第21話
俺はデスクの陰から転がり出て、マドゥーのいた場所に二発を発砲。薄まってきた黒煙を切り裂き、弾丸が飛翔する。しかし、その先にマドゥーはいない。
俺は自らの失策を呪った。これでは相手に自分の居場所を知らせたようなものではないか。無理やり自分の身体を転がし、腕をかざして頭部を守る。
直後、向こうから飛来した弾丸は、まさに一瞬前まで俺の頭部があった場所を穿った。僅かに白煙が上がる。大口径の弾丸の威力を、改めて思い知らされた。
だが、怯えている暇はない。俺は素早く、弾丸の飛来した方向に視線を飛ばした。その時、見えた。後方へ距離を取りながら、ステップするマドゥーの足が。俺はすかさず発砲したが、その直前に足はすっと消え去ってしまった。
それが、マドゥーが跳躍した結果であると悟ったのは一瞬。そしてマドゥーに上方を取られたと察したのも一瞬。
俺は全身の筋肉に負荷をかけ、一気に自分の身体を後方へとふっ跳ばした。でなければ、やはり俺の身体は風通しのよいものになっていたに違いない。
俺は素早く次の遮蔽物(大型のデスクトップパソコンだ)の後方へ滑り込む。弾倉を交換するにはまだ早いか。
勢いよく息をつくと、陽気な声が響いてきた。
「やるねえ、佐山潤一! こうまで俺とサシで張り合えるガンスリンガーに出会ったのは久々だぜ!」
俺はそっと向こう側を覗き見る。マドゥーの姿はないが、横転したソファなら目に入った。葉月が今隠れているソファよりも頑丈そうだ。これでは、二十二口径弾で貫通するのは不可能だろう。
それも見越して、マドゥーはこちらに挑発の文句を投げつけているに違いない。RCは残りがちょうど五分。こちらから仕掛けるか。
俺は膝と足首に全力を込め、フロアの天井ギリギリの高さまで跳躍した。マドゥーを捕捉する前に、フロアの床を見下ろす。最初にマドゥーが投下した手榴弾の爆心地には、大穴が空いていた。気をつけて立ち回らなければ。
視線をさらに前方にずらす。いた。マドゥーだ。だが敵もさるもので、俺に上方を取られたことを悟ったのか、身を屈め、ジグザグに駆けながらリロードしている。
真っ直ぐに撃っても躱される。そう思った俺は、わざと両腕を交差させ、滅茶苦茶に弾丸をバラ撒いた。これなら、一発くらいはマドゥーを掠めるかもしれない。
だが、その読みは甘かった。
「よっと!」
マドゥーは俺に振り返り、その場にあった椅子を蹴り上げたのだ。
「!」
俺に向かって飛んでくる回転椅子。俺は銃撃を止め、腕を交差させたままで防御体勢を取った。腕を思いっきり広げて、肘で椅子を粉砕する。しかしその向こうでは、既にマドゥーがこちらに狙いを定めていた。
「チィッ!」
舌打ちしながら、俺は空中で腰を曲げ、両足を突き出した。腕を負傷しては銃撃ができないが、足だったらまだ犠牲にできる。少なくとも、RCでやや痛みは緩和されるから、ここは運を天に任せるしかない。
しかし、マドゥーの放った弾丸は、一発も俺に命中しなかった。掠りもしない。見下ろせば、マドゥーのいる方に向けて銃撃が加えられていた。葉月だ。
この時ばかりは、いい援護だったと認めざるを得まい。
今度はマドゥーが舌打ちをした。だが、マドゥーは小さな遮蔽物の間を巧みに縫って、自らも被弾を免れた。歴戦の猛者ならではの、機敏さと判断力を見せつけられた思いがする。
いや、今はそんな感慨は要らない。死闘の真っ最中なのだ。感謝や安堵の入り込む余地はない。
俺は姿勢を戻し、着地しながら銃撃。これを、マドゥーは盾にしていた小テーブルを振り回すことで弾き飛ばした。
俺は一気に片をつけるつもりだった。残る弾丸は、左右どちらの拳銃共に三発。弾倉を交換する暇はない。
そんな俺の前で、マドゥーは全く以て意外な行動に出た。自分の得物である、リボルバーを捨てたのだ。
「何⁉」
俺が引き金を引くのを躊躇った隙をつき、しゃがみ込んでごろりと転がるマドゥー。その先にあったのは、気絶させられた憲明が握っていたショットガンだ。
俺は自分から銃撃することも叶わず、サイドステップを強いられた。何発残っているかは知らないが、この間合いで、ショットガンを相手にするのは危険すぎる。
一体どうしたらいい? と、考える猶予もなく、俺の頬に灼熱感が走った。 ショットガンの弾丸が掠めたのだ。皮膚が切れた程度だろうが、それでも、否応なしに『被弾した』という事実は俺の胸中で緊張感を押し上げてくる。
