもらうことになっちゃうけど、それでもいいなら勝負したい。勝負して、勝って、自信をつけたいです!」
まっすぐこちらを見つめて頷く巴。強い意欲を前に、ますます俺も後には引けなくなった。
「売られたケンカは買うしかないっス。逃げたと思われても嫌っスし」
「私も、挑まれた勝負から目を背ける気はありません。どのような形態であろうと、それがポーカーと名のつくものならば私は受けて立ち、勝利を追求するのみです」
留子も朱梨ももはや何の迷いも抱いていない様子だ。
やはり、腹をくくるしかないようだ。毅然とした態度で、くすぐる。小学五年生女子の生足を。それが今日の俺の使命なのだ。
「みんなの気持ちは受け止めた。なら、始めよう。巴の飛躍を期した、全力勝負のくすぐりインディアンポーカーを」
ぐっと拳を握りしめる俺。こうなったらヤケだ。クソ真面目に取り組むことで、逆にこの競技のけったいさをカモフラージュしてみせる。
「センセーやる気満々っスね」
「どれだけ小学生の生足に飢えているのでしょうね」
逆効果だった。痛恨のミスだ。
「和羅先生、手加減なしでよろしくお願いしますね!」
唯一ピュアな視線を向けてくれる巴の存在が眩しい。その熱意に応えるため絶対に本来の目的意識だけは見失わないでおかなくてば。
巴の成長のため、だ。ルーキーに自信をつけさせるために、くすぐるのだ。三人の足を。
「くすぐりがランダムで入る以外は昨日のインディアンポーカーと同じルールでいいな?」
「構いません。……念のためですけど、和羅先生喋らないで下さいね」
「あー確かに。どの辺から声が聞こえるかで、誰をくすぐってるのかわかっちゃうっスもんね」
「ん、そうだな。じゃあ俺は競技が始まったら口を噤む」
朱梨の的確な指摘に頷く。
それと同時に、朱梨と留子は既に戦略的にこのくすぐりインディアンポーカーを見つめているのだな、ということを悟った。
ブラフを仕掛けてくる。くすぐられても耐えるだけとは限らない。ターゲットではないのにくすぐられているフリをしたり、素直にくすぐりに反応したり、いろんなパターンを織り交ぜてくるつもりだ。
心理戦の経験に乏しい巴にとっては、ハンデを得てもなお厳しい戦いとなることだろう。
「朱梨、留子、よろしくね!」
「お手並み拝見と行くっス。むしろお足並み拝見かもっスが」
「好勝負を期待しています。始めましょう」
三人がポーカーテーブルに向かう。
「誰をくすぐるかは……こいつで決めるか」
俺も粛々と、テーブルの方に向かった。潜り込む前に、三枚のカードを拾っておく。対決では♠を使うようだから、ポケットに♥️と♣と♦を忍ばせておいてランダムで一枚引こう。♥が出たら巴、♣が出たら朱梨、♦が出たら留子がターゲットだ。
よし、準備完了。今後一切、疑問はもたない。俺はいったい何を……は禁句とする。
薄暗い中、それぞれの座り位置を確認。現在の視点だと向かって左が巴、右が留子、背後に朱梨という布陣になっている。
「ではみなさん、靴下まで脱いで素足になってください」
「…………どうしてこうなった、としか言いようがないっスね」
巴のアナウンスにため息交じりながら、革靴とくるぶし丈のソックス脱ぐ留子。
「あの。私タイツなんですけど……」
朱梨が困惑したような声を出す。そういえば黒タイツをはいていたな、今日は。
「脱いで下さい」
なんの躊躇もなく告げる巴。入部テストの時も思ったが、相変わらず要所要所では腹が据わっている。いつでもこの胆力を発揮できるようになれば成績も急上昇するはずなのだが。
「……和羅先生、信じてますからね」
ん? なんのことだ? 理解が追いつかず、俺は朱梨の声に振り向く。
朱梨はちょうどタイツを足首まで押し下げている最中だった。
「っ!?」
速やかに正面へ向き直る。目は合わなかったので気付いてなさそうだが、すまん……悪気はなかった。朱梨が羞恥心を感じて然るべき絵面になっているという、想像力が欠如していただけなんだ。心の中で全力の土下座を捧げる俺だった。
この罪は、機械のように任務を全うすることで償おう。俺は最初のターゲットを選ぶため、ポケットからカードを一枚ノールックで抜き出した。
♣。朱梨からか、よりにもよって。
