五章 困難に打ち克つ。「ナスタチウム」

  五章 困難に打ち克つ。「ナスタチウム」


残り――――十九日


「で、なんでここに隆樹くんがいるのかな?」

「昨日は、「それはやめた方がいいよ、これ以上は…」なんて言っていたのに」

「そんなじゃない。てかそんな事いったか?それにただ…通りかかっただけで、そう偶然通りかかったんだ」

「通りかかったね。ここは隣県だよ、偶然通りかかったにしては、少し苦しい

言い訳だよ」

「細かいことは別にいいだろう。それより君の方こそ様子を見に来たんだろう?僕も一緒に行ってあげるから早く行くぞ」

「そうだね早く行こう」

いつもは、早くかえりたいとか言ってる割には結構まじめな優しいとこがあるんだよね隆樹くんには、でももう少し素直になって欲しいな。

この数日間、私たちの協力をもとにやっと手がかりを見つける事ができた。

そして今、その手がかりでたどり着いた家の前まで来ていた。

「中に入らないのかな?さっきからずっとああして立ち尽くしているよ」

これから自分を捨てて出て行った家族と会うんだ、会う決心がついたっていってもまだ全部を受け止めきれわけではないんだろう。

「少しだけ待っていよう」

葵もそれ以上は何も言うことはなかった。

彼はもう後戻りできないだろう。

彼はまた大切な物を失ったと思うかもしれない。

彼にまた残酷な思いをさせることになるかもしれない。

だがそれでいいんだ、自分の運命と向き合い未練を断ち成仏することが目的なのだから。

数分後、多茂津さんは覚悟を決めたように一歩を踏み出した。

「僕達は多茂津さんが出てて来るのをここで待っていよう」

「あれ?ここまで来たのに最後まで見届けないの?」

「ああ、ここからは多茂津さん自身の問題だ、僕達が土足で踏み入るようなことはできないだろ」

「確かにそうだね、隆樹くんならそう言うんじゃないかと思ってたよ」

「それはそうとなんであの時に言ってあげなかったの?本当のことを」

「それは、自分で自分の運命と向き――」

「建前はいいの。本当のことを教えてほしいの」

「それは…多分、彼は僕の言ったことを信じなかったと思ったからだよ。

どれだけ本当のことを言ってもどれだけ正しいことだとしても、多茂津さんは信じなかった、そう思ったからだよ」

「でも彼は自分の運命と向き合おうとしたんだよね?」

「ああ、それでもだ、他人を簡単に信じるということは難しいんだよ、特に一度裏切られた人はなお信じることは難しいと思う」

「なるほど、そうかもしれないね」

葵にはああ言ったが心の奥では僕も信じていなかったのかもしれない。だがどんなに信じてもらえなくても折れず伝えるべきだったのかもしれない。

「中に入ってから二時間くらい経ったけど全然出てこないね」

「確かに少し遅い気もするな」

そんな会話をしていると多茂津さんは家の中から出て来た、彼はこちらに気づいたのか僕たちのいる方に向かって歩み寄ってきた。

「なんだ君たちも来ていたのか」

「申し訳ございません、少し気になって様子を拝見させてもらいました」

「いや、ここまでしてくれたんだ気にしてはいないさ」

「それでどうでした?」

「どうでしたか?か、正直に言ってまだ気持ちの整理がついていないのが今の現状だよ」

「君は知っていたんだな」

僕は何も言わずにうなずいた。

「君があそこまで俺に「現実と向き合え」って言った意味が妻が書いていた日記を見てやっと真実が知ることができたよ」


「俺は別に家族に、妻に裏切られたわけじゃなかったんだな。俺が何も知ろうとしなくて勝手に勘違いしていただけだったんだ」

「むしろ知ろうとしなかった俺の方が悪かったんじゃないか」

「そうですね、あなたは親友に裏切られた絶望で家族すらも信じることをできなかった。最後まで自分の家族を信じることができなかった多茂津さんあなたの責任です」

「隆樹くんなにもそこまで言うことは」

このくらい言っておかないと、きっと自分への嫌悪感と罪悪感で押しつぶされるかもしれない。それじゃあ未練を断ち切ることにはならない。

「俺はどうしたらいいんだろう」

「霞(かすみ)の自殺を知ってしまった今、俺はどうしたらいいんだろうか」

「それは僕達には分かりかねます。ですが、あなたはこの事実を知ってどうしたいと思いましたか?霞さんが亡くなった今も多茂津さんの息子さんは今も毎日、息をし続けています。生きることを諦めた霞さんの代わり多茂津さんの代わりに精一杯生きています。それ踏まえてあなたは最後に何をしますか?何をしたいですか?」

