HAND1-03

◆同教室・昼休み


 小学校のふんなんて自分の卒業した公立校くらいしか知らないが、このようめい学園が世間いつぱんとはだいぶ異なる世界に存在していることは、疑う余地もない。こんなに静かで落ち着いた昼食の風景をながめられるのも、日本の小学校の中ではここ以外にあといくつあるのか。きっと片手で数えて足りる程度だろう。

 給食が出てくるところは他の公立校と同じだ。ぜんりようせいなのだから当然といえば当然なのかもしれないが。

 しかしこの給食がまた、かなりの異世界要素をはらんでいる。当番がはいぜんを行うのだが、最初にたくされるのがテーブルクロスである。この事実を伝えるだけで、おおよその食事レベルが早くも伝わることだろう。続いて白磁の皿が大小二枚。一つにはみずみずしいサラダ、もう一つには緑色のソースとチーズでいろどられたパスタが盛られている。スパゲッティではない。パスタと表現しなければ正しくビジュアルが伝わらないやつだ。さらに具だくさんなスープが付き、デザートにティラミス。

 正直言って、うまい。おれにとって、この給食がいちばんのごそうであり栄養源にもなっている。いつぱんてきなひとり暮らしの青年男性の例にれず、草のたぐいなんぞそもそも買わない。


「あれあれ~、ティラミス一個余るッスね。すずちゃん欠席につき」


 しよくもつせんのありがたみをみしめていると、今日の給食当番が大げさに声をあげた。だ。相変わらずフードをぶかかぶっている。

 いつも注意するべきか迷うのだが、校則によると寒い時は制服の上に一枚何か羽織ってもいことになっている。この辺は要人のお子様を預かってるためか、レギュレーションがユルい。

 だからパーカーを着ていること自体は問題ないのだが、フードはどうなのだろう。かぶっちゃダメとは書いてなくとも、心証としてはおぎよういとはがたく。れいじようを育て上げる立場を任されていて、看過していいものだろうか。

 いつものようにしばし迷った末、結局おれは言葉をんだ。がフードをかぶるのは職業病みたいなものだから、シンパシーを感じる側としてはてきはばかられる。

 多いのだ。ポーカープレーヤーにはフードをかぶって表情をかくそうとするやからが。もそのうちのひとりということ。だから、のがしてやることにする。教師としてではなく、同類として。


「これはいっちょ、やるっきゃないッスね。余りデザートそうだつせん!」


 ティラミスが一つだけ残ったワゴンの前で、高らかに指をてる

 それに対し、周りからの反応はうすかった。さすがおじようさま学校……と、言いたいところだが、そうではない。本当ならば、あわよくばティラミスをゲットしたい。そう考えている児童はそんなに少なくないだろう。

 なのにだれも名乗り出ない理由は、もはやあきらめてしまっているからだ。

 と争っても絶対に勝てない。みなみないどむ前から戦意そうしつしている。


「おんやー、だれいどんでこないんスか。じゃ、給食当番権限であたしがもらっちゃうっスよ?」


 ニヤニヤしながら、はポケットからトランプを取り出した。クラブ活動の時にも使う、デュース・カンパニー社製の特注カード五十三枚。


「じゃんけんならやるけど、とトランプはしない」

「絶対勝てないもん。なんかズルしてるでしょ」


 あちこちから上がる不満の声。そう、過去にも何度か余ったデザートをけてきそったことがあったのだが、そのたびが周りをあつとう。もはやしんがっていどみかかろうとする気力をだれも持ち合わせていないのだ。

 ちなみに勝負の方法はポーカーではない。したたかなはポーカーよりさらに『確実』な方法で、ごれいじようたちをぎやくさつしていった。


「完全運ゲーなんて興味ないっスね。デザートそうだつせんはババきに限るっス。当番権限っス」

「当番権限って、って今日ほんとは給食当番じゃなかったじゃん」

すずさんが休みだと知って、必ずデザートが余るとして志願したんでしょう」

「ふふん。もう当番になっちゃった後なのでクレームは受け付けないっスよん。ババきで決めるっス」

「……じゃあ、やらない」

「私もいい。の好きにすれば?」


 クレームを付けていた二人がティラミスをにらみつつ引き下がった。相当しそうなのだが、きそうというせんたくけた。

 まあ、気持ちはわかる。にババきなんてやらせようものなら、もはやイカサマのような精度で相手の持ち札ハンドを看破してしまう。気持ち悪くて二度と相手にしたくなくなるだろう。


