第12話


         ※


 それから数時間後。

 

「皆、腹の調子は大丈夫か?」


 葉月の声に、俺、憲明、和也が頷く。既に夕方の五時を回っているが、空腹は感じない。まあ、朝食をあれだけ食べさせられればこうもなる。誰も昼食は口にしなかったようだが、そのお陰で憲明のいう『腹ごなし』は済んだようだ。


「念のため、自動車二両に分乗して公園に向かおうと思う。私と佐山が先行するから、憲明と和也はついて来てくれ」

「えー、僕は葉月と一緒じゃないの?」


 和也は何やらぶすっとしているが、憲明から殺気だった一瞥を喰らってすぐに俯いた。何て分かりやすい奴だ。

 俺は二ヶ月間、和也をただの甘え心の多い性格なのだと思ってきたが、やはり葉月のことを恋い慕っているらしい。あまりに露骨な言動を取るものだから、すぐには気づかなかったほどだが。


 憲明からの一瞥から和也が復旧するのに、大した時間はかからなかった。『公園に着いたら一緒に探索しようね!』などと言い出す始末。それに向かって、葉月は微笑みを浮かべているが、彼女にとって和也は意中の人物ではないらしい。

 まあ、葉月の恋模様など、朴念仁の俺に分かるわけがないのだが。いや、それよりも、全く羞恥心を見せずに葉月に甘えようとする和也の方が問題だろうな。


 ぼんやりしていたのか、気づいた時には俺と葉月の車は発進していた。ハンドルを握るのは葉月だ。


「佐山、シートベルトを」

「ああ、悪い」


 カチリ、と音を立てて身体を固定させながら、俺は葉月に問うてみた。


「憲明と和也、大丈夫か? 憲明の奴、和也の言動にうんざりしてるみたいだけど。チームワークの乱れに繋がったりはしないか?」

「気にするな、佐山。憲明と和也なら問題ない」


 ふと、俺は違和感を覚えた。


「なあ葉月、皆のことは下の名前で呼ぶのに、どうして俺だけ名字なんだ?」


 すると一瞬、アクセルが強く踏み込まれ、前方車両との距離が急に縮まった。


「お、おい! 危険運転はしないでくれよ!」

「それはお前が妙なことを訊くからだろう、佐山!」


 あ、また名字で呼ばれた。


「発音しにくいんだよ、『じゅんいち』って! だ、だから私は、お前のことを『佐山』と……」

「ふうん?」


 そんなものなのだろうか。夕日に照らされてよく見えなかったが、葉月の頬に僅かに朱が差していた――ような気がしないでもない。


「そ、それより、もうすぐ目的地だ。後続車は?」

「大丈夫だよ、葉月。ちゃんとついて来てる」

「そうか」


 ここで一旦、俺と葉月の会話は切り上げられた。


         ※


「うわー、広いねえ」


 それが俺たち、というか和也の第一声だった。

 確かに広大な敷地面積だ。右手にグラウンド、中央に噴水、左手に遊具類があり、さらに左奥は臨海森林公園となっている。


「さっきの映像からすると、土田は堂々とこの正面入り口から入ってきたようだな。そのまま左に歩いて行ったから、きっと麻薬の売買は森林公園で行われるんだろう」


 と、葉月が持論を展開する。確かに、監視カメラの位置や遊具の配置を見るに、その読みは正しいようだ。

 が、そんな俺の思考をぶった切る声が、そばで響いた。


「あ、アイスクリームの屋台が出てる! ねえ葉月、何か買ってきてもいい?」

「よせよ、馬鹿。店員に顔を覚えられたら困るだろうが」


 ドスの効いた声で、憲明が和也を窘める。しかし和也はどこ吹く風で、目をキラキラさせながら葉月に問うた。というより、請うた。


「葉月の分くらいなら奢るからさ! いいでしょ、葉月!」


 すると葉月は、軽く肩を竦めながら口元を緩め、『構わないよ』と一言。


「よっしゃ! おばちゃん、バニラ味二つ!」


 と言いながら屋台に駆けていく和也。って、俺と憲明は置いてけぼりかよ。まあ、構わないが。


 二人がアイスクリームを食べ終わるのを待って、俺たちは公園の散策に移った。

 現在時刻は午後六時前。先ほどよりは西日になったようだが、親子連れの姿はそこかしこに見受けられた。


 まず、右側のグラウンドに向かう。遮蔽物はなく、何かを秘密裡に遣り取りするには不適だろう。引き返そうとしたその時、憲明が『待ってくれ』と一言。大股でグラウンドの奥へと進んでいく。