「……」

「息子に手紙を書きたい、最後に息子に伝えたいことがある」

最後にできること、それは裏切られすべてを失った今の多茂津さんだからこそ伝えることができるメッセージ。

「ちょっと隆樹くん、私たち死神は成仏の手伝いはするけど、生きている人に手紙を渡したり、伝言などの干渉行為は禁止されているんだけど、もしそれを破れば厳罰ものになる可能性だってあるんだよ」

「厳罰か…それでも僕は多茂津さんの意志を尊重したい。彼は息子さんに手紙を書きたいって言ったんだ、男なら一度手を出した仕事なら最後までやりきるしかないだろう」

嘘だ。本当の僕はこんなことを言うやつじゃなかった。今までは他人のことなんて気にかけてこなった。厳罰だって本当はものすごく怖い。

「隆樹くんがそこまで言うなら私は止めはしないけど、どうなっても知らないからね」

「ああ、俺がそうしてやりたいと思ったんだ、どうなっても構わないさ」

「なんだか隆樹くんってば最初に合った時を少し変わったね」

「そうか?僕は初めからこんなんだと思うけど」

嘘だ。これもあれも本当の自分じゃない。僕はいつから変わってしまったんだろう。

「いや確かに変わったよ、 今の隆樹くんはすごく頼もしい」

「今なんて言ったんだ?」

「別にー」

もしかしたら、僕が変わり始めているのはこの子と、葵と出会ってからかもしれないな。

「どうですか多茂津さん手紙方は、伝えたいことは決まりましたか?」

多茂津さんは黙って手紙を差し出した。僕はこの手紙に岡崎 多茂津のすべての思いが詰まっていると思った。

「隆樹くん、俺のいや私の最後の頼みです。この手紙をどうか息子に渡してください、お願いします」

「もちろんです。多茂津さんの最後の望み、確かに受け取りました。必ず息子さんの元へ届けさせてもらいます」

「ありがとう、隆樹くん本当に、本当にありがとう」

「葵さんもありがとう」

「君たちに世話になりっぱなしだったな、感謝してもしきれないくらいだよ」

「いえこれが私たちの仕事ですから」

「こんないい仕事は他にないと私は思うよ、誰かの救いに、助けになる仕事」

「そろそろ私は行くとするよ、後のことは頼んだよ」

「任せてください。それでは本当にこれでお別れですね」

「次に生まれ変わるときは良い人生でありますように」

彼は、初めからこの世には存在していなかったかのように消えていった。

「葵、置いて行くぞ」

「置いて行くってどこに行くの?」

「決まっているだろう、多茂津さんの息子さんの所だよ」

「さすがに遅すぎるよ、もう十時をまわっているんだよ。また明日出直そう」

もうそんな時間か確かにそれもそうだな、今から行っても迷惑になるだけか。

「なら明日、僕が仕事を休んで行くことにする」

「一人で?」

「ああ、これは僕の仕事だ葵には迷惑はかけられない」

「でも……」

「それに僕、一人の方が何かと都合がいいんだよ」

そうだこれは僕の仕事だ僕の勝手に葵を巻き込むわけにはいかないよな。

「隆樹くんがそこまで言うなら、うん、任せるよ」

「そうしてくれると助かるよ」

「なら今日はこれで解散だな」

「ねぇ隆樹くん。もしも、もしもだよ、いつか私が助けを必要としたらその時は隆樹くんは私を助けてくれる?」

「いきなりどうしたんだ?」

「ごめんね、急にこんな事聞かれても困るよね」

「助けるよ」

「えっ」

「助けるって言ったんだ。君がどこにいても何があっても僕を必要としてくれればきっと助ける」

「冗談だったのにそこまで言われると少し照れるよ」

「葵、よかったら家まで送ろうか?」

「大丈夫、大丈夫。それじゃあまた今度。いい報告を待ってるよ」

「もちろん。じゃあ、おやすみ」

「うん。おやすみ」


 ―次の日―


 僕は学校が終わると家にも帰らずに急いで多茂津さんの息子さんのいる神奈川県へと向かった。

いざ家の前まで来るといろんなことが頭を過る、いきなり見ず知らずの人が来て君のお父さんからの手紙だなんて言っても信じてもらえないんじゃないか、もしくは…いや多茂津さんが必至の思いで書いた手紙なんだ僕が渡さなきゃ誰が渡すんだ。そう自分に言い聞かせた。

