HAND1-06

 先ほどと同じように向かい合ってすわる二人。おれも同様にディーラーのポジションにつく。


「センセー、カメラ使っていいっスか」

のぞきたいのか? 好きにしろ」

「感謝っス。ともえ、ひとつお願いがあるっス」

「お願い? なにかな?」

「カードが手元に来たら、テーブルのフチの所でチラッとめくって見せてしいっス。そこにカメラついてるんで」

「カメラ……あっ、本当だ」

しゆにハンドがバレる心配はしなくていいっス。あたしにだけはつつけっスけどね、ぬふふ」


 部屋のはし退たいしてPCを開く。このテーブル内蔵のカメラはギャラリーに対戦者の手の内を伝えるために用意されたものだ。これがあるからポーカーはプレイングゲームとしてだけではなく、ウォッチングゲームとしての地位も確たるものになった。はたしてプレーヤーには本当に勝負手が入っているのか。それとも世紀の大ブラフを打っているのか。全てつつけで観戦するポーカーは本当におもしろく、そして、次は自分もプレーヤー側に立ってみたいというしようどうを強くげきする。このテーブルカメラが、ポーカーきゆうの立て役者になったと、もはや常識のようにかたがれている。

 小学校の部室にカメラ付きテーブルを常備しているようなところは全国でもそうそうないだろうが。

 さておき、ディーラーポジションの足元にもモバイルPCを置くスペースがあるので、おれも二人のハンドをかくにんすることは可能なのだが……まあやめておこう。それよりともえいに注目して、ポーカープレーヤーとしての資質をきわめることの方が大切だ。


「さっきはともえせんこうだったから、今度はしゆがボタンでいか?」

「構いません」

「あの、ボタン……って?」

「ああ、すまん」


 説明していない用語を使ってしまった。ボタンというのは『ディーラーボタン』の略で、本来は最後に行動を選べるとても有利なポジションのこと。ただし一対一ヘツズアツプになってしまうとボタンがSBスモールブラインドねることになるので、一転して最初に行動する側になってしまう……という説明を、


せんこうのことだ。今回はしゆせんこういかってこと」

 おれはまるっきり省いた。もし、もう一度説明する必要が生じたらその時に改めて正しく解説しよう。もし、そんな日が来たなら。

「なるほど。それなら私も構いません」

 ともえからも異存がなかったので、しゆせんこうともえこうこうで勝負が始まる。おれすみやかにしゆともえの順で一枚ずつカードをすべらせてわたす。今度はもちろん裏返しのままだ。

 さて、どんなカードがわたったか。たがいの表情を見比べてみるが判断は難しい。しゆひようひようとしすぎているし、ともえともえでカードに熱視線を送りすぎだ。本来のNLノーリミツトHEホールデムではともえみたいにカードをにぎったままにはせず、一度手をかくにんしたら後は場にせておくのが慣習なのだが、まあそこは注意しないでおこう。


「オールイン」


 なんてのんながめていたら、背筋に電流が走ったような感覚にさいなまれた。しゆが、いきなりチップを十枚まとめて前に差し出したしゆんかんに。


「え、えっと。先生。これは」

「……しゆは全てのチップをける決断をした。受けるなら、ともえも全てをけるしかない」


 答えるこわいろに苦々しさが混ざっていたことは自分でも気づいていたが、かくしきれなかった。

 確かに、正しいのだ。この局面でのオールインは。

 勝負を始めた段階でたがいにチップ十枚持ち。場代がせんこうこうこうで一枚と二枚せいきゆうされるから、一回りするだけでチップを必ず三枚、場に提供しなければならない。つまり、負け続けたら最低の出費にとどめたとしても三周で全ての財産がぶ。

 えると、おたがいかなりの財政難シヨートスタツクから始まる対決。こういうじようきようおちいったらちまちま小分けにしてチップをけるべきではない。ある程度の手でオールインしてしまうのが最も利益的になる。

 ポーカー、特にトーナメント形式で行われるポーカーとは、とどのつまり相手のチップを全部うばいきるゲームだ。手役がどう、とかその辺は二次的な要素に過ぎない。

 そして、大量のチップを相手から得るためには、自らも大量のチップをす必要がある。シンプルな等価こうかん。だからこそ、財政難シヨートスタツクおちいったら一気に逆転をねらいに行かないと勝ち目がどんどんうすくなる。

