HAND1-01

♠CEOルーム


もりもとかず君。我々が置かれている現状をさいかくにんしよう」


 リクライニングチェアにこしけたままうでみをする絶対権力者の前で、おれは直立の姿勢をくずさぬままばやうなずいた。

 遊具機器メーカーとして国内であつとうてきシェアをほこる『デュース・カンパニー』の最高経営責任者CEOかいどうしずかの話は基本的に長い。省いてもつかえのなさそうな前置きを、ことあるごとにはさまないと気が済まないからだ。


「歯車がくるいだした決定的しゆんかんは?」

いしまつてつこうバカラ横領事件です」


 おれそくとうした。何度答えたかも覚えていないほどかえされた質問である。なんだったら『歯車──』と切り出された時点ではやし回答だってできた。

 命がしいので絶対にやらないが。


「そう。あの時だ、日本人のギャンブル知能指数がとてつもなく低いと、諸外国にバレたのは」


 再びうなずおれ。たしかにきよだいぎようの経営者一族が会社の金をバカラというちようはんばくかし、しかもそれを損失に計上しようとしたあの事件は、多くの国でさぞセンセーショナルに映ったことだろう。

 日本には、ほんまもんのアホがいる。それもだいぎようのトップに。そう宣言したに等しいのだから。

 ただし、それはあくまで小さなもんに過ぎない。

 本物のおおなみは、少しおくれてやって来た。


「そんな折に政府はかつにも始めてしまった。IR事業計画のにん、推進を」


 IR=INTEGRATED RESORT。かいつまんで言ってしまえばカジノ統合型のリゾートせつのことだ。

 ゆうがつせんの結果、ほんぽう第一号のカジノはおおさかゆめしまに造られた。もう十年以上前の話になる。

 デュース・カンパニーもゆうを目指し、そして敗れた。そうぜつな争いの末、カジノ利権を手にしたのは、中国資本のきよだいコングロマリットだった。そのころおれはまだ学生だったから、ほとんど関心のないできごとだったが。


「そしておおさかの『敗戦』以来、日本の金は外へ流れ続けている。じわじわと、しかし、とめどなく。穴の開いたおけに注がれた水のようにな」


 だから、それがどれほどめいてきな事態なのか、理解したのはだいぶ後になってからだ。


「まず当然に、カジノの売り上げが中国に流れる。それに関してはゆうがつせんに敗北した時点でわかりきっていたことだったが、事の重大性は我々のかくを大きく上回っていた。喜んで金をドブに捨てたがる日本人があまりにも多すぎたのだ。いや、全人口比では大した割合ではないのだが……こともあろうにゆうそうがアホばかりだった! 目をそむけたくなるほどに!」


 心底いまいましげに、かいどうしずかこぶしで机をたたいた。分厚いマホガニーがずしんと音をひびかせてれる。

 実際問題、平均して日本人を見ると、むしろリスクを過度にかいしすぎる方が問題であるという統計データが出ている。国民性として語るなら、しつけんやくが得意な人種なのだ。

 しかし金持ちの二代目三代目がアホの見本市みたいになってしまっていた。いつからこうなのか、おれは知らない。

 どうあれ事実として今の日本では、ゆうそうの青年世代に石を投げれば、金銭感覚というがいねんを持たないアホに当たる。

 選民思想の強いゆうそうであるかいどうしずかは、このていたらくが心底まんならないのだろう。毛量豊かなそう白髪しらがが、今にも天をきそうに見えてしかたがなかった。


「さらにみやざきも外資にかっさらわれた。次の候補地であるとままい、そしてしんうちたるおだいまで外国勢にさえられたら日本の財力は骨のずいまでしゃぶりくされるだろう。官民一体となっての対策が必要になったことを、もはや議論の種にする時期ですらない」


 もう一度おれうなずく。そつこうせいのありそうな対策というと、まず自国民のカジノ入場制限というものが考えられるが、それは過去に隣国で成果が出なかった。しかも締め出すべきターゲットが政界に強いえいきようりよくを持つゆうそうだから、くにではためしてみることすら難しい。入場料をさらに値上げするというのも、同じ理由により逆効果になる公算が高い。


「何をすべきか。まず、せいこうほうとなる第一の矢は我々がゆうがつせんち、アホのドブ金が国内だけで回るように導くことだ。外にらしてはいかん。これは私の仕事だから、ここの社員ですらない君には今のところ関係のない話だがな」


 その手の関係のないことまでいちいち口に出すから、貴方あなたの話は長いのだ──というそつちよくな感想を、おれは何食わぬ顔でんだ。これもトレーニングのいつかんだと思うことにする。

 なお余談だが、外国ぎように金を持っていかれるのが問題なら国の方針として外資をシャットアウトしてしまえばいのではと、おれも知識がなかったころは思った。だがそれは条約その他大人の事情で難しいらしい。

 それに、国内の資金が流出しているとはいえ、税収という形で政府にはしっかり金が入ってくる。

 どれだけ民間がエナジードレインされようが、政府ウチに入ってくるんなら別に外資でもよくね? みたいなことを思っているやからたちが政権をにぎっていたら、とてもおそろしいことになる。仮定の話、あくまで仮定の話だが。


「そして第二の矢が国民に対する幼少期からの教育だ。文科省や私立系のエスカレーター校と組みてつていてきな数学──特に確率論を重視したカリキュラムを推進。さらにルーレットやバカラなどのゲームがどんな仕組みなのか理解させるため、子どもの玩具おもちやにそれらを取り入れる。当初はていこう勢力が大きかったが、アニメやゲーム、アイドルタレントを表に出した草の根のPR活動がようやく実を結んだ。今や学生たちは手軽にカジノゲームを日常のゆうに取り入れるようになり、そのうちの何割かがちゃんと気づいた。こんなの長期的にやったら絶対勝てるはずのない無理ゲーだと」


