第19話


         ※


 憲明と和也が帰還し、食堂に集まったのを見計らって、俺たちは飯にありついた。生憎、夜中に作戦があったことで、体内時計は滅茶苦茶だ。これは遅い昼食、いや、早い夕食なのか?


 皆が掌を合わせ、『ご馳走様でした』と言い終えたタイミングを見計らい、葉月が語り出した。いつものサングラスをかけている。よかった、いつもの葉月だ。


「どうやらダリ・マドゥーは、アジトを決めたはいいものの、取引場所を探してあちこちに出向いてるらしい。肝心のボスがいない間に私たちが強襲をかけても、あまり意味がないんだ」

「それで? ドクとは歩調を合わせられるのか?」


 憲明の声に頷く葉月。そこから先は、俺が引き取った。


「憲明と和也が銃器のメンテをやってる間に、ドクの方から通信が入った。連中は明日の正午、例の雑居ビルに集合する」

「おいおい、大丈夫なのか? それって土田の情報痕から得られたネタなんだろ? 連中は、俺たちに傍受されてることを知った上で、ガセネタを掴ませようとしているかもしれねえぞ」


 以前も同じような危惧は持たれた。だが、今回はそれは杞憂というものだ。

 俺は中央テーブルいっぱいに地図を広げ、こう言った。


「ドクが以前からトラッキングしていた、マドゥーの情報痕の移動範囲だ。連中は、行動パターンをそう簡単に変えやしない。マドゥーは昼間、このビルの五階に必ずいる」


 俺は腕を開き、テーブルに掌を押し当てながら断言する。


「しかし、解せねえな」

「何がだよ、ノリ?」


 後頭部を掻く憲明に、少し棘のある口調で突っかかる和也。


「土田を倒してからこっち、情報はこっちに筒抜けだ。会話の音声まで。これって、俺たちを誘ってるんじゃないか? 誘うっていっても、単に罠にかけよう、なんて魂胆じゃねえ。俺たちとガチンコで勝負したがってる。俺にはそう見えるんだがな」

「俺もそう思うよ、憲明」


 俺は憲明の読みに賛同した。


「俺の親父は、俺のいるこのチームに挑戦状を叩きつけてきたんだ。狙いはきっと、この俺だ」


 すると、すかさず葉月の目がこちらを向いた。


「お前だけを戦わせるわけにはいかないぞ、佐山。RCを持っているからといって、多勢に無勢ということも考えられる。私たちはチームで動くべきだ」

「それはもちろん、俺も承知してるさ」


 だからこそ――。


「俺が前衛に出る。皆、援護を頼みたい」


 そう言って俺は頭を下げた。


「ちょ、佐山?」

「ジュン、急にどうしちゃったのさ?」

「これは、俺と親父の戦いになる可能性が高い。皆には関係のないことだ。だから、援護を頼むのに礼儀は必要だろう?」


 俺は身体を折ったままで、そう言った。


「まあそう気負うなよ」


 そんな言葉を発したのは、意外な人物だった。


「憲明……」


 俺はゆっくりと顔を上げた。


「何を今更、水臭いこと言いやがる。お前の敵は俺たちの敵だ。俺だって両親を殺されてる。手伝わせろ。その『親孝行』を」

「そ、そうだ!」


 すると今度は、和也が身を乗り出して地図の中央から少しズレた場所を指差した。


「絶好の狙撃ポイントを見つけたんだ! ジュンに危険が迫ったら、ちゃんとバックアップするよ!」

「二人共……」


 俺は久々に、胸の奥が温まるような感触を得た。


「おっと、私を忘れないでくれよ、佐山」

「葉月、お前も同意見なのか?」

「当たり前だ。お前はうちのエースだからな、下手に負傷されては困る」

「そいつはどうも」


 俺は肩を竦めてみせたが、笑みがこぼれるのを止められはしなかった。


「では、この作戦会議のまとめに入る!」


 その日の葉月は、何だかいつもよりもキビキビとしていて、活力があった。

 俺に弱音を吐けたからかもしれない。そう思うのは、俺の思い上がりだろうか?