 もちろんおれだってルール設定した時点でそんなことはわかっていた。しかし、そこはしゆが『そんたく』してくれると思っていたのだ。これはあくまで入部テスト。利益的なプレーを追求する場ではなく、ともえの適性を量るのが目的。だから『あえて』一枚ずつレイズやコールのきをしてくれることを期待していた。

 しかししゆそんたくなど欠片かけらもなし。あくまでただ、このじようきようで最も利益的なかたを選んできた。

 ポーカーで他人に手心を加える少女ではないことは、理解していたつもりだった。しかしおれはまだ、しゆの信念について理解があまかったことを思い知る。

 絶対に負けるつもりなどないのだ。たとえどんなじようきようで、どんな相手であろうと。


「……では、私もオールインで」


 長考の末、ともえも全てのチップを差し出す。その判断やいかに。もはやだれにもしようとつを止める権利は失われたが。


「わかった。それなら二人ともカードを表にして手を見せ合うんだ。オールイン対決ではそれがルールだ」


 告げると、まずしゆ。続いてともえが二枚のカードを表にする。

 しゆ♦9♠9。

 ともえ♠6♠8

 しゆ、ここでペアを引くか。えげつない。しかも数字の上では完全にともえ支配ドミネイトしている。ともえの方も完全に勝ち目がない並びではないが、しかし。

 れいてきに、おれはコミュニティカード五枚全てを並べていく。オールインになったらもはやきのタイミングは残っていない。最後までカードをめくって、手が強い方の勝ちだ。

 場に落ちた五枚は、♥A♦7♦2♠K♣K。

 両者とも、まったくかすりもしない。こうなれば当然、手札にワンペアのあるしゆの勝ちだ。厳密に言うと場にKが二枚落ちたのでともえもワンペア持ちになるが、しゆの方はポケットペアの9も合わせてツーペア。ワンペア対ツーペアでしゆの勝利。


ともえ、負けだ」

「………………えっと。なんというか。これですっかり終わりですか? 私の逆転は、もうありえない?」

「ルール上そうなる。全部のチップを失ったからな」


 はたして、これでなつとくして入部をあきらめてくれるだろうか。


「も、もう一戦! しゆさ……しゆ! もう一戦勝負して!」


 くれないよな、そりゃ。ここで食い下がらないようなら、それこそ勝負事の適性がない。


「構いませんよ」


 しゆそくだんした。どうやら初めから一戦で終わらせるつもりはなかったようだ。

 それもそうか。オールイン対決はどういても運の要素をはいじよできない。さっきだって、フロップ以降に落ちたカードによってはともえの勝ちになる可能性だってあったのだから。

 しかし、それでともえが勝ったとして、おれが入部を許可するかというと、答えはいなだ。しゆんかんてきな運では、ポーカーの強さを量れない。


「べ、ベットです」

「フォールドです」


 二戦目はともえせんこうで始まり、しゆはあっさり勝負を降りた。典型的なプッシュオアフォールド。自分にい手が入ればオールイン、入らなければフロップを見るまでもなくフォールド。ショートスタックになったらこの戦法が最善手となる。


「オールイン」

「う……。わ、私もオールインで!」


 次の手はしゆが迷わずオールイン。ともえが受けて……あっさりしゆの勝利。


「も、もう一戦お願いします!」

「どうぞ」


 再びチップを十枚ずつ分け合って、対決を再開。おそらくしゆはいくらでも付き合う気だろう。ともえの心が折れるまで。

 おれの中で、自責の念がふくらんだ。この後、ともえはたまに勝つ時もあるだろうが、最終的にはこっぴどくしてこの場を去ることになる。ポーカーのきや手の読み合いといったきんちようかんいつさい知らないままで。

 ポーカーってクソゲー。そう感じて失意をかかえ背中を向ける。それは、おれが他人に植え付けてい感情だろうか。

 しゆを責めるのはおかどちがいだ。あやまちをおかしたとすれば、こんなルール設定で入部テストを開始した自分だろう。

 ちがえたかもしれない。いくらともえを入部させる気がなかったとはいえ、ポーカーのだいいつさい伝えることなくポーカーからはなれる人間を生み出してしまうこと。それははたして、おれあたえられた使命をまつとうしていると言えるのだろうか。