RC、残り二分半。何とか接敵して、格闘戦に持ち込まなければ。さもなくばショットガンの餌食になる。防弾ベストもショットガンの前では無力だ。
それに、マドゥーが俺の挙動の癖を掴みつつある、というのも事実だ。初めてとは言え、俺に被弾させたということは、俺のサイドステップの方向や幅を察してのことだろう。
相手の意表を突かなければ。
と、ここまで考えるのに要した時間は、マドゥーがショットガンの次弾を装填するのに十分な猶予だった。こうなったら、イチかバチかだ。
俺は自分から、フロア中央に空いた大きな穴へと転がり落ちた。
流石にこれは予想できなかったのか、それともショットガンの銃身が長すぎて取り回しが上手くいかなかったのか。どちらでもいい、とにかくマドゥーが俺の頭上に銃口を向けるのは遅かった。
俺は転がり落ちる途中で体勢を立て直し、垂直に落下。四階フロアの床に足を着き、思いっきり膝を曲げて、この日一番の跳躍をした。ちょうど、マドゥーの目の高さが合う程度に。
「うおらあっ!」
俺は右手でマドゥーの首を、左手でショットガンの銃身を握りしめ、そのまま前傾姿勢を取って、五階フロアにマドゥーを押し倒した。
ショットガンをむしり取り、床上を滑らせる。そのまま右手には力を込め、マドゥーの気道を捻り潰そうとした。
この馬鹿力は予想外だったのか、マドゥーは両目を見開き、苦し気な呻き声を上げた。目は血走り、顔色は紫色になっていく。
しかし、そのままやられるような相手ではなかった。マドゥーは膝を曲げ、俺の腹部を思いっきり蹴り飛ばした。
「ぐっ!」
咄嗟に立ち上がる俺。その視界は、しかし一瞬で真っ暗になった。
「⁉」
敵は眼前にいるはずだと思い、俺は拳を振るった。しかし、そこに手応えはない。すると、唐突に視界が戻ってきた。どうやら、マドゥーはカウボーイハットを俺に投げつけたらしい。それで視界が遮られたわけだ。
俺が周囲を見回そうとした、次の瞬間だった。
「チェックメイトだ」
背後から声がした。マドゥーは荒い呼吸をしながらも、俺の後頭部に銃口を突きつけていた。どうやら予備の拳銃を携帯していたらしい。
振り返っては、そのまま撃たれる。だったら――。
俺は前を見つめたまま、右腕を上げて三発発砲した。弾丸の狙いはどうでもいい。頼りにしたのは薬莢だ。
「チッ! 畜生!」
焼けつくような空薬莢が、マドゥーの顔面に飛ぶ。俺がマドゥーを倒せるとすれば、これが最後のチャンスだ。RCの残り時間は、ざっと三十秒。
俺は振り返りざまに回し蹴りを見舞い、体勢を崩したマドゥーの腹部に発砲した。
「ぐ、あ」
マドゥーはよろめき、自分の掌を腹部に当てた。押さえ切れずに、真っ赤な液体が濁流のように流れ落ちる。
俺が左腕を上げ、マドゥーの眉間を撃ち抜こうとした、まさにその瞬間だった。
がくん、と音がするかのような調子で、俺は全身が弛緩するのを感じた。RC、時間切れだ。
俺は右腕の拳銃を取り落とし、両手で左腕の拳銃を構えようとしたが、目眩がして上手くいかない。
そんな俺の視界に、マドゥー以外の人物が入ってきた。葉月だ。俺の代わりに、マドゥーに止めを刺すつもりなのだろう。
が、予想だにしない事態が起きた。
「ふっ!」
「うっ⁉」
マドゥーが素早く身を翻し、葉月の背後を取ったのだ。やはり、痛覚麻痺作用のある薬物を口にしていたのか。
緩慢になった俺の挙動では、マドゥーの動きにはついていけない。足首に仕込んでいたナイフを取り出し、葉月の首元に刃を当てるマドゥー。
「佐山、撃て! 私に構うな!」
RCさえ使えれば、何とかできたかもしれない。だが、今の俺には無理だ。疲労困憊した俺には。
その時だった。
「下がれ、潤一!」
というドスの効いた声がした。どうやら、憲明が意識を取り戻したらしい。自前の拳銃を握っている。あの角度からならば、葉月を負傷させずにマドゥーを行動不能に陥らせることもできるはずだ。
俺がそう判断した、次の瞬間だった。下半身と分かれたマドゥーの上半身が、傾いて床に滑り落ちたのは。
防弾ガラスの破砕音が聞こえてきたのは、まさにその直後のことだった。
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