HAND1-04

♥陽明学園初等部・ポーカールーム


「オールイン」


 しゆが雑に宣言してチップを全て前に差し出す。


「んじゃオールインっス」


 それにも雑に応える。

 両者、持ち札ハンドをオープン。現段階ではどっちが強いとも弱いとも言えない、実にマージナルなハンド同士の対決だ。

 おれが五枚のカードを場に開く。結果的にはしゆの勝ちだった。


「はいはい負け負けっス」

な時間を過ごしましたね。わかってはいましたが」


 は少しもくやしそうな様子を見せずに『お手上げ』のポーズを取り、しゆおだやかな口調で皮肉をおれに向けた。

 確かに、せっかく集まったのだから対戦のひとつでもどうだと提案したのはおれなのだが。


「お前らもなぁ……。確かにこの局面の最適解はオールインだけど、練習なんだから少しは読み合いにんでみようとか思わないのか?」

しゆと真っ向勝負なんてつかれるだけっスよ~。練習でいくら勝とうが負けようが、何も手に入らないっスし」

「私は最適解がある時、常に最適解を選びます。練習も本番も関係ありません」


 たいさはひとまずあきらめるとして、しゆのド正論に対してもおれはため息をらすことしかできなかった。

 ポーカーにはマインドゲームとしての側面と、確率ゲームとしての側面、その二つが複雑に混ざり合っているのだが、いつぱんてきなトーナメントのルールで一対一ヘツズアツプの勝負になると、時間がつにつれあつとうてきに確率論の要素の方が強くなっていく。はっきり言ってしまえばあるタイミングを境に運ゲーになる。

 もちろんトーナメントの最終局面など、何か大きなものがかっているのであればイレギュラーな要素もからむのだが、今はの言う通り、負けても失うものがない。

 ならば一定以上の勝率があるハンドであれば先手はチップぜんけ──オールインしてしまうのが長期的には最ももうかる。受ける方も今のくらいのそこそこな手が入っているならオールインで正解。確率で考えればそうなってしまうのだ。読み合いもクソもなく。


「少しルールを……」


 変えてやり直し──と最後まで口に出す前に、おれは自分の思考を否定せざるを得なかった。ダメだ。どうせしゆは対応してすぐ『最適化』してしまう。小手先でどうこうするより先手オールインでいどんだ方が高勝率、というじようきようにあっさり辿たどいてしまうことだろう。あとは受ける側が自分の手札の強さを見てるかるか。それだけのゲームに落ち着くのは、始める前から目に見えていた。


「ヘッズアップはもういです。ハンドぶんせきしていた方がマシです」


 くるりとを回転させ、PCと向き合うしゆ。確かにAI相手にシミュレーションを重ねる方が、とカードのめくり合いに興じるより成長につながるだろう。

 それは理解している。理解しているのだが、こんな立派な、さいしんえいのポーカーテーブルが用意された部屋に集まっている意味がなくなる。

 ひいてはおれの存在意義が無と化してしまう。すなわちかいどうしずかに対するやくこうになる。これはすみやかにけねばならぬ事態だった。

 やはり、現在このポーカークラブがかかえている大問題と向き合うことを、何よりも優先しなければならない。

 大問題。それは現在しゆ、部員がたった二人しかいないという不測の事態だ。別におれの行動の結果でこうなったわけでは断じてないのだが、しやくめいしてもじようきようは変わらず、このままでは練習すらままならない。

 三人。せめて三人いれば部内対戦でもポーカーの戦略性は格段に増すし、規定人数にも達して大会の団体戦にだって出られるようになるのだが。


「センセー、やっぱ二人だとつまらないっス。かんゆう行きません? メイド服とか着て『ご主人さま~』って口説けばイチコロっスよ。あたしとしゆぼうをもってすれば」

「なるほど名案だ。ここが女子校じゃなければな」


 共学であったとして、それでデレデレ付いてくる男にポーカーの才能があるとも思えないが。しかもおれは強い『女子』の育成を命じられているのだから、男の時点で対象外だ。

 ただ、改めてかんゆうに行くべきというの主張に関しては同意せざるを得ない。そろそろ重いこしを上げなくては。待っているだけでは解決しないのは当然に気づいている。

 問題は、才覚あふれる成績を示している児童はすでに他のクラブにかこまれていたことだった。今さらポーカーにくらえしてくれる可能性は、相当に低い。新学期にちよとつもうしんなスカウトをためしてみてほうほうていで追い返された経験によって、実感として身にみている。

