HAND1-05

「勝負は一対一ヘツズアツプともえにわかりやすいよう、チップはたがいに十枚持ち。どのチップも同じ価値だから、たがいに10ポイント持って始めると思ってくれ」

「なるほど、わかりました。これがチップですかぁ。けっこう重い」


 緑色のラシャがかれたテーブルにしゆと向かい合って|

すわったともえは、ものめずらしげにチップを数枚持ち上げる。黒の100ドルチップ。実際は額面上の価値を持ち、例えば5000ドルを細かく切り割りしてうのが本来のやり方だが、初めての勝負でそれは複雑すぎるだろう。


「……っていうかともえ、ポーカーの経験は?」


 と、一人でうなずいていたのだが、もっと先に確かめるべき大前提に気づいた。役すら知らない段階だと、さらに初歩的なところから説明が必要になってくるな。


だいじようです、友達と何度か! 五枚カードをもらって、一回だけチェンジして、ペアとかストレートを作るんですよね?」


 結論。初歩ではなかったが、二歩目くらいからの説明が必要なようだ。


「半分正解ってとこかな。それはファイブドローポーカー。たしかにそれもポーカーの一種だけど、今、全国の小学生たちが高校野球にまさるともおとらない競技人口で火花を散らしている、最もポピュラーな大会ルールとはちがう」

「えっ? ポーカーのルールって一つじゃないんですか?」

ちがう。細かく分けたら何個あるかおれでもわからないくらいだ。……とはいえ、とりあえず覚えてしいのは『ノーリミット・テキサスホールデム』ひとつだけ。入部テストは、そのルールで行う」

「のーりみっと、てきさすほーるでむ……。な、なんだか難しそうですね……」

「そうでもない。ルール自体は簡単だ」


 そう、ルール自体は、な。

 ポーカーは覚えるのにいつしゆんきわめるのに一生。そんな格言があるように。


「そうなんですね、安心しました」

「まず、一番のちがいから伝える。ファイブドローポーカーでは手札が五枚配られるが、NLノーリミツトHEホールデムでは二枚だ」

「えっ? 二枚しかもらえない? それじゃ、役はペアだけ……?」

「もちろんそんなことはない。手札が二枚しかない代わりに、コミュニティカードというものがあるんだ。……ここから先は、手札をオープンにしながら実際にゲームの流れを見てもらった方がいいかな。まずは二人とも、場代をはらってくれ。今回ともえせんこうだから、場に一枚チップを、しゆは二枚チップを出す。これは強制的にはらわされる参加料だからきよできない」


 言われたとおりにする二人。ちなみに今回は一対一ヘツズアツプなので参加者全員が場代をはらうことになってしまうが、厳密に言うと場代をはらうのは参加メンバーのうち二人だけだ。たとえば九人参加でも場代をはらうのは九人中二人。この、場代をはらう役目を負うポジションのことをそれぞれSBスモールブラインドBBビツグブラインドと呼ぶのだが、その説明は今のところかつあい。……おそらくもう、ともえに指導するタイミングもないだろうし。

 しゆも異存ないようだったので、おれがディーラー役になってともえしゆに二枚ずつ、表向きでカードを配る。言わずもがな、実戦では裏向きで進行する。

 ともえには♥9と♠J。しゆには♣3と♦8がわたった。だんしゆなら絶対降りる弱い組み合わせだが、ここは空気を読んで参加してくれるはず。


「この段階からもうきが始まる。今回はともえせんこうだから、先に行動を選んでくれ。せんたくは三つある。勝負から降りてしまう、フォールド。強気にチップをさらにける、レイズ。あとは、しゆと同じく場代分のチップをもう一枚はらう、コール。ポーカーは相手とけるチップの枚数が同じにならないと、勝負をいどめないルールなんだ」