「それではくすぐりインディアンポーカー、スタートですっ! 先生、お願いします」
巴が大きな声で開幕を宣言。背中を押されるように俺は朱梨の脚元へ匍匐で近付いていった。
白くて引き締まった脛が迫る。足首を握り、まずは軽く指先にタッチ。
「ひゃうん」
おおよそ朱梨の口から発せられることなど想像もできないような喘ぎ声が、ポーカールームに響き渡った。
「おんやー朱梨さん、どうしたっスか~」
「な、なんでもありません」
留子が粘つくような声で探りを入れる。つくろう朱梨だったが、信憑性はゼロだろう。
そして、すまん。俺はもう機械になった。ターゲットに決まってしまった以上、徹底的に攻める。それが今の俺の任務なのだから。
「あっ……あっあっ……ふああ……」
指先を動かすたび、朱梨は切なそうに身をよじる。相当、苦手なようだな……。完璧超人に見えていた朱梨にこんな弱点があったとはある意味皮肉なものだ。
「朱梨、今回は降りておいた方がいいんじゃない? カードもあんまり強くないし」
巴が窘めるように言う。心なしか嬉しそうだ。朱梨に対し、今まで一度も抱いたことのない優越感を覚えているのかもしれない。だとすれば早くも、巴に自信をつけさせるという意味でこの催しは半分以上成功したようなものだ。
なんて、そんな判断はさすがに尚早か。やはり巴にはしっかり勝利を収めてもらう。それが達成条件であることはゆるぎない。
「な、なにを言いますか……んくっ……そんなことを言って、私に強いカードを諦めさせようとしてい……んんんっ……るので、しょうっ?」
くぐもった声が漏れるたび、罪悪感で機械の心がシステムエラーを起こしそうになる。すまん。許せ朱梨。
「や、本当に弱いから降りた方がいいっスよ朱梨」
「おりま……せん……っ。チップ二枚、勝負で……ふわっ……」
テーブルの下からでは、全員の持ち札が確認できない。だから勝負の駆け引きがどうなっているのか知る由もないのだが、なんとなく朱梨は意固地になりすぎている気がする。
「じゃあ、私も二枚賭けます」
「……んー。あたしは降りで」
どうやら巴と朱梨の一騎打ちが成立したようだ。しごく単純に読むなら巴の手が強い。だから留子は降りたのだろう。結果は、はたして。
『いっせーの!』
「10! やった、朱梨に勝てた!」
「くっ……3!? 本当に弱いだなんて……」
どうやら巴の勝利で決着したようだ。目論見通りなので俺も小さくガッツポーズ。
それにしても、思った以上に朱梨は状況判断力が失われてしまっていたな。普段ならば勝負に出たりはしなかったろうに。
これは上手くすれば、かなりの自己効力感を巴に感じさせてあげられる機会になるかもしれない。
あとは、留子がどれほどくすぐりに耐性を持っているかだが。
次のカードを引く。♦。否、断じて意図的に選んだわけじゃない。ランダムに引いて♦が出た。三分の一の確率なのだから素直な分散だ。
というわけで次なるターゲットの生足を目指し這っていく俺。第三者視点からの自分を想像すると空恐ろしくなるが機械なので動じない。
「…………っ」
留子の足首を掴んで持ち上げ、足の裏を五指で刺激する。反応はあったが、朱梨に比べればだいぶおとなしい。常識の範囲内で苦手、といった感じだろうか。
「留子のカード、強いね。これは降りなきゃダメかな」
「さ、さーて。どう受け止め……っ……た、ものっスかね」
巴からの探りに、とぼけて答える留子。通常通りの留子なら、既に巴の発言の真偽は見抜けているはずだ。くすぐりでどれくらい判断力が鈍っているか、もうすぐわかりそうだ。
「チップ二枚賭けます!」
「……私は降ります」
巴が先制攻撃。朱梨は降りた。さて、留子は。
「コール。勝負っ……ス」
受けた。巴の発言は意図的な真実だと読んだわけか。さて、結果はいかに。
「9……勝ちっ!」
「な、5……!?」
巴の連勝! 留子らしくもない読み間違いだ。これは、効いている。朱梨も留子も、くすぐられている間は集中力を保てず心理戦どころじゃないことが発覚した。
いけるぞ。この勝負、巴に圧倒的な利がある。
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