「不戦勝っスか。平和っスね~」


 口笛混じりに、ようようとティラミスに手をばす。余ったデザートのあつかいについては自由意思に任せているのでおれも別にかいにゆうしない。


「あ、あのっ!」


 あとは静かにぶくろが余分に満たされていくだけ。そう思ったしゆんかん、教室に大きな声がひびいた。

 視線が教室の真ん中辺りに集中する。立ち上がってほおを赤らめているのは、ささくらともえという児童だった。

 元気な子だが、クラス内ではあまり目立つタイプではない。成績は中の中。とくちようと言えば、おじようさま学校の児童にしてはおじようさまかんうすいことだろうか。

 いや、むしろかいどうしゆみたいな良家のおじようさまオーラ全開、というタイプの方が、数としてはマイノリティなのだが。


「お、どしたっスか。ともえ……さん?」


 少し迷って、『さん』付けするともえが会話していたところは、見たおくがない。仲はよくも悪くもない、えんな関係だったように思う。


ともえでいいよ、……ちゃん」

「あたしもでいいっス。んで、もしかして興味あるっスか? ティラミス」

「う、うん。実は……大好物で! 私、参加します! そうだつせんに!」

「ふふん。そうこなくっちゃ。おもしろくなってきたっスね!」


 指をパチンと鳴らしてともえに近付いていく。周りではみながフォークを置き、静かに動向を見守りだした。

 おそらくは、がどんなペテンを使っているのか見破ってやろうと息巻いているのだろう。

 だが、それは徒労に終わる。はイカサマなんてしていない。そんな必要はない。ヒラで勝負してあつとうてきにババきが強い。そういうとくしゆな能力を持った人間なのだ。


一対一ヘツズアツプだし、昼休みがしいからカード五枚でいいっスよね。二組ペア作った方が勝ち」

「う、うん。わかった」


 ぎゅっとこぶしにぎり、気合いをあらわにするともえ。……かわいそうに。相手がやる気になればなるほどが有利なのだが。


「そんじゃ、さっそく」


 がカードをぎわよく五枚した。Aが二枚にKが二枚。そしてジョーカー。それらを別々に分け、片方のAとKをともえわたす。


「待って!」


 そこでギャラリーから制止が入った。


「ん? なんスか?」

「そのトランプ、のでしょ。裏になにか印とかあるんじゃないの?」

「私たちによく見せて」


 よほどしんらいされてないらしい。友達作りに苦労しているようには見えないが、どうやらだんから勝負事でもうるいまくっているようだ。

 だいじようなんだろうか。過度に敵意を集められると、『本職』にもあくえいきようが出かねないから心配になってきた。

 ……昔のこともあるし。


「そんな必要ないっスよ。もっと確実な方法があるんで」


 かたをすくめる。その表情にはゆうがある。ふむ。それなら問題ないか。


「センセー、カードチェンジプリーズっス」


 少し安心した矢先、おれに向けて手首を左右に回転させるジェスチャーをした。


もくにんしてやってるだけで、デザートのうばいをしようれいしているわけじゃないんだけどな」

「まーまー。かたいことはナシで。それにセンセー、授業で言ったばかりじゃないっスか。勝率五割をえるちようはんばくは積極的に参加しろって」


 そこをてきされると弱い。確かににとってこの勝負、勝率は五割なんてものじゃない。ともえが仮に、きようてきな才能の持ち主でない限りは、だが。

 おれは鼻を鳴らして立ち上がり、かばんからかいふうのカードを取り出してわたした。ぐせがついてしまうこともあるので、部活ではずっと同じカードを使い続けたりしない。だからおれかばんには、いつでも新品のトランプが入っているのだった。


ともえふうを切って、好きな二組のペアとジョーカーをくっス。それでどうっスか?」


 物言いを付けてた子たちも、そこまでじようされると文句の付けようもなくなったようだった。言われるまま、ともえは慣れない手つきでカードをがしたのと同じようにき、表向きにテーブルに並べた。さっきとは数字が異なる。使うのはJとQで、あとはジョーカーが一枚。


「あたしがせんこういっスか? つまりともえがジョーカーをふくむ三枚持ちで、あたしが一枚選ぶところからスタートっス」

「えーと、うん。それでいよ」


 ともえうなずいたしゆんかんおれは内心で思う。終わったな、と。せめて逆にしておけば、運の要素で勝利をつかむことができたかもしれないのに。

 も相変わらずない。いろいろじようしているように見せかけて、自分にとって一番の利となる先手はさりげなくだつしゆしにいった。ティラミスをゆずって友好関係を深める気はさらさらないらしい。


「さ、好きなようにならえるっス。終わったら合図してくれっス」

「わ、わかった」


 机に額をりようひじかかえるともえの方は配置に迷っているのか、しばしカードとにらめっこを続ける。


「……このジョーカー、カワイイ」


 ぼそりとともえつぶやいた。迷っていたわけではないのかと、かたかしを食らった気分になった。確かにようめいポーカークラブ専用トランプのジョーカーには、大変めずらしいことにうら若き乙女おとめえがかれている。モデルはちがいなくしゆだ。これをかいどうしずかの親バカととらえるべきかいなかは意見が分かれるところである。