「フォールドと、レイズと、コール。見た感じ、私の方が強そうですよね……」

「今のところはな。それと、本番は相手のカード見えないから」

「あ、そうでしたね。そういえば」

「今回は説明の便べんじよう、コールしてくれ。しゆもレイズなしでたのむ」

「わかりました」

 うなずいてチップを一枚上乗せするともえ

「説明の回ということですので、従います」


 二人とも言う通りにしてくれたので、さっそくおれは一枚のカードを裏向きに置き、続けて三枚を表にしてテーブルに並べた。


「裏返しで出した最初の一枚のことは気にしないでくれ。イカサマ防止の捨て札みたいなものだから。注目するのは表向きで並んだ三枚のカード」

「えっと。♣Jと、♥Aと、♣6ですね」

「だな。それで、この三枚のコミュニティカードと、自分の二枚の手札。その五枚で役ができているかどうかをかくにんするんだ」


 すなわち、ファイブドローポーカーにへんかんすると、ともえは♣6♥9♠J♣J♥Aという手。

 対してしゆは♣3♣6♦8♣J♥Aという手だ。


「じゃあ、私はJのワンペアで……」

しゆは役なしのいわゆるブタ。現状でもまだともえが勝っているな」

「現状……ということは、まだ私の勝ちは決まってないんですか?」

「その通り。この後、ファイブドローでいうところのカードチェンジに当たる進行があるんだけど……またここできの局面がおとずれる」

「あ、さっきみたいにですか?」

「そう。今回のせんたくは二つ。ひとつはチェック。様子見してこのままゲームの進行を場に委ねてしまう。もう一つはベット。積極的にチップを上乗せしてけて、自分の手は強いんだぞとアピールする。たくさんチップをけるほど、相手が乗ってきたら見返りも大きいからな」


 そして、その逆もしかり。


「なるほど。私は今、ワンペアがあって、しゆ……は役なしなんですよね」

「くどいようだが、しゆが役なしなのは本番だとわからないがな」

「はい。でもワンペアができてるなら……ベットします!」


 そう言ってともえは一枚チップを上乗せした。

 本来であればかなり強気だ。なぜなら場にAが落ちているから。Jはワンペアの中で最強とは限らない。相手の手に一枚Aが入っていればそちらのワンペアの方が強い。

 一方、ヘッズアップではペアができたらもう勝負に出るべき、というのもひとつの戦法だったりする。例えば九人もいる中での勝負なら全体の手札の数自体が九つに増えるから、だれかにAがヒットしている確率も格段に上がる。しかし、参加人数が少なくなればなるほど存在する手札の数も減り、役が完成する可能性も低くなる。事実、今回のしゆは役なしなのだ。だからこのせんたく自体でともえの才能を量るつもりはない。


ともえがベットした。それを受けるしゆには例の三つのせんたくがある。すではらってしまったチップをほうして降りる、フォールド。これ以上の痛手をけるためのてつ退たいだ。次に、コール。同額のチップを出してゲームのけいぞくを望むことを意味する。最後にもう一つ……」

「レイズ」


 しゆが流れるような手つきで、チップを二枚場に差し出した。


「えっ……!?」


 ともえおどろきの声を上げた。現状なんの役も出来ていないのだからその気持ちはわかる。

 そもそも本来のしゆならプリフロップ──コミュニティカードが開かれる前の段階でさっさと降りてしまっていたことだろう。だからこのレイズはチュートリアルに協力してくれている側面が強い。

 さらに付け足しておくなら、ここからのばんくるわせなんていくらでも起こる。それがNLノーリミツトHEホールデムだ。

「レイズ……しゆはチップを上乗せして自分の手の方が強いと主張してきた。これを受けるかいなか、ともえはもう一度決めなくてはいけない。あきらめてフォールドするか、コールするか、さらにレイズ──リレイズするか。どうする?」

「えっと、これ……負けそうなんですか私?」

「いや、はっきり言ってかなり有利だよ。ただ、もししゆの手札が見えなかったら? その時の景色を想像してみて」

「景色、ですか?」

「フロップ──開かれた三枚のカードを見て、もししゆが持っていたらすごく強気になるカードは?」

「あ、Aです……ね」

「その通り。もしたがいの手札がわからないじようきようでこのレイズを受けたら、なやみどころだ。しゆはAを引き当てたのかもしれない。だからこんなに強気なのかも」

「でも実際は持っていない」

「だからこのレイズはブラフだ。いかにも強い手を持っているようによそおって、ともえを降ろしにかかっている。実際はすごく弱いハンドで」

「…………」


 じっと場を見つめ、固まるともえ


「ポーカー、おもしろい……」


 それからぽろりと、そんな言葉をつぶやいた。

 早くもそこに気付けたか。少しだけ、おれの中でともえの評価が上がる。合格点に至るほどではないが。


「さて、どうする?」

「コールします」


 ともえも一枚チップを上乗せしてしゆと同額をける。まあ今降りるというせんたくはないだろう。


りようかい。これでたがいにけるチップの量がつり合った。なら、次の進行に移る」


 おれはもう一枚、カードを表向きに開いた。落ちたのは♣7。


「これは四枚目のコミュニティカード。ターンカードという」

「先生。手札と合わせて、カードが六枚になっちゃいましたけど……?」

「そうだな。でも必要なカードは五枚だけ。だから、その六枚の中で最も強い役になる組み合わせを探して選ぶんだ。それが現時点での手札になる」

「えっと……。♣7が入るとなると……」

ともえの場合は大して意味のないカードだな、♣7は。こういう手札にえいきようあたえなかったカードのことをラグカードと呼ぶ」

「ラグカード、ですか。しゆさ……しゆにとってもラグカードですかね?」

「どうかしら?」


 たおやかに微笑ほほえつづけるしゆ。答えはノーだ。しゆにとってはかなり意味のある一枚が、ターンで落ちた。

 なぜなら現時点でしゆは♣3♣6♣7♣J♥Aという手札の選択が可能になり、♣のフラッシュの目が出てきた。相手の出方だいでは、じゆうぶん勝負になるじようきようだと言える。