「よし」

そう、覚悟決めインターホンを鳴らそうとすると「おばあちゃんなら今は出かけていると思いますよ」と後ろから声をかけられた。

「もしかして、君が健太くん?」

「そうですけど、お兄さんは誰なんですか」

「僕は宝田 隆樹と言います」

「もしかして、おばあちゃんに用事があるんですか?」

「違うよ、僕が用事があるのは健太くん君なんだよ」

「僕ですか?でもお兄さんと会うのは今日が初めてですよね」

「確かにそうだね、僕が今日会いに来たのは健太くんのお父さんに君宛の手紙を預かっているからなんだ」

「お父さん?手紙?」

「でもあの人はこの前亡くなったっておばあちゃんが」

「ここだけの話なんだけど、亡くなったお父さんと僕はあった事があるんだ、そこで君のお父さんにこの手紙を渡してくれって頼まれたんだよ」

「僕は読まない」

「え?」

「僕は読まないって言ったんですそんな手紙。僕はあの人の子供じゃないから」

中学2年生のそれとは思えない言葉が出てきて驚いた。

「お兄さんもあいつらと同じなんですか?」

「それはどういうことか教えてくれるかな」

「お兄さんも僕のことを犯罪者の息子だって思っているんですよね?お兄さんも他の人たち同じだ」

「僕は健太くんのことを犯罪者の息子なんて思っていないよ。それに健太くんのお父さんは犯罪者なんかじゃないんだよ」

「ならなんで自殺なんかしたんですか?みんなはあの人は逃げたんだって」

「それも違う、君のお父さんは犯罪をしたわけでも逃げたわけでもない」

「ならどうして自殺なんかしたんですか」

「今まで積み上げてきた名誉、築き上げてきた信頼それは家族だって同じだ。それを一人の手によって一瞬で奪われたからだよ」

「今の健太くんにも分かるんじゃないかな」

「僕にも?」

「僕は……お父さんが捕まったことを学校のみんなが知ると今まで仲良かった友達も先生でさえ僕から離れていき気づけば僕の周りには誰もいなくなっていた。僕は悪くないのに全部お父さんがしたことなのに、誰もがお父さんがしたことだと思っているのにたった一人お母さんだけが最後までお父さんのことを信じていた」

「けれど分からないんです。なぜお母さんがお父さんを信じることができたのか」

けどお母さんも決して強い人ではなかった、日が経つうちにみんなの風当たりも強くなり、お母さんは職場で虐めを受けるようになっていた。そのころだ、僕への嫌がらせも始まったのは。初めは「このくらい平気だから」なんていっていたお母さんだけど虐めは次第にエスカレートしていき、ついにはノイローゼになり自殺をしてしまった。

「どうしてですか、お父さんのせいで最後まで信じていたお母さんまで僕の前からいなくなるんですか」

さすが親子というわけかこの子には多茂津さんの面影陰が見えるようだ。

「どうだ、君が友達だと思っていた奴らにこうもたやすく見捨てられた今の気分は」

「さぞ悔しいだろう、さぞ憎いだろう母親を自殺に追い込んだ人たちがさぞ憎いだろう」

「だから今の君には分かるだろと聞いたんだ」

「だが、その苦しみや怒りは君だけじゃない、お父さんだって親友を信じた挙句に裏切られ家族にも見捨てられたと思っていたんだ」

「実際、君はお父さんのことを信じてこなかった、自分が裏切られた時だけ文句を言うなんて虫が良すぎないか」

「しょうがないだろう学校の人も近所の人もみんなお父さんのことを疑っていたんだ」

「みんな?それがどうした。みんながどう言おうと関係ないだろ、君には自分の意志がないのか、自分で考え、判断することができないのか」

「そんなことはない、君は自分で物事を考えることができるはずだ。決して周りに流されるような人間じゃないはずだ。だって君は今この瞬間僕に対して自分の意志を示してるじゃないか」

「君はどう思っているんだ?本当にお父さんは犯罪に手を染めたと思っているのか?僕は岡崎 健太自身の言葉で聞きたい。周りがなんて言ってようと関係ない、君の言葉で話してくれ」