 なぜなら、ポーカーでは使わない、除外されるカードだからだ。ジョーカーは。


「そんなんどうでもいから早くするっスよ~」

「ご、ごめんなさい! えっと、じゃあ……うん! 決まったよ!」


 ともえの合図を受けてが顔を上げた。そして、先ほどまでのニヤニヤ顔から打って変わって目元をせ、じっとともえに意識を集中させている。

 よほど訓練しているか、生まれつきとくしゆな才能の持ち主でない限り、人間は、無意識にあらゆる情報テルを全身からろうえいさせてしまう。目元、口元は言わずもがな。最もかくしづらいのは首筋のけいどうみやくに現れる動きだという説もある。だから、ポーカープレーヤーはフードをかぶりたがるのだ。

 そして、した情報テルリーディングの天才だ。他はさておき、相手の仕草から情報テルを読み取る能力に関してはすでに全世界のポーカープレーヤーの中でもくつの実力をほこると言えるだろう。

 だからババき勝負なんて絶対にいどんではいけない。何のトレーニングもしていない人間がジョーカーをかかえたら、いつしゆんでその位置を看破してしまう。

 いちの望みがあるとすれば、ともえが生まれつきのちよう無表情である場合だが。


「あ~」


 うっかりため息をらしてしまった。ダメだ。きようだんからきよを取ってながめているおれでもわかる。ともえの視線は向かって右のカードにくぎけ。あれがジョーカーだ。裏をかいて別のカードをぎようしているという可能性も、この位置だと完全には否定できないが。


「……時短、いいっスか?」

「えっ」

「ほい、ほいっと」

「あ!」


 はルールを無視して、いきなりともえの手元から二枚のカードをった。そしてJとQを表向きに投げ置く。


「えええええええ~!?」


 心底おどろきをかくせない様子のともえだったが、の方もみように意外そうな表情をしている。

 おそらくは、こんなにも顔に出やすい性格なのに、ババき勝負をいどんできたのかとあきれているのだろう。


そつちよくに申し上げて、今まででいちばん楽な相手だったっスね」

「う、うう。もう一回! 今のは……れ、練習ということでもう一回お願い!」


 お。ともえ、意外とおうじようぎわが悪い。

 これはことだ。おれ個人としては、簡単にあきらめてしまう人間よりつづけるこんじようのあるタイプの方が好きだ。

 たとえそれが、どんなにぼういばらの道だとしても。


「えー。ムダな時間としか思えないんスけど?」

「そこをなんとか! どうしてもこのままじゃくやしくて……負けたらなんでもするから」


 その発言を聞いて、フードのおくひとみがギラリと光った……ような気がした。


「じゃあ、ちゃんと対価を出すっス」

「……対価?」

「勝負したいなら、もう一個ティラミスをけてもらうっス。ともえの分の、そのティラミスを」

「ひ、ひとりで三個も食べるつもりなの……?」

「別にあたしは二個でも満足っスけど、勝負するなら利益がないとやる気にならないっス。ていうか、負ける気で勝負にいどむっスか? あたしに三個食べさせるつもりなら、そもそも勝負しなくてよくないっスか?」

「…………………………」


 ごもっともなてきくちびるともえ。守りに入りかけているのが表情から見てとれた。よほどティラミスを全て失ってしまう事態はけたいらしい。

 しかし、やがて。


「わかった。けるよ。私のティラミスを」


 顔を青白くしながらしぼすようにうなずいた。カジノでさいの中身全部をした客でもなかなか見せないような絶望感にあふれたおもちだ。

 正直、そこまでビビるならやめておいた方がいいと思うのだが。


りようかい。じゃ、もう一度カードを持つっスよ」

「……う、うん!」


 感情がたかぶればたかぶるほど、にとってはイージーゲームになる。ただでさえうすかったともえの勝ち目は、もはや完全についえている。本人は気づいていないだろうが。

 に向けカードを裏向きにともえ。今回はどれか一枚をぎようしている様子ではない。もはやそんなゆうすらないのだろう。

 かべているのは、ただ自分のとくえきであるティラミスを失いたくないというきようだ。

 こうなったらもはや、どくせんじようである。


「時短ヨロシク~っス」

「ああああああああ!?」


 またしても二連続で、ジョーカー以外をともえの手から。絶望のあまりともえはへなへなとその場にしゃがみんでしまった。

 かわいそうに。深入りしなければ自分の大好物を失うことはなかったろう。いどむ相手をちがえると人生とんでもない転落が待ち受けている。せめてそれがともえにとっての教訓になってくれることをいのるばかりである。

 ついでにおれは心の中にメモする。

 ささくらともえ、どうやらババきの才能はかい、と。

 となれば、ポーカークラブへのかんゆう対象としては完全に除外だな。

 なんて。もともとこのクラスから以外のだれかに声をかける気などさらさらないのだが。

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