「先生、コミュニティカードはあと何枚出るんですか?」

「次のリバーカードで最後だ。場に五枚、手札に二枚。合計七枚のカードの中から五枚選んで役を作る。それがNLノーリミツトHEホールデムの基本中の基本になる。全部のカードが開かれる前にみんな降りてしまって勝負がつくこともあるけどな」


 この、手札が二枚だけ、全員で共通して使うカードが五枚というじようきようが、ポーカーというゲームに多大な戦略性をあたえる。手を読み合う要素がファイブドローに比べてあつとうてきに増えるから、長期戦を運だけで勝ちきるのは不可能に近い。

 きの難しさで言うと、個人的には日本式麻雀マージヤンを上回るとさえ思っている。仮に麻雀マージヤンが運七割、実力三割で決まるゲームだとするなら、NLノーリミツトHEホールデムは運六割、実力四割くらいではないだろうか。


「…………あ、そっか! ……フラッシュ」


 かなりの長考の末、しゆが持つ役の可能性に気づいたようだ。たちまちともえは顔色を悪くする。やはり顔に感情が出やすいタイプなのかもしれない。だとするとやはりポーカープレーヤーとしての適性は低く見積もらざるを得ない。マイナス一点。


「どうする、ともえ? チェックか、ベットか」

「…………チェックで」


 チェックは悪手。ここはしゆにタダでカードを見せにいってはいけない。大きくベットしてリターンよりも大きいリスクを背負わせるべきだった。まあそこまでの戦略性をテストする気はないから、これで評価は変えないが。


「私もチェックで」


 しゆもこれ以上ともえめるのはめたようだ。さすがに手の内が完全にバレている状態でさくしゆしにかかるのはぼうと見たか。

 これが本来の勝負だったら、しゆならどうしたか。想像の余地はいくらでもあるが。


たがいにチェック。きんが成立したのでリバーカードをめくる」


 最後の一枚を開いた。

 落ちたのは♥J。


「あっ」


 思わず声を出したのはともえしゆは何事もなかったかのように微笑ほほえんでいる。


「おめでとうございます。セット完成ですね」


 しゆが胸前で手を合わせた。セットというのは3カードのこと。外国でこの役名は使われず、スリー・オブ・ア・カインド。あるいは略式的にセットと呼ばれる。


「結果、ともえがJの3カードセツトしゆは場に落ちた二枚のJを使って出来るペアが最高の手だから、Jのワンペア持ちということになる。ともえの勝ちだ」

「………………う、うーん」


 勝ったのになやんでいる様子のともえ。Jが落ちるとわかっているならもっとチップをけたのに、といったところだろう。このままならなさもまた、ポーカーのだいである。


「どうだ、ともえ?」

「おもしろいです!」


 ルールと流れはだいたいわかったか、という意の質問だったのだが、ちがう方向から答えが返ってきた。

 そうか。となると、今後ますますつらい体験をさせてしまいそうだ。

 本気になったしゆとのきは、心臓をカンナでけずとされるような痛みをともなうだろう。

 それでももはや、おれから勝負を止められるじようきようではない。見守るのみだ。


「それじゃさっそく本番に移ろう、と言いたいところだが。ともえは役の強さの順ってカンペキに覚えているか?」

「そ、それが……。実は何ヶ所かあやしくて」

「じゃあ手役表がいるな。……この部室にあったかなぁ?」


 辺りをさぐろうとすると、今までみように静かだったがひらり、と紙を差し出した。


「そーゆー流れになると思って書いといたっスよん」

「おお。さすが。人の顔色うかがわせたらナンバーワン」

「なんかとげのある言い方ッスね」

「いやいや本気で感謝してるよ。助かる」


 おれも見せてもらうが、の書いてくれた手役一覧はとてもていねいでわかりやすかった。これは本当にありがたいな。おかげで準備はばんたんだ。



「よし、始めるか。ささくらともえの入部テストを」

「よろしくお願いしますっ!」


 立ち上がり、勢いよくおするともえ


「こちらこそ」


 しゆゆうにスカートを持ち上げ、礼を返した。

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