 おれだってしゆたちが思ってるほどのんびり構えてるわけじゃない。ただちょっと心が折れかけてしまった時期があっただけで。

 見知らぬおじようさまからしんしやあつかいされるのはつらいし、せんぱい教師からぶつを見るような視線やキツいしつせきを頂くのもつらい。コネ採用の新人。そりゃあ、多かれ少なかれのも無理はないが。

 という事情もあり、つい『むこうからポーカークラブの門をたたいてくれる救世主』が現れる可能性にけ、待ちの態勢に入ってしまった気持ちも少しくらいは理解してしい。


 ──こん、こん。


 そんな弱音をかべたしゆんかん、部室のとびらからノックの音がひびいた。無意識に、おれは立ち上がっておどろきを全身で表現してしまう。

 まさか、届いた……!?

 おれわらにもすがるようなおもいが、あのな確率の創造主のもとに……!?


「あのっ、失礼します!」


 そんな期待は、現れた少女の顔を見たしゆんかんへなへなとえた。本人には非常に申し訳なく思うが、おれはどうしてもしようちんかくすことができず、すぐ元のすわなおしてしまう。


「あれ、どしたっスか。ともえ


 ほおを染め、そろそろと部室に入ってきたのは、ささくらともえだった。



「ご、ごきげんよう。。職員室で聞いたら、ポーカークラブの活動場所はここだって教えてもらって、それで……」


 もじもじしながらおれたち三人の顔をじゆんりに見るともえ

 はて。おれはわかるが、しゆとも面識があったのか?

 ああ、ちがう。そうか。気づいたんだな。ようめいポーカークラブ特注のカードにえがかれたジョーカーのモデルがだれなのか、顔を見ていつしゆんで。


「それで、どうしたんだ?」


 おれうながすと、ともえいちねんほつした様子で息をみ、それから勢いよくこしを直角に折った。


「お願いします! 私のことも、ポーカークラブに入れて下さいっ!」


 宣言を聞いて真っ先に、おれと顔を見合わせた。はたから見ればたぶん、二人ともそっくりな表情をしていたことだろう。


「えーと。なんでまた急にっスか」

「え、えへへ……。実はお昼にと勝負した時、ドキドキして。あんまり味わったことのない感覚だったから、カードゲームに興味がいて……それに」


 そこでいつぱくおいて、ともえはちらりとしゆを見た。


「ジョーカーのがらがすごくてきで、なんだかひとれしちゃって。……まさか、モデルさんがいるとは思わなかったけど」


 はからずも今、ともえらいんだ。カードにジョーカーとして自分がえがかれていることを、しゆは快く思っていない。

 かえすが、おれたちがプレーする種類のポーカーでは、ジョーカーは使用されない。なのにしゆえがかれた。そこに、かいどうしずかからのメッセージを最初に受け止めたのは、他ならぬしゆだった。

 お前はプレーヤーの側ではない。他のカードに混ざるべき存在ではない。そう暗に念をされていると感じたのであろうしゆは、新品のカードをかいふうするやいなやジョーカーを切り刻む。

 どうせ使わないからいでしょう、と無表情に言われると、おれはもはやなにも口をはさめない。

 だからこの時、おれは強いきんちようかんでもって再び目配せし合った。

 ついにしゆのマジギレをたりにする羽目になるかもしれない、と。


「ポーカーって、ジョーカーは使わないんですよ」


 結論として、しゆはたおやかさを寸分もくずさず微笑ほほえむのみだった。さすがのおじようさま強度だと改めて舌を巻く。


「えっ。そうなんですか、……でも、実物がいらっしゃるなら。むしろそちらの方が……え、えへへ」


 ともえが照れくさそうにりよう?ほほさえた。どういう反応だそれは。


「……貴方あなた、もしかして。その、そういうごしゆ?」


 しゆおれと同じ疑念をいだいたらしく、さっきよりもよほど反応にあせりがかいえていた。


ちがいますちがいます! ヘンな意味じゃなくて。きれいなモノや人に、あこがれちゃうんです。……私には、なにも目立つところがないから」


 あせって両手をったのち、少しさびしそうなおもちになるともえ

 一連の行動に、ブラフの要素は読み取れなかった。

 を見る。軽くかたをすくめられた。にも情報テルは伝わらなかったらしい。ならば本心からの告白か。

 だとすると、良心のしやくからのがれるのは難しそうだが。


「でも、なんだか。運命的なものを感じたんです! 今日、と対戦して、のトランプを見て。だから……いつしようけんめいがんばりますから、私をポーカークラブに入れて下さいっ!」