「オールイン」

「…………オールイン、です」


 結局、しゆがオールインした回は毎回しゆの勝ち。ともえは運にまで見放され、これで五連続でチップを全て失った。


「どうします? まだやりますか?」

「お願いします!」


 しゆの問いかけにそくとうするともえ。このねばごしは評価したい。が、しかし。このままいくらかえそうとも進展はなさそうだ。


「降りることも覚えた方がいですよ」


 ともえせんこうで勝負が始まろうとした寸前、しゆつぶやいた。


「降りる……フォールドですか」

「例えば私が次の番でオールインしたとします。その時自分の手がじゆうぶんでないと思ったなら、降りて次の機会を待つべきです」

「でも、降りたら絶対勝てないですよね」


 まっすぐにしゆの目をえ、ともえが主張した。その実、この発言はせいこくを射ている。ポーカーは降りたら絶対に勝てないというのは、ある種の真理ではあるのだ。

 ただしその意味を正しく理解するためには、降りるべき場面を知らなくてはならない。じゆんしているようだが、それがポーカーだ。


「はい。だからこそ待つんです。勝てる手がくるのを。例えばAA……ポケットエースのような最強の手が入った時に、私のオールインを受ければ、まず負けることはありません」


 AA。つまり手札がエース二枚の時。大人数対決の時でも強い手だが、一対一ヘツズアツプなら必勝に近いじようきようとなる。なかなか入る手ではないが、しゆは極論でもつともえの戦法を正そうとしているのだろう。


「AAなら、勝てる?」

「絶対とは言いませんが、負けたらタイミングの悪さをやめばいだけです。待てるまんづよさを示せば、あるいは入部の可能性も……」

「では、オールインで」


 びくり、とポーカールームにきんちようかんがほとばしった。

 ともえがオールインを宣言し、全てのチップを前に差し出した。しゆから最強のハンドについてアドバイスを受けているちゆうで、だ。

 まんできず、ともえおもちをぎようするおれ。信念に燃えたまっすぐなひとみが、変わらずしゆに向けられている。

 かえっての様子をうかがえば、ともえの真意を確かめられるかもしれない。本当にAAが入っているのか、それともブラフなのか。どちらにせよ、ハンドをのぞいているは何かしらの反応を示さずにはいられないはずだった。

 だが、やめた。おれはひたすら、ともえだけを見つめた。

 単純に興味がおさえられなくなってしまった。これがブラフかいなか、ともえ自身から答えが示されるしゆんかんを、のがしたくなかった。


「………………承知です。オールイン」


 めずらしく長考したのち、しゆも全てのチップを差し出した。

 ブラフと読んだか。いや、ちがうな。きっとしゆこうしんで勝負を受けた。いったいともえはどんな手でオールインを宣言したのか。確かめずに終わりたくなかったのだろう。


「二人とも、ハンドを見せて」


 伝えたたん、ふっとともえの全身から力がけ、照れ笑いが口元にかんだ。


「信じてもらえませんでしたか。やっぱり」


 開かれたのは♠2♣6。


「マジかよ……」


 あらゆる意味でおどろいた。ブタ中のブタと言ってもいほど弱い組み合わせだ。

 しゆの手は、♥J♥Q。このおよんで引きが強い。

 フロップであっさりQが落ちて、しゆにワンペアが完成。そのままたがいの手は進展せず、勝負はしゆの勝利。


「……負けました。完敗です」


 力なく笑ったまま、ともえは席を立ちきびすを返した。入部テストは落第。そう自分で判断したようだった。


「待って」


 その背中をしゆが呼び止めた。


「は、はい?」

「聞かせて下さい。オールインを宣言した時、貴方あなたは何を考えていましたか?」


 しゆからのするどい視線にたじろぐともえ。しかしやがて、そのおもちには再びみがかんだ。ただし、今度は少しさびしさもはらんでいるように見える。


「降りたら勝てない。勝てなかったら、ポーカーを続けられない。……ただ、そう思い続けてしまいました。私、今まで心の底から夢中になれるものがなくて、ずっと……なんていうか、さびしかったんです。でも、ポーカーをやってみたら……ううん、のカードにれた時から、なんだかフワッて胸が熱くなる感じがして。……あの時は、カードの絵に夢中になり過ぎちゃったみたいですけど。あはは」

