第20話

 突入した俺と葉月を出迎えたのは、銃弾の雨嵐だった。急いで五階までやって来たが、流石に警戒されてしまったか。フロア全体に仕切りはなく、かなりの広さがある。

 そこまでを視認したところで、俺は慌てて遮蔽物の陰に身を隠した。葉月が蹴り上げたソファだ。拳銃弾では貫通できまい。


 こちらにだって作戦はある。

 一つ目は、俺のRC。このくらいの銃火だったら、跳躍でなんとか回避しきれる。

 二つ目は、葉月の携行した閃光手榴弾。

 三つ目は、今まさに俺たちが入室した斜め前方から突入を試みている憲明の存在。


 銃声と警報が重なり合ってうるさいので、俺はそばにいる葉月に、ヘッドセットで呼びかけた。


「一旦俺が飛び出すから、閃光手榴弾を使ってくれ。それから全員、遮光版を装備しろ」


 三回分の『了解』を耳にしてから、俺は自分の左のこめかみを叩き、葉月の肩に手を載せた。それから勢いよく床を蹴り、タンッ、と音を立てて跳躍した。

 身体を寝かせながら、二丁の拳銃に火を噴かせる。そこから放たれた弾丸は、何の迷いも容赦もなく、テロリスト共の眉間に吸い込まれていく。


 その直後、視界がぱっと明るくなった。閃光手榴弾の瞬きだ。

 遮光版を装備していた俺たちは平気だが、テロリスト共は肘で目を守っている。そこに、葉月の銃弾が腹部、胸部と着弾し、敵は堪らずに横たわった。


「いいぞ、憲明!」


 そう声をかけると、向かって反対側の窓ガラスにひびが入った。憲明が、窓の外側に手榴弾を貼りつけ、起爆したのだ。これは通常の、すなわち対人殺傷用の手榴弾である。

 防弾とはいえ、やはり零距離での手榴弾の爆圧には耐えきれなかったらしい。窓ガラスは憲明のタックルで破られ、あっさりと彼の進入を許した。


 一時的に視覚を失ったこと、俺が気を惹いたこと。それらによって、敵は憲明に背中を向けていた。そんな連中に、憲明は忍び寄ってショットガンの銃口を押しつけた。防弾ベストの死角である、うなじに。

 頸椎から気道、頭蓋骨までをも破砕された敵は、すぐさま肉塊と化し、首なし死体となってごろん、とフロアに転がった。三、四人が同様に仕留められ、屍と化す。


 しかし、テロリスト共の体勢の立て直しは、予想以上に早かった。俺、葉月、憲明の三人を敵と認識し、それぞれ申し合わせたかのように銃撃を始めたのだ。やはり、一流テロリストの部下という立場は伊達ではなかったということか。


《リロードする!》


 との憲明の声に、俺は一抹の不安を覚えた。俺も牽制弾を含め、それなりの弾丸を消費していたのだ。弾倉を交換しなければ。これは葉月にも言えることだろう。

 それに、葉月が倒した敵のほとんどが、防弾ベストを着用している。意識を取り戻し、すぐに迎撃態勢に戻る者も多い。


 俺は一瞬、葉月に振り返り、彼女が頷いたのを見届けた。ソファの後ろで、葉月が和也に命じている。


《皆、援護射撃するよ! できるだけ床にうつ伏せになるように! 射撃開始まで五秒前! 四、三、二、一!》


 俺はフロアが血の海と化していることにも関わらず、思いっきり腹這いになった。葉月はソファの陰で丸くなり、憲明はゴンドラに一時退避した。


 それを確認し終えた直後。ガラス張りの壁が、派手な音を立てて崩れ去り、こちらに狙いをつけていた敵の上半身が、物の見事に消え去った。弾丸によって破砕され、まるで霧のように赤い液体が舞う。二人目、三人目、四人目。

 立ち止まっていた敵は、そのほとんどが和也の餌食になった。


 残る敵は、五人。すると、ちょうど警報が止んだ。圧迫されていた鼓膜が解放された感じがする。

 その直後、別な異音が耳朶を打った。憲明がゴンドラの向こうから、凶暴な猿のような奇声を上げているのだ。何事かと振り返るテロリスト共。

 いつもの彼らなら、こんな油断はしなかっただろう。が、今は俺たちによって圧倒的劣勢に立たされている。その焦り、怒りといった負の感情が、彼らの行動を歪なものにした。


 結果、銃口と視線がズレてしまった敵共。こうなったらあとは部屋の掃除より簡単だ。弾倉を交換した俺が三人、ショットガンをリロードした憲明が二人を仕留め、立っている敵の姿はなくなった。