 そこにあったのは、変電設備だ。高さ三メートル、幅五メートルほどの設備で、恐らく公園全体の電力を供給しているのだろう。


「確かこの公園は、災害時の避難場所に指定されていたな」


 振り返った憲明に、葉月が頷いて見せる。


「ということは、ここを潰せば公園内の照明は全部潰せるわけだ」


 憲明の言わんとしていることは、すぐに察しがついた。

 俺のRCをもってすれば、暗闇での戦闘行為も難なく行える。だったら、暗い方が当然有利だ。


「作戦が始まったら、俺がこの変電機を破壊する。そうしたら、潤一は土田をとっ捕まえろ。葉月は潤一の援護にあたれ。和也は狙撃ポジションを探しておくんだ」


 俺が了解の意を示そうとした時、思わぬ事態が発生した。


「おい憲明、指示をするのは私だぞ!」


 葉月がやや声を荒げて、憲明の指示に噛みついた。


「止めろよ、葉月。俺は状況から作戦を練っただけだ。問題点があるなら謹んで伺うが?」


 すぐさま黙り込む葉月。


「お前を蔑ろにするつもりはない。作戦の承認をしてくれれば、問題ない」

「ちょ、ちょっと待ってよノリ!」


 二人の間に割り込んだのは、案の定和也である。


「命令系統を大事にしろ、って言ってきたのは君だろう、ノリ! 葉月がリーダーなんだから……」

「だからと言って、他のメンバーが意見しちゃならねえって道理はねえだろう。なあ、潤一?」

「え」


 突然話題を振られたことで、俺は一瞬思考が停止してしまった。


「どうなのさ、ジュン?」

「そ、それは……」


 憲明だって、和也の葉月への想いを知らないわけではあるまい。それなのに、こんな振り方をするとは、意地が悪いにも程がある。


 俺は両の掌を前に突き出しながら、そっと葉月の方を見遣った。ぎゅっと両手を握りしめ、俯いている。自分にはリーダーの資格がないとでも思っているのだろうか? それで自分を責めているのか?


 だとしたら、それは間違いだ。世の中にはどうにもならない事柄、どうにもできなかった事実というものがある。それに抗おうというのだから、チームメンバーが序列に関わらず、意見を出していく必要はあるはずだ。


 それについて、葉月だけが責任を負うべきではない。逆に言えば、憲明の意見がもっともであれば、葉月だって意地を張らずにそれを受け入れるべきだし、それを許されていいはずである。


 葉月は、自分をリーダーを規定することで、自分に縛りを設けてしまっているのではないだろうか。


 そこまで黙考した上で、俺は次の言葉を発した。


「無理をする必要はないと思うぞ、葉月。俺たちだって、何か策があれば積極的に提案して、バックアップできる。自分ばかりに責任を負わせないでほしい」

「そうそう! ジュンの言う通りだよ! って、あれ?」


 自分が何に賛同しているのか、和也は混乱したらしい。さっきまで、俺の考えとは逆のことを言っていたはずだが。

 一つ変わらなかったのは、葉月の肩を持とうとしていることだけだ。


 すると、憲明が後ろから葉月を軽く小突いた。面倒事にならないように、お前が指揮を執れ、ということらしい。


「あっ、の、憲明! 変電施設の破壊に必要な爆薬は計算できるか?」

「おう。問題ねえよ」

「和也、狙撃ポジションの確保は?」

「うん! 森林公園の奥まったところにある、鉄塔がちょうどいいみたいだ!」

「そして、あー、佐山!」

「あ、ああ。俺は公園の正面向かいのコンビニ前で待機する。葉月は園内で待機してほしい。どうだ?」

「了解した。それでは、今晩中に会議を持とう。皆、報告を上げてくれ。それでは、帰るぞ」


 すると、ぷつりと緊張の糸が切れたように、皆の感情が弛緩するのが分かった。同時に、和也が葉月の前に回り込んだ。


「葉月、帰りは僕と同じ車でどう?」

「私は構わないが……。佐山、お前は?」

「ああ。憲明と一緒に帰るよ」

「決まりだね、葉月!」


 意気揚々と、公園の正面出口に向かって行く和也。鼻歌を奏でながらスキップしている。俺の背後で、憲明が露骨に舌打ちをするのが聞こえた。


 確かに、和也の浮かれっぷりは見ていて気分のいいものではない。だが、さっき俺に無茶振りをしたのが憲明であることを考えれば、彼が不快な思いをしているのは俺にとって子気味いい部分もある。これで、プラマイ零だろう。


 アジトに戻った後に催された会議は、短時間で終わった。

 変電設備の破壊に必要な爆薬はどれほどか。

 どれくらいの範囲を狙撃でカバーできるか。

 俺と葉月はどこで合流するか。


「よし、今日はここまで。皆、ゆっくり休んでくれ」


 そう言って、葉月は会議の幕を下ろした。

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