「僕は―お父さんを信じたい、いや信じる。お父さんは絶対に横領なんかする人なんかじゃない。お父さんは自分のことより他人のことを助けてしまうどうしよもない人だった、けれど僕はそんなお父さんがかっこいいと思っていた。僕も人の役に立ち人のためなることをしたいと思っていた」

「思っていたか。今はどうなんだ?」

「なる資格もなることもできないよ」

「なんでだ?」

「僕は最後まで人を信じることができなかった自分の両親でさえ。だから僕には資格ないんだよ」

「資格か、人を助けるのに資格なんているのか?別に資格がなくたって人はいくら助けたっていいじゃないか、だが自分には資格がないって言って諦めれるんだったらそれぐらいの夢だったってことだ。よかったなそれが早いうちに分かって」

君は怒りたいだろう、自分の夢を他人に否定されたんだからな。

「違う」

「何が違うんだ?」

「僕はまだ諦めてなんかいない。僕の夢をそれくらいだなんて誰にも言わせない」

「そうだ、人間生きていれば失敗することや迷うこともある。けれど失敗した人は挑戦をしたからだ、迷っているの前に進もうとしているからだ、君は今しっかりと生きている誰がなんと言おうと」

僕は何を言っているんだ、挑戦することも諦め前に進もうとしたことも諦めたやつが何を言っているんだろうな。僕の方こそ資格がないじゃないか。

「なぜかお兄さんに乗せられた気もしますが、でもありがとうございました」


「失敗した人は挑戦したから、迷っているのは前に進もうとしているから。この言葉覚えておきますね、いつかまた僕みたいに人生に躓いた人に出会った日には同じように言ってあげたいので」



「長く話し過ぎたね、そろそろ僕は帰るとするよ」

「あの隆樹さん、さっきはあんなことを言ってしまったけどやっぱり手紙を見せてもらってもいいですか?」

驚きはしなかった。どうせ最後には渡して帰るつもりだったのだから。

「一行にかまわないよ、これは多茂津さんが健太くんに書いたものなんだから」

彼は手紙が入っている便箋を綺麗にあけると無我夢中で手紙を読みだした。





  健太へ


 私たちが自らこの世を去ってしまったことを

どうか許してください。

最期にこれだけは言っておきたかった、

お父さんもお母さんも決して健太のことを

嫌いだったわけではありません。

むしろこの世界の誰よりも健太のことを愛しています。

それだけは忘れないでください。


健太には長生きをしてほしい、自ら命を絶った私が言っ

ても説得力のない話かもしれないけれど、健太は強く

逞しく、何より幸せに生きてください。


どんな逆光にも向かい風にも、いくら周囲の人に、

親友に裏切られても逃げるな。

諦めてもいいだが逃げることだけはしないでほしい。

ある人が言っていた、努力したから報われるんじゃない報

われるまで努力するんだと。

だから健太も報われるまで努力し続けろ、失敗したって

いんだ失敗しないとどうやって成功するか分からないだろ

う。


最後に、もし寂しくなったり悲しくて

泣きたくなった時には泣いたっていいんだ、

人は泣いた数だけ成長するはずだから。


   


                          岡崎 多茂津




彼は読みを終えると今にも涙が零れ落ちそうだった。けれど泣きたい気持ちをぐっと抑えていた。

「気にしないで泣いてもいいんだよ」

「ありがとうございます。でも今はまだ泣けません。これから先失敗したときまで涙を流さないと決めましたので」

数分前の健太くんとは違い、今の健太くんは本の少し強くなっているように思えた。

「じゃあその日まで逃げずに、折れずに頑張れよ」

「はい、隆樹さん手紙を届けてくれありがとうございました。それと僕のことを怒ってくれてありがとうございました」

「いやいいんだ、これが僕の仕事だから。これで本当にさようならだ健太くん」

「それではお元気で隆樹さん」

 なぜだろう彼は何か大きいことをしそうな気がする。父親である多茂津さんよりもっと大きな何かを。

僕も母親や父親ともう少し一緒に…いやそうじゃない、僕は今の生活で満足しているはずだ。そうだこの仕事を始めてから、葵という女性とかかわるようになってから不満を言いつつもどこか納得していたはずだ。

一体どっちが本当の僕なんだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死神のハナコトバ 赤坂 コウ @kuuhaku1114

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