プロローグ


 おれはなぜか、ささくらともえの横顔ばかりを見つめていた。

 とがったをむき出しにしてわらうマーヤ=オーケルマンでもなく、顔面そうはくでうつむくしたでもなく、しようともえのことが気になった。たった今正念場をむかえているのは、明らかにマーヤとの方であるのに。

 りんとして、ともえは順番を待っている。一度だけちらりとのぞんだ二枚のカードをテーブルの上にせたまま、まっすぐマーヤの顔を見つめている。

 十さいの少女であることを忘れてしまいそうになるほど、ともえひとみにはかくが宿っていた。


「…………オールイン」


 消え入るような声と共に、がチップの固まりを前に差し出した。

 完全に負けを確信している。

 それでも、もはや後には退けないじようきようなのだ。ひとつ前のしようとつは大敗し、すずめなみだほどしかチップを持っていない。そして今回、すでにマーヤともう一度真っ向勝負することをせんたくした以上、全てのチップをすことでしか生き残りの可能性はゼロだ。どのみち死ぬなら前にすしかなかった。

 ポーカーというゲームに宿るあくが気まぐれに起こすぐうぜんせきに身を委ねることが、ゆいいつの生存ルートとなる。

 たとえそれが、紙よりもうすい氷の上を歩くような道だとしても。

 フロップで開かれた三枚のカードは──なるほど、いやな感じだ。相手がマーヤであることを加味すれば特に。

 先ほど負けたばかりなのにかんに勝負に出たということは、の手はいいはず。

 しかし、それをあっさり台無しにしかねない三枚だ。なぜならマーヤはどんな局面でも勝負に参加してくる。這い寄る十徳ナイフリンプ・ビズキツトの異名は伊達だてじゃない。

 おれは全員の持ち札ハンドのぞいてみたいしようどうられた。事実、可能ではあるのだ。ここにはカメラでだれが何のカードを持っているのかえつらんするための設備が整っている。

 しかし、命運のかったしんけん勝負に敬意を表し今日は使っていない。不完全情報ゲームを不完全情報ゲームのまま観戦している。

 やはりめておこう。別に自ら情報テルを顔に出してしまう心配をしているわけではない。ポーカープレーヤーとしての自分を、そこまでは過小評価しない。

 ただ、見守りたい気持ちがまさった。この一戦を、ノーリミット・テキサスホールデムというおれが愛してまないゲームそのままの姿で。


「アンタの番だよん、トモエ」


 指先で三枚のチップをもてあそびながら、マーヤはかたひじいた。もはやとの勝負付けは済んだと言わんばかりの態度。実際かなりの確率でその通りなのだろうが。


「………………」


 静かに深呼吸を続けるともえ。長いちんもくが続いた。おそれも希望も、ともえおもちには現れない。ただひたすらまっすぐ、ともえはマーヤを見つめ続けていた。

 マーヤも同じだった。意味を読み取るにはとうめいすぎるうすわらいをずっとかべたまま、ともえの視線を正面から受け止めている。


「………………っ」


 おおよそ二分。おそらく本人たちの体感では優に十分以上に感じたであろうにらいの末、ともえの右手が、すうっと水平に動いた。


 ついに。運命の歯車──その最後の一枚が回り出す。

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