 俺はテーブルから腕を上げ、上半身を葉月に向けた。ぐっと頷いてきた葉月に向かい、頷き返す。


「作戦は以前立てた通りだ。明日の正午、この雑居ビルに強襲をかける。反論や疑問はあるか?」


 一転して、静まり返る食堂。


「よし、今晩中に皆、装備を固めてくれ。和也、対戦車ライフルの扱いは大丈夫なんだな?」

「もちろん! 戦闘に入ったら、皆から援護要請を受けながら狙撃する。念のため、姿勢は低くして戦っておくれよ」


 俺と葉月は『了解』と告げ、憲明は大きく頷いた。葉月は勢いよく息を吸って、


「では、解散!」


 と告げて会議の終了とした。


         ※


 翌日、午前十一時半。

 俺たちは二台の普通乗用車で、ダリ・マドゥーの潜む雑居ビルへと向かった。俺と葉月はそのまま目標地点に向かう。憲明は和也を狙撃ポイントに降ろし、ビル裏側へと回り込む。

 

 一階はコンビニになっていて、昼時ということもあってか人は多い。情報では、これより高層階はネットカフェになっているとのことだ。


 ヘッドセットを装備してから、葉月がマイクに吹き込んだ。


「和也、狙撃準備はいいか?」

《こちら和也、いつでもいいよー!》

「憲明、電気設備の操作は大丈夫か?」

《こちら憲明、あと六十秒待ってくれ。今のうちに時計合わせをした方がいいな。十秒カウントする》


 淡々とカウントダウンを行う憲明。その声を聞きながら、葉月は俺と目を合わせた。

 今、彼女のそばにいるのは俺だけだ。彼女を守ってやれるのは。俺は大きく頷き、葉月が口元を引き締めるのを確かめてから、自分の腕時計に目を下ろした。

『大丈夫だ、上手くいく』――そう伝えたつもりだ。


《三、二、一、零!》


 憲明の声に、俺は腕時計から顔を上げた。一歩、ビルの入り口に近づく。警報が鳴り出したのは、まさにその直後のことだ。


 ジリリリリリリ、と、けたたましい非常ベルが鳴り響く。コンビニの客や店員たちは、皆揃ってしゃがみ込み、頭上を見遣った。


《火災です。直ちに退去してください。火災です。直ちに退去してください。火災です――》


 一瞬にして、店内はパニックとなった。


「火事だ! 火事だぞ!」

「逃げろ! 出口はどこだ!」

「皆さん落ち着いてください! 慌てないで!」


 慌てるなという方が無理な話だ。メイプルデパートでの爆破テロは、間違いなく記憶に新しい事件だ。その二の舞になるのでは、という恐怖感は、多かれ少なかれ誰しもが抱いていたことだろう。

 一つ違うのは、犯人、すなわち俺たちは無差別殺戮集団ではなく、特定の標的を狩りにきたのだということだ。


 天井からスプリンクラーの放水が始まり、出入口に客たちが殺到する。俺と葉月はホルスターに手を遣りながら、人が少なくなるタイミングを窺っていた。――今だ。

 

 俺と葉月は拳銃を抜き、身を屈めてビル一階に突入した。『突入開始!』と勢いよく吹き込む。店員のいなくなったカウンターを乗り越え、裏口の階段へとひた走る。水浸しになった床、壁、商品棚。それらを回避し、また走り出す。


「ええ⁉ 何すか、聞こえません!」


 そうがなっている人物がいる。一階と二階の間の踊り場だ。警備に配置されたダリ・マドゥーの部下なのだろう、小型の頑丈な無線機を手にしている。腰回りが膨らんでいるのは、きっと小火器を携行しているからだ。


 完全に注意力が削がれているな。俺はその横顔に、情け容赦なくストレートを叩き込んだ。一発で頬骨を砕く。RC抜きでも、この程度の芸当はできる。

 

「がふっ⁉」


 壁に背を擦りつけるように崩れ落ちる部下。その腹部に、俺は情け容赦なく蹴りを突き込んだ。

 無線機から応答を求める声がしたが、下手に答えるわけにはいかない。異常は察知されているのだから、素早く突破するに限る。


 同じ要領で、俺と葉月は二階と三階の踊り場に出た。ようやく避難し始めたのか、ネットカフェ難民の群れとぶつかってしまう。彼らは皆一様にずぶ濡れで、やはり慌てていた。


 今更だが、俺は絶対に無関係な人間は巻き込まない。自分に課した掟だ。それがどんなに怠惰な人間でも、犯罪者でない限り、罰せられるべきではない。

 まあ、法の目をかいくぐるような連中を罰しているのは俺たちだが。


 ここで問題となるのは、マドゥーの部下を人混みの中から探し出さなければならない、ということだ。五階で戦闘が始まった時、階段を上がってきた敵に背後を取られるのは困る。踊り場にいる連中は、今のうちに仕留めておかねば。


 そんなことをしている間に、俺は各踊り場にいた計四人の部下を昏倒させた。一人ぐらい死んだかもしれないが、それは運が悪かったと思ってもらう他ない。


 ふと、憲明の言葉が甦った。『敵は俺たちを誘い込み、勝負したがっている』という言葉が。


「ふん、上等だ」


 俺は『何が』と葉月が訊き返すような間を与えずに、五階への扉を蹴破った。

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