HAND1-07

♠CEOルーム


「楽にしたまえ」

「はっ」


 言われるがまま、おれは立ったまま『休め』の体勢を取った。昔から思っていたのだが、この型のどこに休まる要素があるのだろう。『気をつけ』と大して変わらない気がするのだが。

 もっとも、少しも落ち着く感じがしないのは今置かれているじようきようも関係しているのかもしれないが。

 呼び出されたしゆんかんからかんがあった。今日は定例のレポート提出日ではない。用件はおそらくこの前たのんだ練習試合に関してだろうと推測はつくのだが、そのためだけにわざわざ臨時で招集がかかるというのは、今まで経験したことのない流れだ。


「対戦校はフィエール女学院に決まった」


 やはりヘンだ。前置きがいつさいない。長話がデフォのかいどうしずかがいきなり単刀直入に伝えてくるとは。おれはますますきんちようかんを強くする。

 いや待て、それより。まどっていたせいで反応がおくれたが、フィエール女学院?


「当然知っている学校だな?」

「はい。ポーカーきようごうこうですから。それに……ロウ=ハミルトンのご息女がざいせきしています」

「その通り」


 ロウ=ハミルトン。シンガポールこくせき。日本にIR事業進出をもくむ外資系ぎよう『キング・クラブ』グループのじゆうちんで、日本支社における実質的な最高権力者であると聞いている。

 その一人ひとりむすめ、ハミルトン=しゆと幼少期から面識があるそうで、しゆに対し強い敵意をいだいている。一度テニスか何かでボロ負けしたのが原因らしいが、それ以降ふくしゆうしんらすことなく、しゆの後を追ってポーカーを始めた。

 すでに一度、二人の対戦を見る機会があったが、相当な実力者だ。その時勝ったのは結局しゆで、ハミルトン=はますます敵意をむき出しにするようになってしまったらしい。

 そのハミルトン=率いるフィエール女学院との練習試合か。れそうな予感がする。

 しかし、相手にとって不足なしではある。人間関係を加味しなければ、かいどうしずからしいオファーをしてくれたと言うべきだろう。


「そして厳命だ。勝て。必ずだ」

「…………え?」


 いつしゆん喜びかけた自分にげんめつする。やはり、そこはかとなく感じていたいやな予感の方が正しかったらしい。

 この段階ですでさとらされた。ただの練習試合じゃないな、これ。


「私の、コーチとしての実績を示すためですか?」

「練習試合での勝利を君の実績にかんじようするほど、楽な任務をあたえたつもりはない」


 否定されるのはわかっていたが、わらにもすがる思いでたずねてしまった。どうか『その程度』の理由であってくれと、願わずにはいられなかった。

 かいどうしずかは一度大きく息をつくと、あしを組みリクライニングチェアに寄りかかった。


とままいがどうにもどろぬまでな。『キング』といつちまではめたが、そこからがとして進まん。おたがい根回し合戦にもへいしてきたところだ」


 これは、新規にゆうを進めているカジノの話か。そう言えば、とままいはほぼ手中にできたと思っていたところに、ハミルトンからよこやりが入ったといまいましげに語っていたのを前に聞いた。


「そんな時に君から届いたリクエストは、運命的にさえ思えたよ。我々そうほうにとってな」

「………………と、いいますと?」


 おい。ちょっと待て。話がとんでもなくきなくさい方向に向かってないか……?


「ちょうどい機会だ。そろそろ君にも実務をになってもらおう。フィエール女学院との練習試合に必ず勝て。そうすれば、『キング』はとままいから手を引く」

「っ!?」


 ……正気か、この男は。

 まさか。本物のカジノ利権を、むすめたち小学生の対戦に、委ねたというのか。

 練習試合のブッキングをらいしたら、『キング・クラブ』と『デュース・カンパニー』の代理戦争をまれていた。そういうことなの……か?

 あやうく目眩めまいたおれそうになった。

 完全にたのむ相手をちがえた。安直な自らをのろいたい。

 そうだった。平気でこういうことをする男だ。かいどうしずかは。それくらい頭のネジが何本かブッ飛んでいないと、日本有数のだいぎようつるの一声で動かせないのかもしれないが。受けて立ったらしいハミルトンの方も相当なアレであることは疑う余地もないし、ばくのトップは得てして重度のギャンブラーであるという仮説はある種のなつとくかんさえある。

 とめどなくあふれる思考のだくりゆうに自らみ、おれは脳のキャパシティをくそうと試みる。そうでもしないと、考えてしまう。結果が得られなかった時のだいしようのことを。

 負けたらとままいのカジノ利権が『キング』にわたるのはかくにんするまでもない。とてつもない損失だ。その責任を、おれはいったいどんな形で取らされる?