 かいどうしずかからこの話を初めて聞いた人間は、いくらかじゆんを感じることだろう。デュース・カンパニーはカジノのどうもとがわになろうとしている会社だ。それなのに公的機関と手を組んでまで客のさいひもめようとするのはなぜなのだ、と。

 答えは簡単。『それでもアホはやってくる』からだ。他国のカジノ事情をかんがみれば実証を待つまでもなく明らかなことだった。

 情報化がおおよそ行き着くところまで行き着いた現在、社会の構図は数学的思考のできるやからシヤークで、できないやから餌の魚フイツシユだ。それは何もカジノに限った話ではなく、ほぼ全ての業種に当てはまる。

 すなわちかいどうしずかは金の流れを日本国にとって適正なものにしたいのだ。

 国内ぎようとしてIRのきよてんを制することで、アホがカジノに落とす金が外国へ流れるのをする。

 ゆうそうの子どもが多く通う私立いつかんこうを中心に若者のギャンブルIQを高めておくことで、未来のドブ金シューターの内訳から日本人のゆうそうを可能な限り除外する。

 それが自分の使命だと考えている。

 民間から多額の金を巻き上げているところにさえ目をつぶれば、誠実な愛国者と呼ぶべき存在なのかもしれない。善か悪かで分けると……ノーコメントだが。

 さておき、かいどうしずかの構想はここまで一進一退ながらも着実に動き出していた。何度目とも知れぬ教育改革がやっとのことで功を奏し、日本人のいわゆるエリート組が数学力をもどしつつある。

 代わりに副作用も発生してしまったのだが。


 副作用。それは、日本におくれてやってきた空前のポーカーブームだ。


「第三の矢が必要になったのはまったくの誤算だった。まあ、正しい判断ではあるのだがな。カジノで長期的に勝てる可能性のあるゲームはポーカーしかない。それは確かなのだ」


 あとはブラックジャックもですよね、とあやうく言いかけてツバをんだ。おれしんがこれ以上話を長くしてどうする。それに、ブラックジャックで大勝ちをかえすとカジノから出入り禁止にされてしまうから『長期的に』という部分は確かにあやしいわけで。

 その点ポーカーはよほどの素行の悪さでも発揮しない限りずっとカジノの『客』でいられる。そして、実力だいでは勝つこともできる。

 なぜか。それは他のゲームが『カジノVS客』の構図になっているのに対し、ポーカーだけが『客VS客』の構図になっているためだ。カジノ側はポーカーテーブルを提供し、全員から均等に場代を回収すること以外では、客の金に手を付けない。

 だから、ポーカーは強いプレーヤーが勝ち続ける。


「ポーカーを選んだというこう自体はちがいではない。だがしかし、くにあつとうてきポーカー後進国だ。外国のどもを相手にするのはあまりにも早すぎる。結果、日本のカジノはらしのポーカープロにとって絶好のと化してしまった。おおさかにもみやざきにも、ゆうそうからの資金流出を止めるには無視できないレベルの大穴が開きつつある」


 ここ数年でようやくじようきようが変わってきたが、ポーカーというゲームの愛好者が世界中にあふれかえっていることを、かつての日本人はほとんど知らなかった。最も大きな世界大会であるワールド・シリーズ・オブ・ポーカーWSOPの優勝賞金が、日本円にして十億をえるという、べらぼうな市場規模であることも。

 個人的には、競馬などの公営競技と日本式麻雀マージヤンおもしろすぎるせいでギャンブラーがガラパゴス化してしまったのではないかとんでいるが……それはさておき。


「さて、ここでようやく君の登場だ」


 本当にようやくだ。今までの話、はたして今日改めておれに聞かせる必要はあったのだろうか。

 かえしになるが、必要なくても話すのがかいどうしずかで、だからこそかいどうしずかの話は長いのだけれども。


「外国勢とのIR戦争を制すための第三の矢、それは若きポーカープロのかつやくと新人育成だ。カジノの内側からではなく、外側からのかくとして海外のゴロツキどもをかえちにする。そのためのトランプ切り札をどうにかせねばならんのだ。らいえいごうわたって、な。だから君をスカウトし、手の内に引き入れた」


 おれが初めてかいどうしずかと言葉をわしたのは、大学在学中だった三年前。WSOPの出場権をけたトーナメントに出場し、三位で権利をのがした直後だった。確率的には勝って当たり前くらいだった手を、うそみたいな悪運にらされた。

 失意のさなかだったおれの前にかいどうしずかえんりよに現れ、いくつかのこうかん条件を提示した。

 ──今後おれがプレーヤーとしてさらに成長するための、こうきゆうてきなサポートを約束する。

 ──その代わり、こうけいの育成にも全面協力してしい。

 おおざつにまとめればそんなところだ。

 数日なやんだ末、おれかいどうしずかの申し出を受けることに決め、今こうして長い話を聞かされている。

「それではさっそく先週の活動報告をしたまえ」

 どこが『さっそく』なのやら。こんな長話が毎回オプションでついてくるのは何よりも想定外だった。

 ……いや、それは言い過ぎか。長話は『想定外』の中でせいぜい三番目くらいだろう。

「承知しました。ようめい学園初等部ポーカークラブの現状ですが、相変わらず問題なのは──」

 二番目の想定外はさしずめ、おれの就職先が、ぜんりようせいの女子小学校になってしまったことだ。

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