「私に弱い手のオールインだとかれる心配は?」

「不思議とそれはなかったですね……。ただ、勝ちたかった。勝ってポーカーを続けたかった。そのためには今、オールインすればAAだと思ってもらえるかもしれない。それだけを考えていましたけど……ダメだったんですよね、それじゃ」

「合格です」


 おれの方をいつしゆんたりとも見もせずに、しゆが宣言した。おい待て、と止めたくなった。なったが、しかし。


「判断そのものは正しいともちがってるとも言えません。けれど、あの決断の早さと、熱意で不安をおおかくせるたんりよく。そのどちらもが、ポーカーを学ぶ上で大切な資質となります。部長として、私は貴方あなたしい。そう考えます……が」


 ようやくおれに目を向けるしゆ。明らかに判断をあおいでいない。反論があるならしてみろという、ちようせんてきな視線だった。

 そして残念ながらと言うべきかいなか。反対意見はかばなかった。ババきではけなかったともえのポテンシャルを、さっきのオールインでおれしんも感じてしまっていたから。

 ささくらともえおもしろい子かもしれない。


「四年生限定解除、してもいいかもしれないな。君になら」

「ついに五年生に手を出す気になったっスね、センセー。こりゃーあたしのていそうも今日までっスかね」

「お前な……。このおよんで茶化すな……」


 に本気のこうをぶつけていると、ともえはようやくじようきようめてきたといった様子でだんだんとほおを紅潮させていった。


「そ、それじゃ、私……」

ささくらともえさん。ようこそ、ようめい学園初等部ポーカークラブへ」

「ま、とりあえずやってみればいっス。向いてないって思ったら、めればいっス」


 しゆが歩み寄り、それぞれ右手を差し出す。


「こ、こちらこそよろしくお願いしますっ! 私、絶対、絶対がんばりますのでっ!」


 こうに何度もその手をにぎかえし、おをするともえ

 人員問題が今日解決するシナリオはまったくおもえがいてなかったが、自分でも意外なほど不安やこうかいの念はかばない。ババきの時につけた最低評価を、あのオールイン一発でくつがえされてしまった。

 そんな急転直下もまた、ポーカー的でおもしろいか。

 なんにせよ、三人になった。この事実は大きい。


「……って。あ、ヤバ。もしかしてこれで大会にエントリできちゃうっスか」

「ヤバってなんだ。そりゃ、そろったからにはエントリするさ。今月末りだから危ないところだった。初心者をきたえるにはいかんせん時間が足りないが……」

「そのための先生でしょう。それくらいのことができないなら存在価値に疑問を持ちます」


 相変わらずしゆは手厳しい。だが、そのてきにはうなずかざるを得ない。


ともえ。これからかなりみ学習をいることになるけど、ついてきてくれるか?」

「もちろんです! どんとこいです!」


 ぎゅっと両手をにぎりしめるともえ。これだけやる気と熱意があるなら、少なくともへこたれる心配はしなくて良さそうだ。


「わかった。えんりよなくスパルタ教育させてもらう。……それと、一度実戦を経験してもらった方がいいな。練習試合、どこかと組むか」

「そんなガツガツしなくていいっスよ~。……と、言いたいところっスが、あたしもコンピュータ相手ばかりでうんざりしてたところではあるんスよね。遊びにいくのはまあ、やぶさかじゃないっス」


 いや、遊びにはいかん。たいさもなんとか改善しなければいけない問題のひとつであることはかくにんするまでもなかった。実力は確かなのだが、情熱がポーカーに向ききっていない。……いろいろあったから、強くしつせきする気にもなれないが。


「急なもうみで受けて下さるところ、ありますか?」

「んー。まあ、なんとかなるだろう」


 いぶかしげなしゆのんな返事。実際問題として、その手のこうしようごとにはあまり心配をしていなかった。

 何しろこの部は後ろについているパトロンがあまりにも大きい。

 かいどうしずかなら、希望を伝えておけばあっさりどこかと話をつけてくれるはずだ。

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