「理解したか? 返事は?」

「あ、あの。この前のレポートの通り、新入部員はまったくの初心者で……」

「理解したかとたずねている。質問の答え以外は口にするな」

「…………言葉として理解はしました。が、厳しい戦いになることが予想されます」

「君の教育者としての資質が低いからか?」

「………………」


 さすがに『はい』とは言えなかった。ポーカーにたずさわる者としてのプライドもあるし、それに。おれにはまだこの男にすがりついてでもかなえなくてはならない使命がある。


「まあ、君の資質に関しては結果が全てを示すだろう。教育者としてゆうしゆうでないならば、ばんめんえるだけだ」

「……ばんめん?」

「君自身が思っているよりも、私は君のことを買っているのだよ。論理的思考力、有事のたんりよくしゆくうけんでのブラフ。どれも他の業務に流用可能な能力だ。教師として使えないなら、教師以外として使う。それだけの話にすぎない」

「………………」


 つまり、負けた時のだいしようは指導者としての任を解かれるということか……? となると、ひとつのねんきゆうじようしてくる。単なる個人的な意地としてもこんな道半ばで追いやられるなんて考えたくもないが。


「ただ、もしばんめんを変えるとすると一つ不都合が生じる。しゆのことだ」

「………………」


 かいどうしずかからその名が出て、おれかたがこわばる。むすめについて、まさか愛を語るようなタイプの人間ではない。


「表立ってはんこうしてくることはないが、私のこまとして生きるのに相当なていこうかんいだいているようだ。それくらいは会わずともわかる。確率思考を身につけさせるためにポーカーを教えたが、裏目に出たな」


 さすが、するどい。かいどうしずかの言う通り、おそらくしゆは、ポーカーという競技に本気でせられた。将来はプロを志したいというのが本音だと、おれは読んでいる。

 だがそれは、かいどうしずかのプランには入っていない。未来のかくとなる人物のリストに、しゆの名前はないのだ。まなむすめには、もっと重要なポストをあてがうつもりだ。だから、しゆがその夢を口にしようものなら全力でされる。

 しゆもまたそれがわかっているから、なおれいじようで居続けている。少なくとも今のところは。


「その点、君をかんとくしやとしてむすめのそばに置いておけるのは都合がよかった。だがもし、君を別の配置にするとなると、わきあまくなる」

「では、負けた場合……?」

りようでもやってもらうことにしよう」

りよう……ですか?」

「いや、男に『母』と言うのはおかしいか。要するにようめいがくせいりようの管理人として君のせきを残そう。育成は他の者に任せ、君はしゆかんを続けつつ自らの成長に専念したまえ」

「………………………………」


 声にまる。正直に心境をすれば、今頭の中でうずいていることはたった一つだった。


「話は以上だ」

「…………あ、あの。質問が」

「次の予定がせまっているが、認めよう。一問だけな」


 高級うで時計どけいをチラリと見て鼻を鳴らすかいどうしずか。自分の話は長いくせに、他人に対しては厳格なじんさをてきしたいが、そんなことをしたら本題を聞いてもらえなくなるのは確実だ。


「その場合……りようの管理人に格下げとなった場合、私のほうしゆうはどうなりますか?」


 心配しているのは、金のこと。ただそれだけだった。

 おれがこの男についていくと決めた理由は、かいつまんでしまえばかねばらいがよかった。ただそれだけだ。

 その前提がくずれたならば、おれは不条理な飼い犬と化すことになる。


「相応なものになる。言われなければわからないか? こうけいの育成が君の主たる業務だった。それが失われたら、ある程度の見立てはつくだろう?」


 ああ、わかっていたさ。半減どころじゃ済まない。真面目に就職した方がマシだったレベルまで減給されることは、想像にかたくなかった。

 だからこそ、ろうばいかくせなかった。それはダメだ。必要なのだ、金が。おれは今、金のためだけに生きている。どれだけ後ろ指を指されようと、その事実を否定する気すら起こらない。

 かいどうしずかもそれは重々承知しているはずだ。だからこそ、おおはば減給というおどしこそがおれにとって最大のかせとなることを理解しくしてのどもときつけている。

 あくめ。れいてつだけで組み立てられた、数理のあくめ。


「日程は伝えた通りだ。けんとういのる。勝ってとままいの利権を手に入れてくれ。言わずもがな、それが最良の結果だ」

「………………はい、必ず」


 そうだ。勝つ。勝つしかない。勝てば丸く収まる。勝てば、何も失わずに済む。

 対戦まで、約ひと月。あまりにもこころもとないが、ともえにはそれまでにきようごうこうわたえるだけの実力を身につけてもらう。

 できるかどうかなんて自問する余地もない。やるしかない。


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試し読みは以上です。

続きは製品版でお楽しみください!

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