 もう一度深々とおをするともえ。三度目のアイコンタクトでこんわくを伝え合う、おれ

 ここは、おれゆうじゆうだんな態度を取っては許されぬ場面だな。もんらしく、はっきりと伝えることにする。ただし、なるべく傷つけぬように。


「すまないが、入部は認められない」

「だ、ダメなんですか!? どうして……?」


 深く息をんで、めを作る。ちゃんとした理由が伝われば、あきらめもつくだろう。

 おれはあえて声のトーンを落とし、しんけんまなしでともえに伝えた。


「それは、君が五年生だからだ。おれは、小学四年生にしか興味がない」


「…………」

「…………」

「…………」


 ポーカールーム全体がちんもくした。


「半ば確信していましたが。貴方あなた、やはり……」


 しゆけいべつまなしでおれく。

 そこでようやく、おれは自分の発言に大きなへいがあると気づかされた。


ちがう! ちがうぞ! そういう意味じゃない! 本当だったら三年生の方がもっといんだ! 理想中の理想は一年生だ!」

、通報を」

「やむなしか。さらばかずセンセー」

「話を最後まで聞け!」


 ちゆうからしゆおれの言いたいことを正しくあくしたはずなのに、本当にスマホを取り出すとはじようだんが過ぎる。しかも画面に『110』がんである状態じゃないか。

 これだから五年生は!


「要するに! 新しく何かを始めるなら若ければ若いほどいんだ! だから新規入部を受けるならもっとも理想的なのは一年生だ。けど、この学園はクラブ活動への参加が小学四年生からしか認められないだろ! なら、その最低ラインである四年生のメンバーしか探す気がないって言ってるんだ!」


 いかん、一気にまくし立てすぎた。ここまでしんちように築き上げてきた『おだやかでもくな担任』という教師像がともえの中でくずれてしまった可能性が高い。変な誤解を残したままにしておくよりはずっとマシだが。


「……こほん。と、いうわけで。五年生の入部希望は受け付けてないんだよ」

「ごめんっス。こう見えてこのセンセー、あたしらのこと全国トップレベルのチームに育てる気なんスよ」


 多少言い方にとげを感じつつ、がサポートに回ってくれて感謝するおれだった。チームって、二人しかいないじゃないかとツッコまれるとつらいが。


「そ、そうなんですか……」


 うつむともえ。どうやらこのままお引き取り願えそうだ。


「でも私、がんりますから! 一年のおくれくらいもどせるよう、必死でポーカーの勉強しますから! だから! 例外を認めて下さい!」


 今日何度目だろう。と顔を見合わせるのは。

 実際問題、才覚ありと思ったらやぶさかではないのだ。別に五年生を絶対に入部させないと決めているわけじゃない。ただおれともえのババきを見てしまった。

 あのなおすぎるいから察するに、ともえがポーカープレーヤーとして大成するとは思えない。だからあえて、危険なかんちがいをされてまで四年生にこだわってみせたのだ。


「テストして差し上げればいいのでは? 熱意は伝わりますし」


 もはや、はっきり『才能がない』と告げるべきか困っていると、しゆいぶかしげにおれを見た。そりゃ、この部員不足でもんぜんばらいにしようとするのは不自然だ。気持ちはわかる。なにしろしゆはババき見てないし。

 でもこの申し出はおれにとって助け船になるかもしれないぞ。心ない言葉で傷つけられるよりは、身をもつて知った方が立ち直りも早いだろう。


「……わかった。部長としてしゆがそう言うなら、それくらいは認めよう。じゃあともえ、今からしゆと勝負しろ。その結果を見て、入部を許可するか決める」


 おれがポーカーテーブルを指さすと、ともえは大きく目を見開いて喜びをあらわにした。


「あ、ありがとうございます先生! それに、ええと……しゆさん!」

「呼び捨てでいいですよ」


 にっこり微笑ほほえしゆおれも胸の内だけであんふくらませる。


「それと、お礼を言うのはまだ早いかと。苦手なんです、私。手加減というものが」


 これでともえは、かんきまでに力の差を思い知らされることになるだろう。

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