 周囲を見渡す。味方として認識されるのは、葉月と憲明。それに、ヘッドセットから『援護射撃終了!』と高々と告げる和也の声。


 どうやら、ここにいたダリ・マドゥーの部下たちは皆殺しにできたようだ。しかし、昼間はいるはずのマドゥーの姿が見当たらない。一体どこに潜んでいるのか。

 俺がふと上を向いた瞬間、ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。


「皆、何かに隠れて伏せろ!」


 天井から眼前に下りてきたのは、ピンを抜かれた手榴弾が五、六個ほど。

 俺は叫びながら、そばにあった長いデスクを蹴倒し、その陰に入って再び腹這いになった。


 その直後、凄まじい爆風がこのフロアを揺さぶった。床が抜けるのではないかと思われたほどだ。

 俺は自分の頭上を熱波が通過するのを見計らい、そっと顔を覗かせた。真っ黒い煙が立ち込め、視界は零に近い。だが、RCは確かに、何者かが天井から下りてくるのを察知した。スタン、と隙なく着地する。


 長身でがっしりした体躯。そこまでしか分からない。しかしそいつが誰なのかは、問うてみるまでもないことだった。


「よく仕込まれてるな。せっかく花火で天国に送ってやろうと思ったのに」


 ほとんど訛りのない、流暢な日本語。だが今はそんなことに頓着している場合ではない。いくら口先でほざこうと、今すぐ黙らせてやる。

 俺はさっと右腕を掲げ、相手の胸に二発、頭に一発、弾丸を叩き込んだ。手応えは、ない。躱されたのだ。


「おう、威勢のいいこった。それともキレやすいだけなのかな? あんたが佐山潤一、だろう?」


 これは挑発なのか、それとも本気で尋ねているのか。計りかねているうちに、ショットガンの初弾装填の音がした。


「よせ、憲明!」


 叫んだ頃には、もう遅かった。未だ黒々とした煙が立ち昇る中から、件の人物が駆け出したのだ。


 日焼けした肌に、日本人離れした真っ青な瞳。やや煤で汚れた白いシャツに、青いダメージジーンズ。そしてカウボーイハットを被っている。

 間違いない。この男こそ、ダリ・マドゥーだ。


 一気に憲明の方へと駆け出したマドゥーは、あろうことか、ショットガンを一発『回避した』。これには、流石に俺も目を瞠った。

 獣のような、しなやかな身のこなしでわざと横転。弾丸を回避しながらも、両腕で床を叩いて、勢いよく距離を詰める。


「チッ!」


 憲明の次弾装填は、間に合わなかった。マドゥーはパシン、とショットガンを弾き、その場で跳躍して、憲明の腹部に蹴りをぶち込んだ。


「がはっ⁉」


 俺と葉月はマドゥーに向けて発砲。幸い、憲明から引き離すことには成功したが、そもそもマドゥーの狙いは『俺たち』ではなかった。『俺』自身だ。


「まあまあ、若気の至りってなあ分かるが、落ち着けや。俺が話したいのは、佐山潤一、お前だけだからな」


 その紺碧の瞳は、真っ直ぐに俺に向けられている。

 先ほどの挙動からして、ここから発砲してもマドゥーには躱されるだろう。


「動くな、ダリ・マドゥー! 武器を捨てて腹這いに――」

「馬鹿!」


 葉月の決まりきった警告に、俺は悪態をついた。当然ながら、葉月にRCはないのだ。引き下がっていればいればいいものを。


 しかし、その悪態が功を奏したらしい。葉月はすぐに伏せ、件のソファを盾にした。マドゥーの発した弾丸がソファにめり込み、中の繊維を派手に散らす。


 今このフロアには、ソファや長いデスク、デスクトップパソコンなど、遮蔽物がたくさんある。また、マドゥーの愛銃はリボルバー一丁だ。俺たちの使っているオートマチックに比べ、装弾数は少ないが威力は高い。これはマドゥーの自信の表れだろうか。それだけ場数を踏んできた、という証左だろうか。


 それらの情報を一瞬で脳みそに叩き込んでから、俺は二丁拳銃で相手の出方を見計らった。マドゥーは足音を立てるような真似はしなかったが、僅かな振動からその位置を察することはできる。そこだ!


 俺は盾にしていたデスクの陰から身を乗り出し、両手の拳銃を一発ずつ発砲。狙うはマドゥーの上半身。だが、マドゥーはわきに身を逸らすことでこれを回避し、お返しとばかりに一発の弾丸を見舞った。

 先ほどの手榴弾の爆風を浴びて脆くなっていたのだろう、デスクには簡単に穴が空いてしまった。これでは遮蔽物の意味がない。


 俺は葉月と憲明の位置を確認し、すぐにこのデスクの陰から飛び出した。RCの稼働可能時間は、六分を切っていた。

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